1221 同行二人(2)
ガイの里といっても、明確な境界がある訳ではない。
陳こびた雑草が疎らに生える獣道のような細い道を歩いて行く途中、ハンゼが「ここから、ガイの里だ」と教えてくれたが、周囲を見回したウルスには、全く違いがわからなかった。
因みに、傍にカールの姿は見えないが、巧みに隠形しているのであろう。
「ハンゼ、ちょっと待ってくれる?」
ウルスは立ち止まり、屈んで地面を触った。
「成程。ここから少し砂礫の割合が多くなっているね。ハンゼたちが撒いたの?」
ハンゼはわが意を得たりと頷いた。
「よく、わかったな。ガイの里は、ガーコの里などと、比べても、アルアリ大湿原に、近い。小雨が、降っても、道はすぐ、ぬかるんで、歩き辛い。そこで、先祖代々、他の地域へ、出掛けた者は、必ず一握りの、砂や小石を、持ち帰るという、掟がある」
「へえ。それでここまで地質を改善するって、大したものだね」
褒められたハンゼは、しかし、俯いた。
「そうするしか、なかったのだ。ガイ族が、各国に散って、間者を、請け負うように、なったのは、それが理由の、一つだ」
「他の理由もあるの?」
余計な気遣いをせずに踏み込んだ質問をするウルスに、ハンゼは却ってサバサバしたように、「歩きながら、話そう」と答えた。
まあ、当然だが、アルアリ大湿原に、近いほど、毒が強い。
父者たち、ガーコ族が、頭巾だけ、被ればいいのに、おれたちが、全身隈なく、布で覆うのは、それだけ、症状が重い、からだ。
そのため、ガーコ族のように、昼の間、商人の、手伝いをする、ことなどはできず、闇に隠れる、後ろ暗い、生業をして、なんとか部族の、生活を維持、して来たのだ。
それでも、ここにいる限り、病は治らず、生活も楽には、ならない。
そこで母者は、族長になるとすぐ、移住先を見つけようと、奔走した。
母者が死んでから、じっちゃんに聞いたが、それは、おれの将来のため、でもあった、らしい。
ガイ族の中で、おれだけが、草色の布で、身体を、覆っているのは、いつの日か、緑溢れる土地で、暮らして欲しいとの、母者の願いだと……。
……ごめんよ。
話を、続ける。
母者は、カルボン卿の、言葉を信じ、ヤナンへの移住を、夢見ていた。
それが破綻し、ドーラに接近したことが、悲劇の始まり、だった。
人質だった、ウルスの父者を、好きになり、その人が死んで、復讐のため、黒魔道に、自分の生命を、捧げて、しまったのだ。
けれど、母者は、幸せだったと、思う……。
……ふう。
すまない。
もう、大丈夫だ。
母者が死ぬ前、族長の地位には、じっちゃんが、復帰していたが、もう歳だから、今はおれが、代行している。
父者のお蔭で、ガーコ族との、長年の確執も消え、食糧支援なども、してもらっている。
それでもいつかは、移住しなければ、ならないと、思っていた。
それが、ゾイアの力で、変わるかもしれない。
取り敢えず、見せたいものが、あるから、こっちへ、来てくれ。
途中から貰い泣きしてしまったウルスは、嗚咽を堪えて頷いた。
道を進むと、左右に木造の家が何軒か見えて来た。
その中でも一番大きな家に近づくと、ハンゼは「おれの、家だ」と教えた。
大きいと云っても、周囲と比較しての話であり、族長代行の住まいとは思えぬ、普通の民家である。
内部も殆ど土間であり、天井は吹き抜けで、剥き出しの大きな梁が見えている。
全体に煤けているのは、室内で煮炊きをするからであろう。
ウルスは知らなかったが、かつてゾイアを捜していたロックがガイ族に捕らえられた際、閉じ込められていた家だ。
が、室内に入ったハンゼは立ち止まらず、そのままズンズンと奥へ進むと、勝手口からまた外へ出た。
そこは裏庭のようであったが、明らかに人の手で作った小さな四角い池があった。
「見ろ、ウルス」
「え? 何を?」
戸惑いながら進んだウルスの前で、パシャッと水が撥ねる音と共に、池の水面から何かが飛び跳ねた。
それは噂に聞く毒蛙ではなかった。
「まさか、魚なの?」
驚くウルスに、やや自慢するような声音でハンゼが「そうだ」と答えた。
「どのくらい、毒が抜けたか、穴を掘って、確認していたら、澄んだ水が、浸み出て、来たから、池にした。せっかくだから、他所で釣った、魚を、放してみた。もう十日も、生きている」
ウルスは「すごいじゃないか!」と叫んで、ハンゼの手を掴もうとしたが、ハンゼがサッと手を引っ込めた。
「ごめん、ウルス。おれ今、手の皮膚、爛れている。ちょっと、油断したら、このザマだ。霊癒族の、隠れ里で、エマさまから、治療を、受けている」
ウルスは泣きそうな顔で「ぼくこそ、ごめんよ」と謝ったが、グッと堪えて池を指差した。
「ご覧よ! こんなに水が綺麗になってる! きっとハンゼも、ガイ族の人たちも、みんなよくなるよ!」
ハンゼは大きく溜め息を吐いた。
「おれだって、そうなって、欲しい。でも、まだまだ、第一歩だ。これから、やらなければ、いけないこと、たくさんある。ウルス、協力して、くれるか?」
ウルスはコクンと頷いたが、その顔が上がって来た時には、瞳の色が変わっていた。




