1218 魔の婚礼(5)
オーネがロッシュを連れて行った小会議室には、長方形のテーブルの両側に十脚ずつの椅子が向かい合わせに並んでいた。
中に入って扉を閉めると、オーネはその端の椅子にロッシュを掛けさせ、身を寄せるようにその真横に座った。
「他人に聞かれたくない話だから」
言い訳するようにオーネが囁くと、慌てて席を変えようと腰を浮かせかけたロッシュも、「うむ」と頷いて座り直した。
ああ、何からお話ししたらいいのかしら。
そうね、やっぱり、叔父マインドルフ一世のことから言うべきね。
これは誰にも言ってないけど、実は叔父とは血の繋がりはないの。
母が叔父の兄と再婚した時、わたくしはもう母のお腹にいたのよ。
新しい父は叔父と違って優しい人だったらしいけど、まだわたくしが赤ん坊の時に亡くなり、旅商人の家督は叔父が継いだわ。
あなたもご存知でしょうけど、叔父は強欲で情け知らずの人だったから、自分がどれほど儲かっても母には最低限の生活費しか渡さず、貧しい暮らしを強いられたのよ。
そんな叔父の態度が変わったのは、わたくしが十代になってからだった。
日に日に美しく成長するわたくしを見る目がいやらしく、本当に毎日が恐怖と隣り合わせだった。
ああ、誤解のないように言っておくけど、叔父は死ぬまでわたくしを実の姪だと信じていたから、さすがに手は出さなかったの。
でも、違うことに利用しようとは考えていたわ。
政略結婚よ。
その頃にはもう旅商人ではなく、ガルマニア帝国の方面将軍になっていたから、自分の出世のためにね。
最初はゲール帝の三人の息子の誰かに嫁がせようと思っていたみたいだけど、ゲール帝は外国との政略結婚を考えていたから実現はしなかった。
結果的に自分がアーズラム帝国の皇帝になると、ゲール帝と同じことを考え、一時はうるさいぐらいマオール帝国の後宮入りを勧められたわ。
だけど、わたくしはキッパリ断った。
だって、見たこともない魔人皇帝の、第何百番目だか、第何千番目だかわからない夫人になって、愛玩動物のように一生を送るなんて、想像しただけでもゾッとするわ。
でも、それからよ。
叔父のわたくしに対する扱いが、あからさまに冷たくなったのは。
女官と云えば聞こえはいいけど、結局、宮廷の雑用係よ。
他所の国なら、あのじゃじゃ馬のマーサでさえ姫御前と呼ばれてチヤホヤされているのに!
ああ、ごめんなさい。
こんなことが言いたいんじゃなかったわ。
ともかく、わたくしは女官の境遇から抜け出して、自由の身になりたかったの。
そんな時にあの男が現れた。
あの、魔道屋シャドフという怖ろしい男よ。
世間ではわたくしの愛人のように思っているらしいけど、違うわ。
わたくしがマインドルフ一世の実の姪ではないと知ったあの男は、それをネタに強請って来たのよ。
最初は突っ撥ねたわ。
けれど、本当に叔父に告げ口されそうになり、身の危険を感じたわたくしは、言いなりにお金を払った。
そのうち、だんだんと厚かましくなって来て、お金以外も要求されるようになった。
わたくしは、泣く泣くあの男のものにされたのよ……。
……ごめんなさいね、泣いちゃって。
ええ、もう大丈夫よ。
どこまでお話ししたかしら?
ああ、そうね。
シャドフの要求は、それで終わりじゃなかったの。
あの男は自分の野望のため、わたくしにアライン男爵を虜にするよう命じたわ。
目的は、アラインに謀叛を起こさせ、叔父の帝国を乗っ取るためよ。
それはまんまと成功し、アラインは叔父を斬ったの。
でも、因果応報ね。
アラインが皇帝でいられたのは僅か数日。
ヤーマンに攻められ、あなたたち近衛兵に天誅を下されたわ。
ところが、シャドフはまだ諦めず、今度はヤーマンに近づけとわたくしに命令した。
そうよ。
その結果、わたくしは望んでもいない皇后になろうとしているの。
だけど、あの猿に抱かれるのかと思うと、身の毛が彌立つわ。
本当は逃げ出したいのだけれど、そんなことをすれば、あのシャドフに殺される。
え?
まあ、ありがとう。
わたくしを護ってくださるのね。
でも、待ってちょうだい。
あなたなら、シャドフを始末するのはいつでもできるわ。
けれどそれでは、わたくしはこのままヤーマンのものになるだけ。
わたくしを本当に助けてくださるなら、先にヤーマンを殺してちょうだい。
いいえ、大丈夫よ。
あなたならできるわ。
それに、婚礼の直後ならヤーマンも油断してる。
だって、当日この近辺を護ってる兵士は、みんなあなたの部下よ。
心配しなくても、すぐにわたくしが皇后としてヤーマンの代行を宣言し、あなたに特赦を与えるわ。
用心深いシャドフは殺される前に逃げるかもしれないけど、それならそれで構わない。
大事なのは、わたくしが皇后になることよ。
一旦権力を握ってしまえば、誰も逆らえない。
国内の体制を固め、熱が冷めた頃、改めてあなたを夫君として迎えるわ。
どう?
素晴らしい未来だと思わない?
話し終える頃には、ピッタリとくっ付いていたオーネの身体から逃れるように離れると、ロッシュは呼吸を整えながら、「か、考えさせてくれ」と返事を保留した。
オーネは勝利を確信したような笑顔で「いいわよ」と頷きながらも、最後に一言脅すように告げた。
「わかっていると思うけど、今の話は絶対に内緒よ。もし、漏れるようなことがあれば、わたくしは皇后宮の最上階から身を投げるわ」
ロッシュは何度も唾を飲み、「わかった」と掠れた声で告げつつ部屋の扉を開け、左右を警戒して出て行った。
オーネはひとりでに笑いが込み上げるようで、「ふふっ」と声が出たが、背後からパチパチと拍手が聞こえたため、ギクリとして振り返った。
部屋の奥の空気が朧に揺れ、吟遊詩人のような尖がり帽を被った痩せた男が姿を見せた。
「なかなかいい芝居だったよ。おれも思わず貰い泣きしそうになった。で、おれはいつ殺す予定なんだい?」




