1217 魔の婚礼(4)
双王宮では、魔道屋スルージの齎した情報を基に、ウルスラ女王、統領クジュケ、陸軍大臣タロス、更に途中でガルマニア皇帝家直属魔道師のカールも加わって、五名での議論が続いている。
議題は、ガルマニア合州国での婚礼に出席する意志を固めたウルス/ウルスラの安全確保に移っていた。
近衛兵千名に護られた幌付きの馬車には、ギリギリまでウルスラを乗せないで行くとタロスは言う。
「何故なら、この千名は現地で何か不測の事態が起きた際、陛下を安全に国外にお連れするために必要最小限の兵力だからです。これより少なくては、敵に囲まれた場合に突破できません。が、行きの道中は隊列が縦に伸び、横撃される可能性がないとは限りませんから、到着寸前に跳躍していただければ充分かと」
タロスの説明を聞いても不得要領な顔のウルスラよりも、前身が魔道師であるクジュケの方がピンと来た顔になった。
「不測の事態とは、例えば、陛下が消魔草を飲まされる、とかですね?」
タロスはわが意を得たりと頷いた。
「そうだ。陛下が魔道を使えるのは周知の事実。悪意のある者が拉致を考えるなら、まずは何らかの方法でそれを無力化しようとする。勿論そうならぬようわれわれも警戒するが、最悪そうなった場合でも、千名の騎兵がいれば逃げ切れる」
ウルスラは、改めて身の危険を思い知ったように少し震えたが、口調を強めて告げた。
「では、タロスの案にしましょう。わたしも現地での飲食には細心の注意を払うわ。クジュケもそれでいいわね?」
クジュケは吐息しつつ、「ならば、一つだけご提案が」と述べた。
「カールどのがお得意の隠形で陛下に付き添ってくださるとして、別に自由に動き回って周辺を警戒する魔道師も必要です。本来なら秘書官のシャンロウをその任に充てるべきところですが、緊急の際の連絡要員として国内に残して置かないと、わたくしが身動き取れない場合が心配です。よって、その役目はスルージさんにお願いしたいと思います。勿論、相応の報酬をお支払いして、ですが。宜しいですか、スルージさん?」
スルージは嬉しそうに笑った。
「商売繁盛、あ、違った、合点承知!」
一方、婚礼が行われる予定のオーネ皇后領近辺は、魔女ドーラのバローニャ州から大統領ヤーマンのパシーバ州に管轄が替わることとなり、隣接する旧ジョレ領・旧ポーマ領地区の行政長官が皇后宮に挨拶に来た。
その知らせを受けたオーネは、偶々愛人の魔道屋シャドフがおらず、退屈していたため直接その相手に会うつもりになった。
「で、何という男じゃ?」
長椅子に寝そべったまま横柄に訊くオーネに、女官長は硬い表情で答えた。
「ロッシュさまでございます。旧アーズラム帝国では、近衛師団長であらせられました」
オーネの顔が、間違って腐ったものを食べたように顰められた。
「あの男か! 叔父上マインドルフ一世に引き立てられた恩も忘れ、謀叛を起こした逆臣アラインに媚び諂ったものの、ヤーマンに城が攻められるや、掌を返してそのアラインを虐殺した男ぞ! ああ、汚らわしい! よくもそんな用件を取り次いだものじゃ! ええい、もう下がれ! ロッシュのような下種は、早く追い返せ!」
女官長はムッと押し黙った。
実際にやったことはそのとおりだが、それを言うならオーネも同罪であり、いや、もっと悪質でさえあったのだ。
が、さすがに反論はできず、そのまま頭を下げて引き返そうとした時、オーネの「あ、いや、待て」という言葉が聞こえた。
「この地区のプブリカスなら、婚礼当日の警備責任者じゃな。うーむ。今から変えてくれとあの猿に頼むのも面倒じゃ。よかろう。会うだけは会ってやろう。謁見の間に通しておけ」
女官長は全くの無表情で「御意のままに」と告げると立ち去った。
女官長の胸中など興味がないらしく、オーネは天井を向いてもの思いに耽っていた。
「あの男は利に敏い。今から手懐けておけば、きっと役に立つと思うわ。それに、歳は行っていても、所詮は男。あたしがちょっと色目を使えば言いなりさ。ふふん。まあ、あんまり本気になられても困るけど、化粧は直しておこうかしら」
オーネは美しい顔を歪めて北叟笑んだ。
謁見の間に通されたロッシュは、苦り切った顔をしていた。
これは当然であろう。
正式に婚姻が成立するまで、公的には女官にすぎないオーネが、現在の序列で云えばパシーバ州の州総督を兼ねるヤーマンの次席に位置するロッシュに対して、完全に目下の扱いなのである。
「小娘が!」
小声で罵ったものの、近日中に皇后になることは確かなので席を蹴って帰ることもできず、苛々しながらオーネが出て来るのを待った。
が、なかなか出て来ない。
職業軍人としての経歴が長いロッシュは、何度か腰の剣に手を掛けるような仕種をしたが、その度に今は文官の制服で剣がないことに気づいて舌打ちした。
「もう、我慢ならん!」
やや大きめの声でそう言って席を立とうとしたところへ、一段高い謁見用の壇上ではなく、横合いから「ああ、すみません、ロッシュさま!」という声が聞こえた。
声の方を見ると、透けるような薄手のドレス姿のオーネが、慌てた様子で駆け寄って来た。
「わたくしは、小会議室の方でお待ちいただくように申しましたのに、手違いがあったようで、申し訳ございません。さあ、わたくしがご案内いたしますので、どうか、お手を」
有無を言わせず握られた手に、人肌の柔らかさと温もりが伝わった瞬間、不機嫌そのものだったロッシュの表情が緩んだ。
「あ、いや、間違いは誰にでもあるもの。どうか、わがはいに免じて、女官長どのをあまりお叱りになられませぬように」
オーネは口に手を当てて「まあ、なんてお優しい!」と態とらしく驚いて見せた。
「ああ、良かった。ロッシュさまなら、きっとわたくしの相談にも乗ってくださるでしょうね」
「相談?」
「ええ。ともかく、小会議室に参りましょう。お話は、そこでゆっくり、ね?」
下から見上げるような視線に捉えられた時には、年甲斐もなくロッシュの頬が赤らんだ。




