1216 魔の婚礼(3)
その頃、バロード連合王国の王都バロンにある双王宮に、魔道屋スルージの姿があった。
場所は、いつもウルス王に諸国噺をせがまれる部屋であったが、今日は統領クジュケと陸軍大臣タロスも同席している。
スルージもいつもの飄々とした表情ではなく生真面目な顔で、ゾイアを霊癒族の隠れ里へ運んだ経緯を説明していた。
「……ってことで、今はお姿だけでなく、お心も子供の状態で記憶もなく、いつ回復するかわからねえそうでやんす」
一瞬の沈黙を破ったのは、やや能天気なウルスの声であった。
「子供のゾイアかあ。会ってみたいな」
クジュケが苛立ちを露わに、サラサラの銀髪を掻き上げた。
「だから言わぬことではないではありませんか! ゾイア参謀総長は、他所の国のことに首を突っ込み過ぎなんです! ああ、もう、今更そんなことを言っても仕方ありませんね。ともかく、早急に何か手を打たないと。でも、いったいどうしたらいいんでしょう?」
タロスが穏やかな声でクジュケを窘めた。
「まあ、少し落ち着いてくれ。場合によってはわたしが隠れ里に出向き、再度ゾイアどのと合体してもよいぞ」
と、ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
ウルスラ女王である。
「駄目よ、タロス。あなたの心まで子供になってしまったら、大変だわ。ここはエマおばさまたちにお任せし、自然に元のゾイアに戻るのを待つしかないわ」
が、クジュケは「うーん」と呻いた。
「で、あれば、ご提案がございます。ガルマニア合州国での披露宴ご出席は、お取り止めください」
ウルスラはキッパリと首を振った。
「それはできないわ。出席することは正式に通達しているから、理由もなく断れないわ」
クジュケは感情が昂った声で、「理由ならございます!」と断言した。
「あんな野蛮な国の、悪智慧の塊のような男の結婚式に、しかも、あのドーラさままで同席されるというのに、ゾイアどの抜きで出席されるなど、進んで死地に赴くようなものです!」
タロスが苦笑してクジュケを宥めた。
「そんなに心配することはないさ。ヤーマンという男が油断のならない人物だということは、ロックから散々聞かされた。だが、自分の婚礼の席で、手荒なことをするとは思えぬ。また、ドーラさまも、今回のエイサ出兵の失敗で、軍の立て直しに忙しく、陰謀に感けるような余裕はないだろう」
これに反論したのは、意外にもスルージであった。
「遠征が失敗したからこそ、それを取り返すために何か仕掛けてくるかもしれやせんぜ。それに、抑々この結婚は端っから胡散臭えんでやんす。典型的な政略結婚ですし、オーネ姫にゃ、あのシャドフの野郎も付いてやす。最悪、結婚成立直後に、ヤーマンが暗殺される可能性だってなくはねえ。そうなりゃ現場は大混乱で、巻き添えを喰う虞もありやす。断れるもんなら、断った方が無難ですぜ」
唇を噛んで考え込んでいたウルスラだったが、顔を上げると「いいえ、それでもわたしは行くわ」と宣言した。
「何故なら、今回の婚礼出席が他国との平和共存の礎となって欲しいからよ。先日のわたしたちの戴冠式は大成功だった。そういう他国の来賓が多数出席するような平和な式典を、もっともっと増やしたいの。だから、多少の危険があったとしても、行かなければならないのよ」
クジュケが気色ばみ、「多少どころか」と反対しようとした時、部屋の扉が小さく叩かれ、誰かの声がした。
「宜しければ、わたくしがご一緒に参りましょう」
タロスがウルスラを庇うように立ち上がり、「誰だ?」と問うた。
扉がゆっくり開いたが、誰もいない。
が、クジュケがやや緊張した声で、「陛下に対してご無礼ではありませんか、カールどの?」と声を掛けた。
と、扉の横の方で朧に空気が揺れ、魔道師のマントを羽織ったカールが姿を見せた。
相変わらず印象の薄い顔に微笑を浮かべながら、「すみません」と詫びた。
「不法侵入を咎められぬよう、扉から入るフリをしようとしましたが、クジュケさまの視線が怖ろしく、諦めました。ご無礼の段、重ねて陳謝いたします」
クジュケは鼻を鳴らした。
「煽てても駄目ですよ。わたくしが気づくよう、態と気配をさせたでしょう? ですが、まあ、あなたに害意がないことは感じました。ゲルヌ殿下のお使者ということですね?」
「ええ。今回の件で、ゾイアさまには並々ならぬご協力をいただきました。その御礼方々、ウルス/ウルスラ両陛下の御守護をするよう、殿下より申し付けられたのです。如何でございましょうや?」
クジュケが何か言う前に、ウルスラが笑顔で頷いた。
「是非お願いするわ」
クジュケは吐息して、「本当ならわたくしが行きたいところですが」と半ば独り言のようにいうと、改めてカールに向き直った。
「致し方ありません。両陛下の御身辺の警護は、あなたにお願いします。それから、タロス大臣。近衛兵を率いて、道中の安全を確保してくださいな。一万ぐらいで足りますか?」
タロスはすぐに首を振った。
「いや、多すぎる。それでは徒に相手を刺激するだけだ。近衛兵千名のみとし、但し全員騎乗させる。また、両陛下用に幌付きの馬車をご用意する」
クジュケは「千は少なくないですか?」と首を傾げたが、ウルスラは「まだ多いわ」と逆に反対した。
「わたし自身は跳躍するつもりよ。だから、身の回りの世話をする女官数名と、それを護る兵士百名ぐらいを先発させればいいんじゃない?」
すると、タロスが「わたしの話はまだ途中です」と苦笑した。
「馬車を幌付きにするのは、中を見られないためです。陛下には、われわれが向こうに到着間近になったら、伝書コウモリでお知らせしますので、その時リープして来ていただきます」
「え? どういうこと?」




