1188 風が吹けば(11)
小人族のギータから、為政者として失格と言われ、さすがにゲルヌ皇子は一瞬ムッとした顔になったが、すぐに苦く笑った。
「ギータの言いたいことはわかる。臨戦態勢を急ぐあまり、わたしが住民の安全を蔑ろにしている、というのだな?」
ギータは表情を緩めず、更に言い募った。
「それがわかっておるなら、猶悪い。かつて、殿下も参戦されたギルマンの争奪戦では、ゾイアはまず何よりも優先して、住民を避難させたと聞いておるぞ」
ゲルヌは、ギータが簡単に退き下がるつもりがないと見て、「まあ、座ってくれ」と椅子を勧め、自分も地図を閉じ、姿勢を正して話し始めた。
まず、ギルマンとの違いを説明させてくれ。
既に蛮族に占領されていたギルマンでは、残っていた住民は一万弱だった。
避難生活も長く、いつでも逃げられる状態にあり、コパ将軍率いるガルマニア遠征軍の到着までは、三日の猶予もあった。
然るに今、このエイサには、例の『兵農交換』による入植者が家族と共に数万人住んでおり、しかも、早ければ明日の朝には敵が攻めて来るのだ。
それに、単純なコパとは違い、今度の敵は何処から攻めて来るのかもわからぬ。
聞いた話では、機械のような怖ろしい姿の魔人たちで、平気で残虐な行為をするともいう。
この状況下で下手に国外への逃亡を呼びかけたら、どうなると思う?
収拾のつかない大恐慌だ。
逃げる途中で怪我人や死者も出るだろうし、出合頭に敵に遭遇し、多大な犠牲者が出る可能性もある。
ああ、無論、放置するつもりはないさ。
急を要すること故、兵の手配を優先したが、これも万一敵に攻め込まれた場合の被害の大きさを考えてのことだ。
いや、今から住民を国外に逃がす余裕はないよ。
寧ろ、エイサの中央に集めた方がいい。
特に子供や病人は、ゲルニアに頼んで地下の古代神殿に入れてもらう。
それ以外の住民には武器を供与し、自衛するようお願いする。
勿論、かれらに戦わせるつもりはない。
が、祖国防衛の気構えは持って欲しいのだ。
また、最前の話し合いの席では、ジョレの面目を潰すことになるから言わなかったが、敵が西口から攻めて来るようなことは、まずないと思う。
そこで、敵の位置が確認でき次第、ジョレの五千は、中央に集めた住民の防衛に廻そうと思っている。
わたしの考えは、ザッとこのようなものだ。
どうだ、ギータ?
聞き終わったギータは、厳しかった表情を緩め、ニヤリと笑った。
「前言は取り消そう。合格じゃ。が、一つ大事なことが抜けておるのう」
「ほう。何だ?」
「住民への避難誘導は、慣れない者がやれば徒に混乱を招くだけじゃ。辺境の住民に避難を呼びかけ、凡そ二十万人の難民を無事に渡河させた猛者が、ここにおるぞ」
ゲルヌも莞爾と笑った。
「そうであった。よろしく頼む」
同じ頃、今回の出兵の首謀者である魔女ドーラの城に、上司である大統領ヤーマンが訪ねて来ていた。
「いつ来ても気味の悪い城だぎゃ。ゴンザレス、マインドルフ、アラインの三人が、三つ巴で化けて出そうだで。ようこんなとこに住めるもんじゃのう」
態とらしく震えて見せるヤーマンに、ドーラは笑みを浮かべて応えた。
「そこはそれ、わたしも魔女じゃから、亡霊たちも遠慮して出て来ないのであろうな。しかし、それにしても急な訪問じゃのう。事前に知らせてくれれば、もてなしの用意をしたものを」
ヤーマンは何か思い出したらしく、ちょっと嫌な顔をした。
「オーネと同じことを言わんでちょう。もてなしなんぞ求めちゃあおらんで。蔭でコソコソやっちょるから、急にわしが来たら困るだけじゃろう」
ドーラは惚けたように笑った。
「わたしは別に、若い色男を寝室に引っ張り込んだりはしておらぬぞえ」
本来なら激怒すべき当て擦りであろうが、ヤーマンは鼻で笑った。
「おみゃあが誰と同衾しようが、わしの知ったことではにゃあで。そんなことより、マオロンから連れて来た捕虜は、今どうしちょる?」
ドーラは、来たな、という顔をした。
「おお、そのことそのこと。閣下にいつ報告しようかと悩んでおりましたぞえ。わたしの管理が甘く、みんな逃げてしもうたんじゃ。せっかくの新戦力なのに、惜しいことをしてしもうたと悔やんでおりまする」
「ほう。そんなに簡単に逃げられるもんじゃろうかのう。まあ、ええわい。ならば、その逃げたマオロン軍が他所の国と戦うても、おみゃあが援軍を出すようなことだけは、だちかんでよ」
ドーラは両方の眉を上げた。
「そのようなこと、あり得ませぬなあ。逃げた捕虜を態々援けに行くなど、わたしもそこまでのお人好しではないぞえ」
「ほなら、約束してちょう」
ヤーマンの皺に埋もれたような目が、ギロリと見開かれていた。
が、ドーラは嘲笑うように訊き返した。
「言霊縛りかえ?」
「わしにゃあ、そげに器用なことはできん。が、おみゃあたち魔道を使う人間には、効くらしいのう」
ドーラは自信有りげに笑って答えた。
「いいじゃろう。約束しよう。マオロン軍に援軍は出さぬ。これでよいか?」
「充分だで。邪魔したの」
あっさり帰ろうとするヤーマンに、ドーラは皮肉を込めて告げた。
「何のもてなしもできず、すまぬな。まあ、そちらは目的を遂げたようじゃが、わたしが援軍など出さずとも、あの軍は強烈じゃから、何を仕出かすかわからぬぞえ。まあ、逃げた者たちのことまで、責任は持てぬがのう」
ヤーマンはもう返事をせず、踵を返して帰って行った。




