1183 風が吹けば(6)
ドーラがマオロン軍団と名付けた三千名の出撃は、無論、大統領ヤーマンの了解など得ていなかった。
州総督の自治権は認められているものの、対外戦を独断で行うのは明らかな越権行為である。
閲兵後、順次出陣して行くマオロン軍団を見送りながら、ドーラは北叟笑んだ。
「まあ、ヤーマンがゴチャゴチャ言うようなら、捕虜にした三千名が勝手に逃げたということにすればよい。その後、エイサを占領できたら、取り敢えず独立を宣言させる。名称は、そうさのう、マルカーノ将軍領とでもするかの。おお、当然ヤーマンはわたしとの繋がりを疑うであろう。が、逆にそこが付け目じゃ。わかるか、サンテ?」
聞かれたサンテは、死んだ魚のような目で前を向いたまま、小首を傾げた。
「わたくしには、良くわかりませぬ」
ドーラは満足げに頷いた。
「じゃろう。そこを曖昧にして置くのが、肝心ぞえ。今、わたしの戦力とヤーマンの戦力は拮抗しておる。捕虜にした三千名をそのままわたしの軍に組み入れては、この均衡が崩れる故、色々と難癖を付けて来るじゃろう。しかし、外へ出て行った兵は知らぬ存ぜぬで通す。が、ヤーマンに対して隠然とした圧は掛けられる、ということよ」
サンテは、髭に囲まれた顎にある、口の代わりの小さな鉄格子から、感情のない返事をした。
「わたくしには、難しゅうございます」
「おお、そうであろう。マルカーノの話では、おまえは一回完全に死んだらしいからの。よくわからぬが、脳の半分くらいは腐っておったから、機械に入れ替わっているそうじゃ。少ない脳味噌で無理に考えずともよいぞ」
「ありがとうございます」
ドーラは気づかなかったが、一瞬だけサンテの目に怒りのようなものが現れ、すぐに消えた。
ところが、ヤーマンより先にその動きに気づいた者がいた。
「ドーラの婆さんが、こっそり出兵するみてえだぜ」
吟遊詩人のような尖がり帽を指先で少し上げて喋っているのは、魔道屋シャドフである。
となれば、相手は皇后オーネに決まっている。
二人が居るのは皇后宮の寝室で、本来ならヤーマン以外の男が入ることは許されない部屋であった。
二人ともそれを隠す気もないらしく、世話係の女官なども自由に出入りしている。
オーネは誰憚ることもなく、ベッタリとシャドフに寄り添いながら、「別にいいんじゃないの?」と応えた。
「あんたがあげたエイサの道具とかで、そっちを攻める手懸りを掴んだんじゃない? それが上手く行ったら恩を着せられるし、失敗したらいい気味だし、こっちに損はないわ」
シャドフはオーネの肩を抱き寄せながら囁いた。
「まあ、そうなんだが、ヤーマンがどう対処するのか、ちと気になってな」
オーネも声を低めて笑うように告げた。
「どうせ婚礼までの辛抱よ。正式に皇后になったら、役目を終えた猿には早く消えてもらいましょうよ」
「しっ!」
シャドフが黙らせたのは、この城で一番年嵩の女官長が入って来たからである。
冷酷そうな顔つきの痩せた老女で、完全にシャドフを無視してオーネだけを見て告げた。
「皇后陛下にお客さまでございます。バロード連合王国の特命全権大使として、ゾイア参謀総長がお目通りを願い出ております。お会いになりますか?」
オーネが答える前に、シャドフが聞いた。
「用件は何だって、婆さん?」
女官長が答えないため、オーネが同じことを聞いた。
思わず吐息してしまい、「すみません」と謝ってから、女官長は説明した。
「この度のご披露宴には、ウルス/ウルスラ両陛下ご臨席の予定とのことにて、現地での安全確認をさせていただきたい、との趣旨でございます」
「まあ、失礼ね! まるで、こっちが暗殺を企ててるみたいじゃない! 追い返しなさい!」
感情的に断ろうとするオーネを、シャドフが宥めた。
「ちょっと待ちな。そんなことすりゃ、せっかく来ようとしてるバロードの王さまだか女王さまだかが来なくなるぜ。コッソリおれが様子を見ててやるから、適当にあしらってやんなよ」
「そう? あんたがちゃんと見ててくれるなら、いいわ」
甘えたようにシャドフに応えると、オーネは表情を改め、女官長に向き直った。
「今回は吉例故、特別に面会を許す。謁見の間に案内し、暫し待たせよ」
女官長は硬い表情で、「畏まりました」と頭を下げた。
元々女官であったオーネは、恐らくこの老女の部下であったのであろう。
部屋を出た後も悔しさが治まらない様子で、全身を震わせながら荒い呼吸をしていたが、別室で待たせていたゾイアの許へ来た時には、水のように平静な声で告げた。
「特別のお計らいにより、拝謁をお許し賜りました。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
元来こういう儀礼が苦手なゾイアは、苦笑しながら「おお、忝い」と立ち上がった。
更に女官長に聞こえぬぐらいの小声で、「念のため、城内を調べてみてくれ」と見えない相手に告げ、部屋を出て行った。
完全に扉が閉まった後、姿を現した魔道屋スルージは、モジャモジャの髪の毛を掻きながら呟いた。
「シャドフの野郎と同じ建物に居るってだけで、落ち着かねえでやんす。まあ、ヘマしねえよう、用心第一でやるしかねえですねえ」




