1182 風が吹けば(5)
ゾイアにまで謝られたクジュケは、子供のように膨れた。
「どうして皆してわたくしに謝るのですか? まるで、わたくしがスゴく嫌なやつみたいじゃないですか」
ゾイアは苦笑して首を振った。
「そんなことはない。いつもおぬしに損な役回りをさせて、本当にすまな、おっと、感謝しているよ」
ウルスも「そうだよ」と笑った。
「ぼくらみたいな未熟な為政者が、こうやって国家を運営できているのは、全部クジュケのお蔭だよ」
クジュケは少し恥ずかしそうにサラサラの銀髪を撫でつけながら、「煽てても駄目ですよ」と言ったが、声の調子はだいぶ落ち着いて来た。
「さて。それでは役目を果たさせていただきましょう。ゲルヌ殿下のご依頼は、あくまでも魔道屋スルージどのへのもの。その居場所が偶々ここであったにすぎず、バロード連合王国とは関わりのないことです。皆さま、よろしいですね?」
と、ウルスの顔が上下し、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
「クジュケの言うことが正しいとは思うけれど、わたしは少し心配だわ。詳しいことは知らないけど、盗まれたものが赤目族の大切なものだとしたら、エイサが危機に晒されるんじゃないかしら?」
自身もかつてはエイサの魔道師であったクジュケは、敢えて強がるように言い放った。
「だとしてもです。それに対処すべきなのはゲルヌ殿下であり、われわれではありません」
一瞬の気まずい沈黙を破ったのは、ゾイアであった。
「われもクジュケの言うとおりだと思う。ところで、話を変えるようで申し訳ないのだが、ヤーマン大統領の結婚披露宴の件で、ガルマニア合州国に下見に行きたいのだが、良いだろうか、女王陛下?」
ウルスラはハッとしたように頷いた。
「勿論よ、お願いするわ。披露宴が行われるオーネ皇后領は、確かお祖母さまの州の中にあるから、ついでにお祖母さまにもご挨拶して来てちょうだいな」
何か言い掛けたクジュケは諦めたように吐息した。
一方のスルージは、急に元気が戻ったように笑顔になった。
「おお、それは奇遇でやんすねえ。ゾイアの旦那と行先が同じになっちまった。なんなら、一緒に行きやすか?」
ゾイアも惚けた顔で答えた。
「全く偶然だな。まあ、旅は道連れが居た方がいいと云うからな。それが良いかもしれぬ」
クジュケは最早笑うしかないという表情で、それでもゾイアに釘を刺した。
「くれぐれも揉め事は起こさないでくださいね」
「おお、無論だ。祝い事に水を差さぬよう、慎重を期すつもりだ」
ゾイアとスルージが向かうはずのネオバロンでは、先に魔女ドーラが動き出していた。
城の中庭に異様な姿の軍が整列して、ドーラの閲兵を待っている。
擬闘士のような見事な体格をしている者が多いが、皆その身体の一部が機械に置き換わっているのである。
しかも、身に着けている鎧は金属の棘だらけであり、持っている武器も、棘のある鉄球が付いた鎖などであった。
総勢、凡そ三千。
騎乗している者もいるが、乗っているのは馬ではなく大蜥蜴であった。
その大蜥蜴にも、鎧と同じ装甲が施してある。
複数頭の大蜥蜴が牽く戦車も何台か並んでいた。
いや、一人だけ普通の馬に乗った男がおり、戦列の一番手前をゆっくり往復している。
その顔は、刃物で刻んだように創だらけで、中でも眉間の刀創は太く、肉が盛り上がっていた。
年齢を感じさせない猛禽類のような鋭い目つきをしている。
マルカーノであった。
マオロン王を名乗って頃のような華美な服ではなく、将軍用の甲冑を身に纏っていた。
ドーラは城の露台から、満面の笑みを浮かべながらそれを見下ろしている。
「なかなか立派なものじゃのう。とても、与太者の親分には見えぬ。歴戦の将軍じゃと言うても、皆信じるであろう。のう、サンテ?」
影のようにひっそりと横に立っていたサンテは、死んだ魚のような目を前に向けたまま、小さな鉄格子が嵌った口で答えた。
「真に。お褒めに預かり、わたくしも同僚として誇らしゅうございます」
ドーラは笑顔を皮肉に歪めてサンテを見た。
「同僚のう。おまえはあやつの子分じゃったのだぞ。覚えておらぬか?」
サンテは小首を傾げたが、すぐに諦めた。
「記憶にございません」
「ふん。面白味のないやつじゃ」
サンテは微かな声で「申し訳ございません」と謝ったが、ドーラはもう聞いておらず、バルコニーから身を乗り出すようにして、大きな声で告げた。
皆の者、よう聞け!
遂に、おまえたちマオロン軍団の出撃すべき時が来た!
目指すは、エイサ、即ち、『神聖ガルマニア帝国』の制圧じゃ!
おまえたちなら十倍の兵力差など、屁でもあるまい!
しかも、率いるマルカーノ将軍には、特別な道具を持たせ、その使用方法もみっちり仕込んである!
この道具さえあれば『重さの壁』も結界も、全くの無力ぞえ!
思う存分おまえたちの持てる力を発揮し、わたしに新たな領土を齎してくりゃれ!
さあ、行け、勇者たち!
ドーラの檄に応える鬨の声は地を這うように低く、とても勇者などとは呼べぬ、おどろおどろしいものであった。




