1181 風が吹けば(4)
自分のせいで奪われてしまった簡易制御盤の行方がわかったと知り、マーサ姫は興奮して叫んだ。
「ならば、わらわが取り返しに行くぞ!」
それに対するゲルヌ皇子の返事は「駄目だ」という素っ気ないものであった。
「強引な手段を採れば戦争になる。それに、どういう形でドーラがあれを手に入れたにせよ、直接盗んだ訳ではないのだから、この件に関しては善意の第三者ということになる」
「あの魔女に善意などあるものか!」
エメラルドグリーンの目を吊り上げて激昂するマーサに、ゲルヌは困惑した。
「この場合はそういう意味合いではないのだが、それにしてもドーラに善意がないというのは、ちと言い過ぎだと思うぞ。白魔を中和して人事不省となったゾイアを、無事にバロードに送り返してくれたそうだからな」
「ふん。どうせ何か底意があるに決まっておる。殿下は他人を信じ過ぎじゃ」
ゲルヌは怒らず、サラサラの赤毛を指で掻き上げながら苦笑した。
「世間ではわたしを、まだ若いのに権謀術数に長けた男と見ているそうだぞ。ドーラが信用ならない相手であることは、わたしとてわかっているさ。だからこそ、真正面から攻めるべきではない。魔道屋に奪われたものは、魔道屋に取り返してもらおうではないか」
マーサは鼻で笑った。
「スルージか? わらわもよく知っておるが、実に頼りない男じゃぞ。それなら寧ろ、殿下の警護役であった、あの地味な顔の魔道師の方が如何程かマシじゃ」
ゲルヌはちょっと複雑な表情になった。
「カールか……。それも考えなくはなかったが、一義的にはカールはゲーリッヒ兄の警護役で、今は次兄ゲルカッツェの支配下にある。進んで協力してくれることもあるが、わたしから直接命令するのは、少し筋が違うと思う」
三兄弟の中にある蟠りが完全に消えた訳ではないことを知り、マーサも表情を改めた。
「立ち入ったことを言うたようじゃな。すまぬ。が、魔道屋で埒が明かぬ時は、いつでも出撃する心積もりはあるぞ」
ゲルヌは再び穏やかな表情で応えた。
「できればそうならぬよう、スルージに頑張ってもらおう」
そのスルージは、ラミアンを送り届けた後もバロードに留まっていた。
いや、正確には、ウルス王に引き留められていたのである。
今日も王の私室に呼ばれ、質問攻めにされていた。
「へえ。そうすると、自由都市ミーノの辺りに鉄鉱石の鉱脈があるってことだよね?」
聞かれたスルージは、行儀悪く長椅子に寝そべっており、しかも、菓子をポリポリと齧りながら答えた。
「そうでやんしょうね。あそこは古い自由都市で人口も少ないんですが、その割にやたらと鍛冶屋が多いんでさあ。で、聞いてみたら、どうもそういうことらしいんでやんす」
ウルスのコバルトブルーの瞳が輝いた。
「それが本当なら、共同事業という形で採掘させて欲しいなあ。バロードは乾燥地帯に近くて土壌が固いから、鋤や鍬などの農具の消耗が早いんだよ。でも、国内には殆ど鉄鉱脈の露頭がない。まあ、うんと深く掘ったことはないけどね。でも、ミーノから輸入できるなら、代わりに穀物を売ってもいいな」
「成程でやんすねえ」
その時、バタンと扉が開いた。
「あなたはいったい、何をしているのですか!」
サラサラの銀髪を振り乱して怒鳴っているのは、統領のクジュケであった。
スルージが慌てて身を起こし、「すいやせん!」と詫びると、それを庇うようにウルスも謝った。
「ごめんよ、クジュケ。でも、ぼくが頼んだんだ。話が長くなってスルージが草臥れちゃったから、横になってお菓子でも食べてねって」
王に謝罪されてはそれ以上怒ることもできず、クジュケは何度も深呼吸して自分を鎮めてから、スルージに向かって告げた。
「に、しても、です。陛下の前で、二度とこのような無作法は許しませんよ」
「合点、あ、いえ、畏まりやんした」
クジュケはもう一度吐息すると、懐から手紙のようなものを取り出した。
「あなた宛ての伝書コウモリが双王宮の外を飛び回ってうるさいので、わたくしが捕獲しました。どうやら、ゲルヌ殿下からの依頼書のようですよ」
不機嫌そのものの顔で差し出された手紙を、スルージは満面の笑顔で受け取った。
「おお、重ね重ねすいやせん。やっぱり、ゾイアの旦那と関わると商売繁盛だねえ」
が、その場で開いて読み始めたスルージの顔は、徐々に蒼褪めた。
「こいつぁあ難儀だ」
「どうしたの?」
聞いたのは無論、ウルスの方である。
スルージはチラリとクジュケに視線を走らせ、止められる気配がないことを確認してから答えた。
「仕事の依頼なんですがね。何でも赤目族の大切なものが盗られちまって、それが回り回って、ドーラ、さまのとこにあるらしいんでやんす。それをコッソリ取り返して欲しい、ってんです」
先程まで生き生きしていたウルスの表情が曇った。
「うーん、お祖母さまのところかあ。それは大変だね。何だったら、ぼくが話を」
皆まで言わせず、クジュケが割り込んだ。
「とんでもないことです。漸く戦争の痛手から回復しつつあるこの時期に、わが国と関係のないことで、またドーラさまと事を構えるなど考えられません。それでなくとも、再三ゾイア参謀総長が他所の国のことに首を突っ込み、遂に先日、意識不明の状態で戻って来たばかりなのですよ」
「おお、それはすまなかったな」
笑いを含んだ声で詫びながら入って来たのは、そのゾイアであった。




