1180 風が吹けば(3)
魔道屋シャドフから、ゲルニアのものだという手帳のような薄い板をやろうと言われ、魔女ドーラは不信感を露わにした。
「ふん。騙されるものか。それが本物である証拠がどこにある? 縦しんば本物だとして、何の役に立つ?」
ドーラの反応は想定内であったらしく、シャドフはニヤリと北叟笑んだ。
「本物かどうかは見てもらえばわかる。おれにゃあ、こんな凝った偽物を作るような技術も金もねえからな。但し、何の役に立つかと聞かれても、わからねえとしか答えようがねえ。それを考えるのは、あんたの仕事だ。取り敢えず、よく見てくれよ」
ポンと放り投げられた板を、ドーラは、いつでも反撃できるように片手で受け取った。
時々シャドフに視線を走らせながら、どんなものか確認しているうち、ドーラは「おお」と声を上げた。
「不思議なものじゃな。木材でないのは勿論じゃが、金属でもない。妙にツルツルしておるが、硝子とも違う。しかも、こうして指先で撫でると、様々な文字や数字が浮かび上がる。どういう仕組みかわからぬが、確かにこれは偽物ではあるまい」
「だろ? おれが直接エイサへ行って、生命懸けで手に入れたものなんだぜ。さあ、遠慮は要らねえ、貰ってくれ」
が、ドーラは板を手に持ったまま、胡散臭そうにシャドフのニヤケた顔をジロリと睨んだ。
「どうも怪しいのう。親切ごかしに、やるやると言うのが、どうも信じられぬぞえ。見返りに何が欲しいのじゃ?」
シャドフは態とらしく、両手を広げて見せた。
「見返りなんざ求めてねえよ。あんたとは、共にマインドルフの最期を見届けた仲じゃねえか。まあ、強いて言うなら、今後の誼を通じて置きたいだけさ」
ドーラは渋い表情のまま、吐息した。
「それではこっちが安心できぬわい。ふむ、そうじゃな。これを貰う代わりに、おぬしを雇ってやろう。報酬は相場の倍じゃ。悪い話ではあるまい?」
今度はシャドフが警戒気味になった。
「確かにおれは金で雇われる魔道屋稼業だが、仕事は選ぶことにしてる。引き受けるかどうかは、内容次第だ。おれを雇って何をさせたい?」
ドーラは惚けたように笑った。
「決まっておろう。オーネとヤーマンの動きを逐一知らせてもらいたい。特にオーネじゃ。ヤーマンは理詰めで動くからまだしも、あの女子は何をしでかすかわからぬ。本当に怖ろしいのは、急に強大な権力を握った素人じゃでのう。この仕事に相応しい者は、おぬししかおらぬぞえ」
シャドフも笑った。
「そりゃそうだ。うん、あんたとは上手くやって行ける気がするぜ。じゃあな」
そのまま消えようとするシャドフに、ドーラが「まあ、待て」と声を掛けた。
「そうと決まれば、手付を打っておこう。執事のサンテを呼ぶから暫し待て」
ドーラが横のテーブルに置いてあった小さな鉦をチリンと鳴らすと、隣室で待機していたらしいサンテがスッと現れた。
「お呼びでございましょうか、ドーラさま?」
「ああ。魔道屋シャドフを雇うことにした。手付として銀二粒渡してくりゃれ」
「畏まりました」
サンテは一旦下がり、小さな盆に載せた銀をシャドフに差し出した。
銀の粒を懐にしまいながら、シャドフはサンテの顔をマジマジと見た。
「なあ、おめえの顔を知ってる気がしてしょうがねえんだが、おめえの方はおれに覚えはねえか?」
サンテは死んだ魚のような目で自分を殺した相手を見つめていたが、何の感情も見せずに首を振った。
「恐れ入りますが、わたくしの記憶にはございません」
「そうか。なら、いいんだが。これから度々顔を出すことになるだろうから、よろしくな」
シャドフはサンテの肩をポンと叩くと、その場から跳躍して消えた。
その直後、サンテは持っていたトレイを落として大きな音を立てた。
「失礼いたしました」
そのゴツイ身体が細かく震えているようだ。
が、ぎこちなくトレイを拾って出て行くサンテを、夢中で小さな板を操作しているドーラは、全く見ていなかった。
同じ頃、エイサの地下にある古代神殿では、第一発言者ゲルニアが驚きの声を上げていた。
「あっ、信号が来た! どこだろう?」
持っていた大きめの薄い板を指先でなぞっていたが、「こ、ここは……」と呻くような声を出した。
「ガルマニア合州国の東南部、ネオバロンの辺りだ。つまり、ドーラの城だ。どうしよう? ともかく、み使いにお知らせしなくては」
ゲルニアの額に、赤い第三の目が光った。
同時に、地上にいるゲルヌ皇子の額にも同じものが現れた。
書類に目を通していたゲルヌは、ハッとして顔を上げた。
「……そうか。わかった。盗品の市場に出て来ないから、おかしいとは思っていたよ。ああ。こちらでも対処の方法を考える。だが、ゾイアのお蔭で白魔の手に渡らなかったことだけは良かったと思うぞ。魔女ドーラも手強い相手ではあるが、少なくとも人間だからな。うむ。一応、最大級の警戒態勢はとるよ」
スーッと額の第三の目が消えたところで、ゲルヌは部屋の入口に誰か立っているのに気づいた。
「見つかったのじゃな?」
そう言いながら許しも得ずにズカズカ入って来たのは、真っ赤な鎧を身に纏ったマーサ姫であった。
「ならば、わらわが取り返しに行くぞ!」




