1178 風が吹けば(1)
ここは、ガルマニア合州国の首都パシントン特別区にある大統領官邸。
マオロン戦の結果報告のため、軍事補佐官ドーラと民事補佐官ハリスが揃って訪れて来ていた。
最初にハリスが援軍を求めた時と同じ会議室に二人は通され、待つほどもなくヤーマンが現れた。
先日以上に派手な服を着て、自分用の高い椅子にチョコンと座った。
但し、笑顔ではない。
背筋が凍るような冷たい目で二人を均等に見て、ボソリと聞いた。
「悪いのは、どっちだがや?」
ドーラが苦笑混じりで答えた。
「閣下はなんぞ勘違いされておられるようじゃな。これは戦勝報告ぞえ。それも、近年稀にみる大勝利というても過言では」
と、ヤーマンが不機嫌な声で遮った。
「わしが知らにゃあと思うて誤魔化そうちゅうても、だちかんで。結局、獣人将軍に援けてもらわにゃあでは、今頃は二人ともオッ死んじょったんじゃろう? 大勝利が聞いて呆れるわい。本来なら二人とも謹慎処分、いや、わしの許可なく外国に援軍をもろうた咎で、入牢ものだで。で、どっちだぎゃ?」
ハリスが椅子から立ち上がり、床に手を着いて白頭巾の頭を下げた。
「その儀ならば、責めは、わたしにある。白魔は、国を超えた、人間の敵。大きな被害が、出る前に、ゾイアどのを、呼ぶしかないと、判断した。結果的に、それで良かったと、思っている」
ヤーマンの返事は「ど阿呆!」であった。
「おみゃあがどう考えようが、ゾイアはバロードの参謀総長だで! わしの国は、バロードにどえりゃあ借りを作ったことになるだぎゃ。これから中原で伸し上がって行こうちゅう時に、肩身が狭えわ」
珍しく執り成すようにドーラが口を挟んだ。
「おお、そのことなら心配いらぬぞえ。ゾイアは寧ろ、わたしに感謝しておるはずじゃ。ドゥルブを中和した後、人事不省となったあやつを、無事に帰してやったのじゃからのう」
ヤーマンは「当たり前じゃろ」と乱暴に応えたものの、少し機嫌は直ったようであった。
「援けに来てくれた人間が気い失のうておるのに、無事に帰さにゃあちゅうことがあるかや。まあ、ええじゃろ。わしも本気で心配はしちょらん。ゾイアもそうじゃが、女王がようでけた女子で、敵でも憎むなと教えちょるらしい。どっかの魔女とは、えれえ違あでにゃあか?」
ドーラは大きく鼻を鳴らしてソッポを向いた。
ヤーマンは気にせず、床に手を着いたままのハリスに声を掛けた。
「もうええ、ハリス。顔を上げてちょ。おみゃあに悪気がにゃあことは、わしもわかっちょる。この話は、これで終えじゃ。そげなことより、せっかく補佐官が二人おるんじゃから、喫緊の難問に智慧を絞ってちょうよ」
二人の補佐官が奇しくも同時に「難問?」と聞き返した。
ヤーマンは苦々しそうに答えた。
「決まっとるじゃろ。わしの披露宴のことだぎゃ。愈々皇后宮の改築がでけたっちゅうて、オーネがやいのやいのとせっついちょるんじゃ。おえりゃあせんのう」
その皇后オーネは、完成したばかりの皇后宮の一室で、愛人の魔道屋シャドフと二人きりで会っていた。
「どうしたの? 最近やけに冷たいじゃない」
拗ねるように言いながら顔を覗き込むオーネに、シャドフは吐息して肩を竦めて見せた。
「おめえがどうのこうのじゃねえんだ。ギャモンの故買屋に行ってから、どうも調子が上がらねえ。なんか大事なことを忘れたみてえな気がする。心に穴が開いたみてえだ」
「その穴は、あたしじゃ埋まらないのかい?」
シャドフは室内でも被っている吟遊詩人のような尖がり帽を脱ぎ、オーネを抱き寄せた。
「そんなことはねえさ。おめえはおれの宝物だ。おめえのためなら、何だってする。たとえ、世間的にゃあ悪いことでもな。が、今、おれが感じてることは、ちょっと違うんだ。何と言ったらいいのか、記憶の一部が消えてるみてえな、変な感じなんだよ」
「ふーん、何だろうね? あ、そういや、例の手帳みたいな板切れは、売れそうかい?」
シャドフは渋い表情になった。
「いや。ギャモン以外の故買屋にも当たってみたが、どうもヤバそうだ。盗られたやつが、手配を回してる気がするんだ。無理に売ろうとすりゃ、アシがつく。宝の持ち腐れだが、今のところどうしようもねえ。いっそ、あのドーラの婆さんにでも売った方がいいかもな」
オーネは嫌な顔をした。
「よしてよ。あの女、婆のくせに妙な色気があって、あたしは嫌いさ。あんた、変な気を起こさないでよ」
シャドフは苦笑した。
「おれもそこまで下がっちゃいねえよ。まあ、女としちゃあ、おめえと比べものにもなんねえが、かつては中原を支配したアルゴドラス聖王その人だからな。今だって、バローニャ州の州総督で、大統領補佐官だ。これからのことを考えて、多少は恩を売った方がいい。うん、そうだな。決めたぜ。これはドーラにくれてやる。あいつなら、なんか使い途を知ってるだろうさ」
シャドフは懐から小さな板のようなものを取り出した。
ツルツルしたその表面を指先で撫でると、次々と文字や数字が浮かび上がって来る。
「まあ、おれには玩具にしか見えねえが、赤目族の道具だからな。きっと何かの役には立つだろうさ」




