1177 白魔が来りて(12)
「そこまでだ!」
天井を突き破って降りて来たのは、勿論ゾイアである。
一度バロードに戻ったらしく、ヨゼフが作った変身時に留め金が外れる方式の簡易甲冑を身に纏っている。
しかも、その手には聖剣が握られていた。
すると、ゾイアが命ずるまでもなく、聖剣から赤く細い光が放射され、過たずにマルカーノの指先で蠢いているものを、瞬時に焼き尽くした。
指先が焦げたものの、マルカーノは痛みを感じた素振りもなく、真っ白な平面の顔をゾイアに向けて文句を言った。
「何ということをしてくれた。われらが所有する唯一の原型だぞ。お蔭でアルゴドーラを僕にできなくなったではないか」
ゾイアは鼻に皺を寄せて、嫌悪感を露わにした。
「経緯は屋根の上で聞いていたが、そのような非道な行為はわれが許さん! おまえたちの云う力場とやらも、屋根をブチ破る前に解除した! この場で中和してやるから、覚悟せよ!」
ゾイアは聖剣を掲げて命令しようとしたが、その前にマルカーノが恫喝した。
「アルゴドーラを殺すぞ! 中和には一昼夜かかり、その間術者は人事不省になるのだろう? われらは動けなくなるだろうが、その前に、外にいる改造人間どもにアルゴドーラを嬲り殺しにせよと無線で命令できるのだ。さあ、やれるものなら、やってみろ!」
ゾイアはグッと言葉に詰まり、幹部らに拘束されているドーラに目を走らせた。
ドーラは無理やり口を開く器具を装着されているため喋ることができないが、ゾイアに対して必死に頷いて見せているのは、自分に構わずに中和しろという意味であろう。
が、ゾイアは掲げていた聖剣を下ろし、悔しそうにマルカーノに告げた。
「わかった。中和はせぬ。その代わり、全員ここから立ち去り、本来の棲み処である北方へ帰れ」
マルカーノの切れ目のような口の両端が、再び笑みの形に吊り上がった。
「冗談ではない。あんな陰気臭い多数派とまた一緒になるなど、真っ平御免だ。あやつらは有機生命体を殺すことしか考えていないのだからな。放っておいても死ぬ存在を、態々手間をかけて殺すなど、無意味じゃないか。生かして奴隷として扱き使い、働けなくなったら殺処分すればよいのさ」
「き、きさま!」
ゾイアの顔にぞわっと黒い獣毛が生えると同時に、身体が倍ほどに膨れ上がって簡易甲冑が弾け飛んだ。
既に全身が獣毛に覆われ、更に巨大化して穴の開いた天井に頭が届きそうになっている。
牙の生えた口が大きく開き、猛獣のような咆哮が玄関ホールに響き渡った。
さすがにマルカーノの幹部たちも動揺したのか、ドーラを拘束している手が弛んだ。
その隙を衝き、ドーラは自力で逃れると、口の器具を外して叫んだ。
「今じゃ、ゾイア! 中和せよ!」
ハッと振り返ったゾイアは、急遽口の部分だけ人間形に戻し、巨大な毛むくじゃらの拳に隠れてしまった聖剣に命じた。
「直ちに白魔を中和せよ!」
マルカーノを始め三十人ほどの幹部たちは、瞬時に顔が人間のものに戻った。
次の刹那、かれらの身体から白い影が飛び出すと、空中で一つに合体し、天井の穴から逃げようとした。
と、ゾイアの指の隙間から長く伸びた聖剣が現れ、逃げて行こうとする白い影に、剣先から光の網のようなものを発射して包み込んだ。
「……目標を捕獲しました。引き続き位相波を照射しますか?」
聖剣の問い掛けに、ゾイアは即答した。
「実行せよ! また、中和処理を施した後、そのまま北方の宙船に転送せよ!」
「……了解。衝撃に備えてください!」
目も眩むような光が、幾重にも重なり合った白い影に向けて発射された。
どれくらいの時間が経ったのか、その場に居た全員が気を失ってしまった中、最初に目醒めたのは、ドーラであった。
傍には、人間形に戻った全裸のゾイアが倒れており、その手には聖剣を握っている。
ドーラの顔に抑えきれない笑みが零れた。
「遂に、遂に、この時が来たぞえ。さあて、聖剣は、本来の持ち主に返してもらおうかのう」
ドーラはしゃがみ込んでゾイアの手から聖剣を奪おうとしたが、拳は堅く握り締められており、簡単には取れそうにない。
「ええい、離さんか!」
その時、太守宮の玄関の方から、ガタガタと扉を叩くような音が聞こえて来た。
ドーラが振り返ると、半ば身体が機械化している兵士たちが入って来ようとしている。
「おお、やはり直前にドゥルブが命令を下していたのじゃな。ふん。これでも喰らうがよい!」
ドーラが掌を突き出すと、暴風のように激しい波動が兵士たちを吹き飛ばした。
「ふん。わたしの力を思い知ったか。ゾイアがフィールドとやらを解除した瞬間から、これぐらいはできたのじゃ。が、こういう成り行きを予想し、逃げられないフリをしておったのさ。おっと、無駄口を言うておる場合ではないのう。早くせねば、ゾイアが目を醒ますぞえ」
ドーラは、ゾイアの指を一本一本を外して聖剣を抜き取り、漸く自分の手に握った。
「おお、夢にまで見た瞬間ぞえ。早速命令してみよう。うむ、そうじゃな。聖剣よ、マルカーノとその一味、またその配下にある化け物兵士たち全てを、わたしの配下にしてくりゃれ」
「……了解いたしました。かれらの指揮命令権者を、ドーラさまに書き換えます」
ドーラは悦に入ったように笑み崩れた。
「よしよし。これで悩みの種がお宝に変わる。この戦力強化は大きいぞえ。ガルマニア合州国をわがものとする日も近かろう。ふむ。後はこやつの処置か」
ドーラは気絶したままのゾイアを見下ろした。
「やはり初期化じゃな。ゾイアの人格を完全に抹消して結界袋に入れ、今度こそスリ替えられたりせぬうちに、安全な方法で合体しよう。え? 何ですと?」
ドーラは見えない相手と話すように、宙を睨んだ。
「信義に悖るとは? え、ええ、わかりまする、兄上。しかしながら、これほどの好機を自ら捨てるなど、正気の沙汰では……はっ、失礼いたしました。はい。兄上の仰るとおりにいたします」
ドーラは大きな溜め息を吐くと、小声で「この大事な場面で、生まれて初めて兄と意見が食い違うとはのう」と呟き、改めて聖剣に命じた。
「ゾイアの安全を確保し、共にバロードへ帰れ。今すぐじゃ!」
「ラジャー!」
心なしか嬉しそうな返事をし、聖剣はスルリとドーラの手を抜け、薄く拡がってゾイアの身体を包み込むと、その場から跳躍した。
ガックリと肩を落としたドーラは、八つ当たりのように倒れたままのマルカーノを蹴った。
「くそっ!」




