1175 白魔が来りて(10)
敵情を探るため、ゾイアが暗黒都市マオロンへ行く予定だと知ったドーラは、危惧するハリスを押し切り、先に単身で先に乗り込むことにした。
マオロンの手前で地上に降りたドーラは、奇妙な門を潜り抜け、市街地に入ったところで、呻くような声を上げた。
「な、何じゃ、これは……」
上空から見た限り、人影もなかったはずの市街は、人で溢れていたのである。
街全体を覆う特殊な結界が、外部から人の姿が見えないように遮蔽していたのであろう。
しかも、そこに居たのは、普通の人間ではなかった。
往来を闊歩しているのは屈強な体格の男たちであったが、その半裸の身体には、様々な機械のようなものが埋め込まれているのだ。
その行動もまた、不可解なものであった。
ドーラは特に隠形もしていないのだが、かれらは誰一人こちらに注意を向けず、忙しそうに傍らを通り過ぎて行く。
「あっ、あの顔は……」
その中の一人に見覚えがあったらしく、ドーラは思わず声を上げてしまった。
「確か、わたしの州の軍にいた百人長だった男ぞえ。こんなことになっておったのか」
と、その声が聞こえたように男は立ち止まり、ドーラのところへ戻って来た。
機械になった左目でドーラの顔をジッと見ている。
白目の中心に開いた小さな穴が左右に何往復か動くと、半開きになった口の中から声が聞こえて来た。
「……両性族、アルゴドーラと認証。おまえを、王の座所へ案内する。ついて来い」
ドーラの返事を待たず、スタスタと歩いて行く男の前に居た者たちは、サッと左右に分かれて道を作った。
「成程。誰かが全員を一括管理しておるようじゃな。面白い。ついて行ってやろう」
ドーラはニヤリと笑い、案内役の後ろを少し浮身しながら水平移動した。
旧繁華街を進んで行くと、かつてチャナール太守が住んでいた太守宮が見えて来た。
マオールの王宮風の豪華な造りであったのだが、今は見る影もなく荒れ果てている。
男は錆び付いた門を開け、表面の輝きがなくなった大理石の導入路を進み、巨人でも通れそうな両開きの扉の前で止まった。
「王よ! アルゴドーラを連れて参りました!」
中から扉が開けられると、ドーラを振り返った。
「お許しがあった。入れ」
「ほう、そうかえ。わたしには何も聞こえなんだが、おぬしらには聞こえるのか。ふむ。すると、それが管理の手段という訳かの?」
男はそれには答えず、「入れ」と繰り返す。
だが、ドーラは動かず、ジロリと男を睨んだ。
「ふん。そう急かすな。わたしとて生命は惜しいぞえ。それに、たとえ殺されずとも、おぬしのような姿にはなりとうはない。もっと美人にしてくれるというなら、まあ、話は別じゃが、どうもおぬしらの王とは美的感覚が合いそうもないでな」
その時、室内から別の声がした。
「ご心配召さるな、アルゴドーラどの。わが君は、そのような無粋なことはなさいませぬ」
中から姿を現したのは、今の上品な喋り方が似つかわしくない、髭面の男であった。
よく見ると口の部分は機械になっており、その小さな鉄格子のようなところから声が出ている。
「執事のサンテと申します。ここからは、わたくしがご案内いたします」
すると、ドーラが「おお、やっぱりそうかえ!」と叫んだ。
「どうも見たことがある顔と思うたぞえ。マルカーノ一家の若頭であったサンテではないか。どうしたのじゃ? わたしを忘れたのかえ? 親分の目を盗んで、わたしに恋文を送ったであろう?」
サンテという執事は、死んだ魚のような目でドーラを見返した。
「そのようなことがあったかも知れませぬが、わたくしの記憶にはございません。ささ、どうぞお進みください。わが君マルカーノが待ちかねておりまする」
ドーラは軽く失望した顔で「左様かえ」と応え、サンテに案内されるまま屋内に入った。
広い玄関ホールには、幹部らしき柄の悪そうな男たちが三十人ほど居並んでいたが、皆サンテ同様、死んだ魚の目をしている。
ホールの突き当りに広い階段があり、初老の男がゆったりと降りて来た。
その顔は、刃物で刻んだように創だらけで、中でも眉間の刀創は太く、肉が盛り上がっていた。
年齢を感じさせない猛禽類のような鋭い目つきをしている。
マオロンの門を通って以来、初めて目にした精気を感じさせる人物であった。
ドーラは満面の笑顔で挨拶した。
「お久しゅうございますのう、マルカーノ親分。いえ、今はこうお呼びするべきでしょうか、マルカーノ王?」
マルカーノは笑わずに答えた。
「人間の世界での呼称など、どうでもよい。われらには崇高な使命があるのだ。全ての人間を支配し、われらに同化しなければならぬ。邪魔をするものは、たとえ天空から飛来した仲間であろうと抹殺する。アルゴドーラよ、おまえも選択せよ。われらに同化するか、それとも死ぬか。さあ、選べ!」
ドーラは開き直ったように嘲笑った。
「化け物になっても、おぬしは変わらぬのう。そんなにわたしを自分のものにしたいのかえ? 生憎じゃったのう。わたしは昔から色男が好みでの、おぬしのような醜男に興味はないのじゃ。さてさて、ざっと様子がわかった故、これで帰らせてもらうとしよう。今度会う時は、容赦はせぬぞえ。さらばじゃ!」
が、その場から跳躍しようとしたドーラは、愕然とした。
「で、できぬ……」




