1174 白魔が来りて(9)
ゾイアの援けによって、辛くもマオロン軍を追い返したハリスの許へ、突然魔女ドーラが現れた。
ヤーマンや自分に援軍を出させながら、外国勢力に介入を求めたことを責めるドーラに、ハリスは落ち着いた声で応えた。
「一般的な、外交問題とは、違う。相手は、白魔だ」
ドーラは皮肉な笑みを浮かべた。
「ほう。援軍要請の時には、そんな話は聞いておらんかったぞえ」
「今日、戦ってみて、わかったことだ。ここで、喰い止めねば、わたしの州だけでは、済まず、ガルマニア合州国全体に、被害が、拡大する。人間の力が及ばぬ、相手である以上、ゾイアどのを、お呼びするしか、ないと考えた。咄嗟の、判断ではあったが、間違っては、いなかったと、思う」
実際には、ガルマニアどころか全中原に危害が及ぶだろうが、利己的な相手にそれを言っても無駄だと思ったのであろう。
ハリスのガーコ州に一番近いバローニャ州の州総督でもあるドーラにとっては、自分の州への影響こそ、最も気懸かりなはずである。
さらりとゾイアの名前が出されたことも意に介さず、当然のように応えた。
「ふむ。確かに、それは迷惑じゃな。が、ゾイアが退治したのなら、もう襲って来ぬのであろう?」
ハリスは白頭巾の頭を振った。
「いや。撃退した、訳ではない。言い方は、悪いが、相手を上手く、騙したそうだ」
ハリスは、ドーラに必要以上の情報を与えぬため、慎重に言葉を選んで説明した。
聞き終わったドーラは、不得要領な顔で、肩を竦めた。
「ふーむ。よくわからんのう。まあ、いずれにせよ、これで少しは時間の余裕ができたであろうから、おぬしお得意の智慧を絞って、今度こそキッチリと撃退してくりゃれ」
「そのつもりだが、あまりにも、相手の情報が、なさすぎる。調べに行かせた、わたしの配下も、一人も戻って来ぬし、今のところ、捕虜もいない。これでは、智慧も浮かばず、困っている。まあ、ゾイアどのが、調べると、言ってくれたが、それはバロードの、許可を得てからに、して欲しいと、お願いした」
ドーラは鼻を鳴らした。
「孫どもが、許すはずがなかろう。ガルマニアなど、ドゥルブにやられればいいと、思っておるわさ」
「そんなことは、あるまいが」
あまり強く反論すると、ドーラを追放したバロードへの恨みを煽ることになると思ったのか、ハリスは曖昧に言葉を濁した。
が、ドーラは西の方を睨むようにして言い募った。
「いや。逆に、許すかもしれぬな。ゾイアに手柄を立てさせ、わが国に恩を売るためにのう。そうは行かぬぞえ!」
「落ち着かれよ」
ドーラは最早、ハリスを見ていなかった。
「おお、そうじゃ! わたしが行こう。マオロンなら何度か行ったことがあるし、随分昔のことじゃがマルカーノとも面識があるのじゃ。その頃は、あやつは街のチンピラで、わたしは旅の舞姫であったがのう。言い寄って来たのを、手酷くフッてやったものじゃ。うむ。今なら誑し込めるかもしれぬぞえ!」
ハリスが慌てて止めた。
「駄目だ。マルカーノが、どのような男か、知らぬが、今は昔のかれではない。ドゥルブの、傀儡であろう。迂闊に近づけば、逆に虜に、されるぞ」
ドーラは、ジロリとハリスを見た。
「わたしを誰だと思っておるのじゃ? かつてドゥルブを中和したアルゴドラス聖王と同じ肉体を共有する、アルゴドーラであるぞよ。まあ、確かに、今はこの手に聖剣はないが、魔道の力では並ぶ者はおらぬ。少なくとも、身に危険が及ぶ前に、逃げることぐらいはできるわさ。そうと決まれば、愚図愚図しておれぬ。ゾイアより先にマオロンへ行かねばならん」
「あ、待て!」
ハリスが叫んだ時には、ドーラの姿は消えていた。
ドーラが再び姿を現したのは、マオロンのかなり手前の上空であった。
「うーむ。ここから見ても街全体が黝ずんで見えるのう。悪の臭いがプンプンするぞえ。暗黒都市と呼ばれていた頃よりも、一段と闇が深くなったようじゃ。それはそれでわたしの好みではあるが、それにしても人っ子一人おらんのう」
ドーラは徐々に降下し、マオロンに繋がる街道に降り立った。
「まあ、北方や辺境と違って、この辺りで腐死者が出たとの話は聞かぬから、その心配はなかろう。交渉するにも、相手がおらぬでは困るから、向こうにわたしを見つけさせる方が手っ取り早いぞえ。さあさあ、誰ぞ出て来い。絶世の美女がお通りじゃぞ」
因みに、ドーラにも理屈はわからぬながら、ンザビには温度や湿度の影響があるらしく、寒くて乾燥している地方ほど活動が活発であり、中原東南部のように温かく湿った地域では、これまで殆ど発見されることがなかった。
それでも用心のため、ドーラが少し浮身しながら街道を真っ直ぐに進むと、市街地との境に大きな門が見えて来た。
二本の黒い門柱に、見ていると眩暈がしそうな複雑な模様が彫り込まれており、それを跨ぐように、上に逆アーチ状の黒い天板が付いている。
ドーラは思わず顔を顰めた。
「悪趣味じゃのう。まるで地獄の門ぞえ。ま、結界ではあるようじゃが、見たところ危険なものではなさそうじゃな。ふむ。では、参るぞ!」
門の中に一歩足を踏み入れた瞬間、ドーラは呻くような声を上げた。
「な、何じゃ、これは……」




