1173 白魔が来りて(8)
(作者註)
やや残酷なシーンがあります。
戦車を牽く大蜥蜴に凍らせた泥玉を撃ち、大混乱に陥らせたゾイアであったが、接近して来た装甲歩兵と闘ううち、相手の身体が半ば機械に替わっていることに驚く。
「改造人間なのか?」
唖然としていると、相手の機械の眼球が飛び出し、ゾイアの口に潜り込んで来た。
「うぐっ!」
払い除けようとしたが、尻尾のような視神経を巧みに振りながら、喉の奥にスルリと入ってしまった。
と、ゾイアの動きが不自然に止まった。
ゾイアの口から倒れている装甲歩兵の眼窩に繋がる視神経の内部に、金属の線のようなものが透けて見えている。
その時、気絶したままの装甲歩兵の口が、ぎこちなく動いた。
「……人工実存の体内に端末を挿入。侵入開始」
ゾイアの全裸のままの身体が、ビクビクと痙攣するように動いた。
更に全身にゾワゾワと黒い体毛が生え始め、顔も変形して獣人化するかと思われたが、突如顔面が真っ白な平面に変わった。
装甲歩兵の口がまた動いた。
「……知性体集団による通信障壁に阻まれ、ハッキング不可能。逆侵入の虞があるため、端末を物理的に切り離す」
装甲歩兵の眼窩から伸びている視神経の束が、プツリと切れた。
生身の方の右目を開けると、ヨロヨロと立ち上がって逃げ出した。
が、数歩も進まぬうちに、その間に集まって来ていた他の装甲歩兵たちに取り囲まれた。
囲まれた本人も含め、装甲歩兵たちは同じ言葉を唱和した。
「……不良品を処分する」
周囲から次々と鉄球が飛び、左目を失った装甲歩兵の身体が潰されてしまった。
一方、黒い体毛を生やし、白い平面の顔となったゾイアは、切れ目のような口が開いて、機械の眼球を吐き出した。
切れ目のような口は笑みの形になると、呟いた。
「……分析終了。間違いなく非位相者の技術工学だ。暗号も解読できたから、帰還命令を発信する」
白い顔の額の辺りに金属の角のようなものが出て来た。
すると、仲間を始末した後、ゾイアに向かって来つつあった装甲歩兵たちが、一斉に戻り始めた。
それだけではない。
先行して進軍していたチャリオットも、続々とマオロンの方向に反転して行く。
白い顔はそれを確認すると、「いずれ暗号を変更して戻って来るだろうが、一先ず、危険は去ったぞ」と告げると、普通のゾイアの顔に戻った。
同時に、全身の黒い毛も徐々に消える。
完全に人間の肉体に戻っても、しばらくは呆然と立ち尽くしていたゾイアだったが、ハッとしたように周囲を見回した。
「おお、忝い。油断していた。まさかおぬしらに助けてもらうとは。うむ。成程。やはり白魔の仕業なのだな。それにしても、何という非人道的なことをするのか。赦せん! うむ。すまん。今は善後策を講じることが優先だな。ああ。おぬしらの云うとおり、ハリスに相談してみよう」
ゾイアは再び鳥人形態に変身すると、その場から飛び立った。
「そうか。あの謎の、漂着者が、助けて、くれたのか。すると、まだゾイアどのの内部に、間借り、しているのだな」
ゾイアの話を聞いたハリスは、牢獄島で一時は自身の身体も支配していた知性体の一部が、ゾイアの中に残っていることをそう表現した。
ゾイアは苦笑した。
「まあ、そういうことだ。一種の難民受け入れだと、われ自身は思っていたのだが、かれらが居てくれなかったら、今頃どうなっていたかと思うとゾッとする」
「全くだ。が、相手はまた、襲って来る、というのだな?」
ゾイアも表情を改めた。
「ああ。今回はドゥルブの暗号化された命令を真似して追い返したが、すぐに暗号を変えて戻って来るだろうとのことだ。相手の戦力を考えると、なかなか厳しい戦いとなるだろう。何かいい智慧はあるまいか?」
ハリスは腕組みして考えたが、すぐに首を振った。
「駄目だ。抑々、わからないことが、多すぎる。何故マオロン、なのか? 何が、目的なのか? どうして人間を、改造するのか? それらのことが、わからねば、対策の、立てようがない」
「ならば、われが直接マオロンに行き、調べてみよう」
すぐにでも飛び立ちそうなゾイアを、ハリスが止めた。
「まあ、待ってくれ。助けを求めた、わたしが聞くのも、変だが、ウルス王や、ウルスラ女王は、今回の件を、どの程度、ご存知なのだ?」
ゾイアは、悪戯を見つけられた子供のように笑った。
「実は、何も言っていない。言えば、クジュケに伝わり、止められると思ったのでな」
「それは、いけない。助けて、もらった身で、言うのは、烏滸がましいが、是非、両陛下と、クジュケ閣下には、お話しして、欲しい」
ゾイアは吐息混じりに頷いた。
「そうだな。われもちと、大人げなかったと反省している。一度戻り、じっくり話すとしよう。それに、最悪の場合、聖剣を使うことになるかも知れぬからな」
しかし、上司の同意を得ていないのは、ハリスも同様であった。
ゾイアがその場から跳躍して帰国し、一旦撤収すべく準備をしていると、ヒラヒラと灰色のコウモリが飛んで来た。
「むっ」
思わず身構えたハリスの前で、ノスフェルはクルリと宙返りすると魔女ドーラになった。
「陣中見舞いに参ったぞえ。だいぶ苦戦しておるようじゃな」
ハリスは警戒しながらも、型どおり礼を述べた。
「不甲斐なき、仕儀にて、痛み、入りまする。が、今日のところは、何とか敵を、追い払うことが、できました」
ドーラは態とらしく感心して見せた。
「ほう。それは重畳。ところで、敵を追い払ったとか申しておったが、それは誰の力じゃ? いや、ハッキリ訊くぞえ。わたしやヤーマン閣下から援軍を受けながら、よもや、外国の勢力に武力介入させたりは、しておるまいのう?」




