1169 白魔が来りて(4)
新しい国造りでバタバタしている大統領ヤーマンの許へ、珍しく軍事補佐官ドーラと民事補佐官ハリスがほぼ同時に面会を求めて来た。
しかも、用件は同じであるという。
「そんなら、一緒に会う方が話は早いだぎゃ。小会議室の二番に通してちょう」
中原出身と思しき秘書官は、やや皮肉な笑みを浮かべながら囁いた。
「用件は同じでも、考え方は違うようでございますよ。別々に会われた方が、よろしいのでは?」
ヤーマンは皺深い顔に埋没しそうに奥まった小さな黒い目で、秘書官の薄いブルーの目をジロリと見た。
「おみゃあの意見なんぞ聞いちょらん。もう一遍差し出口をたたいたら、強制労働所送りにするかもしれにゃあで」
秘書官はブルブルと震えながら「どうか、そればかりは」と何度も頭を下げて退出した。
が、ヤーマンの執務室から離れた途端、顔を顰めて「猿め!」と吐き捨てた。
それぞれ別室で待たされていたドーラとハリスは、同じ会議室に案内され、表面上は「おお、久しいの」「ご無沙汰、いたして、おります」などと当たり障りのない挨拶を交わした。
今日のドーラはドレスではなく、補佐官の制服として新調したらしい上着と短いスカート姿で、ハリスは相変わらずの白頭巾である。
そこへ入って来たヤーマンは満面の笑顔で、「よう来てくれたのう」と二人に抱きつかんばかりの態度であったが、その目は少しも笑っていなかった。
背の低いヤーマンは、自分用に座席を高くした椅子にチョコンと座ると、「おみゃあらも遠慮せんと、早う座ってちょ」と促した。
ドーラとハリスが席に着くと、ヤーマンも愛想笑いを止め、冷たい目で二人を均等に見た。
「マオロンがどうとかちゅう話らしいが、あげに小さな自由都市一つのことで、補佐官二人が雁首揃えて来るなんぞ、前代未聞だがや。どうなっちょるんじゃ?」
一瞬の間があったが、ドーラが「おぬしが先に言うた方がわかり易かろう」と譲ったため、ハリスが最初に話した。
わたしが、預かっている、ガーコ州は、合州国の、東南に位置し、マオロンに、最も近い。
それでも、間には、広い緩衝地帯があり、直接的な関わりは、ほぼなかった。
それが最近になって、頻々と、小競り合いが、起きるように、なった。
大部隊ではないのだが、神出鬼没で、次にどこを攻めて来るのか、予想がつかない。
当初は、物盗りの類いと、軽くみて、敢えて軍を、差し向けることも、しなかったのだが、ジリジリと領地を、蚕食され、つつある。
そこで、マオール軍を、動かしたのだが、追っても、追っても、夏の日の、陽炎のように、逃げ散り、諦めて軍を退くと、また戻って来る。
それだけなら、まあ、根気よく、叩き続ければ、いいのだが、北だけでなく、南にも侵略を、開始したらしく、ガーコの里や、ガイの里から、救援要請が、来るように、なったのだ。
本格的に、マオール軍を、出動させることも、考えたのだが、ガーコ州を空にすれば、今度は北から、ゲーリッヒさまが、南下して来るかも知れず、踏み切れぬ。
できれば、ヤーマン閣下の直属軍か、ドーラどののバローニャ州軍から、一万程度の、援軍をいただきたく、お願いに、参った。
ヤーマンは不機嫌そうに下唇を突き出して聞いていたが、最後の件でプイッとドーラの方を向いた。
「おみゃあんとこで、援軍を出してちょう」
ドーラは鼻で笑った。
「自治州のことは、それぞれ自前でやる約束であろう? それにまだ、わたしの話は済んでおらぬぞえ」
「おお、そうじゃった。おみゃあのとこも、マオロンから攻められちょるんかの?」
ドーラは「それより悪いぞえ」と肩を竦め、話し始めた。
わたしのバローニャ州は旧ゴンザレス領を含んでおるから、元々ガラの悪い土地柄じゃ。
そこへ度々マオロンのマルカーノ一家の手下が来るようになって、与太者の引き抜きのようなことを始めよった。
最初は、所詮裏社会のことじゃからと放っておいたが、段々と軍人も狙われるようになって、既に千名以上が向こうに移ってしもうたのじゃ。
これは、マオロンに一番近いハリスの怠慢ぞえ。
もっとキチンと取り締まってもらわねば、困る。
因みに援軍云々は論外じゃ。
それでなくとも皇后宮の建設に人手を取られておる上、愈々披露宴ともなれば、国外の貴賓が警護兵を引き連れて入って来るのじゃから、警備を手薄にはできぬ。
もし、どうしてもハリスに援軍を出す必要があるなら、ヤーマン閣下の直属軍を出すべきじゃ。
これは国家的な大事じゃから、一万と言わず、二万ぐらい出してやったらどうじゃ?
それに対するヤーマンの答えは、「ド阿呆!」であった。
「さっきのハリスの言い種ではにゃあが、そんなことすりゃあ、悪い魔女に、国を乗っ取られるわ。全くおえりゃあせんのう」
ドーラは惚けて、「ほう、そんな悪い魔女がおるのかえ?」と驚いて見せた。
ヤーマンのパシーバ州とドーラのバローニャ州は、現在どちらも六万の兵力であり、この均衡の上に、危うく平和が保たれているのである。
そこで、ハリスが提案した。
「ならば、閣下とドーラさま、それぞれが、同数の援軍を、出してもらえぬか?」
ヤーマンは「ふむ」と腕を組んだ。
「まあ、ええじゃろ。その代わり、ハリスんとこも同数だで。各々五千で合計一万五千おりゃあ、そんな与太者集団なんぞ、チョチョイのチョイだぎゃ。ドーラも、それでええかの?」
ドーラも腕組みし、「仕方あるまいのう」と答えた。
「その代わり、出すのは兵だけじゃぞ。軍団長も千人長も、そして糧食も、必要なものは全部ハリス持ちぞえ」
ハリスは即答した。
「構わぬ。大事なことは、早めにマオロンを、元の状態に、戻しておくことだ。それが合州国の、いや、中原全体の、平和に繋がる」
しかし、勿論そう簡単には行かなかった。




