1165 新国家への道(23)
「このままでは、サイカに未来はないと思います」
ラミアンのこの言葉に、スルージが「あ」の形に口を開いたまま固まり、ずっとにこやかだったライナも、さすがに顔色を変えて訊き返した。
「どういう意味だい?」
そういう場の空気がわからない性質なのか、自分の考えにのめり込むと周囲が見えなくなるのか、ラミアンは平然と話を続けた。
実は、リベラからサイカまで飛ぶ間、自由都市同盟の加盟都市を上空から観察したんです。
との都市も一様に人が溢れかえり、場所によっては貧民窟化しているところもありました。
勿論、辺境難民の流入が原因ですが、着ている物などから判断して、流民化している者の半分ぐらいはその都市の住民のようです。
つまり、難民に職を奪われ、失業した人も多いのでしょうね。
また、住民全体に痩せた者が多く、活気も見られません。
ええ、そうですね。
食糧不足が深刻なのです。
元々中原西南部は乾燥地帯で農業に向かない土地であり、それ故このサイカのように商業を主体とした自由都市ばかりで、領域国家ができませんでした。
そこへ、一説では十万人を超えるとも云われる難民が入って来たのですから、とても支えきれないのは明らかでしょう。
そのため、エオス大公国やスカンポ河東岸地区に間もなく建国されるアーロン辺境伯国、そして、漸く内戦の痛手から回復しつつあるバロード本国を含めた連合王国全体で、難民の定住化を進めています。
が、初期にスカンポ河下流域から渡河した者の多くは、腐死者への恐怖から、少しでも東へ逃れようと西南部の自由都市を目指したのです。
これは軍でもそうですが、一旦敗走した兵を反転させるのは容易ではありません。
元の領主であるアーロンさまが再三呼び掛けられているようですが、この辺りから東岸まで戻る者は殆どいないようです。
このままでは状況が日に日に悪化し、暴動が起きるのは目に見えています。
未来がないと申し上げたのは、そういうことです。
ああ、わかっていますよ。
エイサのゲルヌさまから『兵農交換』のお話があったことは、直接ご本人から伺いました。
が、エイサにとっては起死回生の策であっても、サイカにとっては焼け石に水です。
あ、失礼な言い方でしたら、お詫びします。
実際、農民の替わりに兵士が来ても、総人口は然程変わりませんからね。
ならば、どうすればこの問題を抜本的に解決できるのか。
リベラのロム長官にはもう提言しましたが、新天地へ移住してもらうのです。
中原東南部は、ゾイアさまのお蔭で、大穀倉地帯へ変貌しつつあります。
尤も、本当にそうなるためには、まだまだ時間がかかります。
ですが、大事なことは、そこに希望があることです。
希望さえあれば、人間は苦難に耐えることができます。
今からでも、東南部への入植希望者を募ってはどうでしょうか?
現地での安全は、リベラ軍が確保してくれます。
更に、向こうに一大生活圏ができれば、物流が活発化し、サイカにとっても今後一番の得意先となることでしょう。
サイカがそういう方向に進めば、未来がないどころか、前途は洋々です。
ぼくにはこういう話しかできませんが、よろしかったでしょうか?
聞き終わったライナは大きく息を吐いて立ち上がり、少し酔ったのか身体を揺らし、良い香りを漂わせながら、ラミアンの横へ移動した。
さすがに怒られるのかと表情を強張らせたラミアンの耳元で、ライナが囁いた。
「為になったよ、坊や。お礼をさせておくれ」
ラミアンの頬にライナの唇が吸い付き、クッキリと紅の跡が付いた。
ラミアンは、再び真っ赤になってしまった。
それを見ていたスルージが苦笑して、ライナの腕を引っ張った。
「さあさあ、姐御。揶揄うのはそれぐれえにしてくだせえよ。坊ちゃんを預かったあっしが、ゾイアの旦那に叱られまさあ」
ライナも笑顔で、ちょっと拗ねて見せた。
「あの人に言っておくれよ。いつまでも放っとくと、若い色男と浮気しちまうよ、ってさ」
「うーん、ゾイアの旦那が悋気を焼くかねえ? まあ、今度会ったら、お伝えしやしょう」
すると、ラミアンが慌てた。
「困ります。ぼくがゾイアさまに勝てる訳ありません」
ライナが笑いながらラミアンの背中をパーンと叩いた。
「当たり前さ! わたしのゾイアに敵う男なんて、この世にいないよ!」
一緒に笑っていたスルージが、ふと真顔になり、独り言ちた。
「確かに、この世界にはいねえかもしれねえが……」
さて、当然のことながら、自由都市は中原西南部以外にも存在する。
中には暗黒都市マオロンのような悪質な都市もあり、ギャモンもそのような後ろ暗い人間の集まる都市であった。
ギャモンは、別名を泥棒市場といい、盗品の売買を生業とする者が多く住んでいる。
その店の一つの前に、痩せた男が立っていた。
吟遊詩人のような尖り帽を被り、ボロボロの魔道師のマントをだらしなく羽織っている。
魔道屋シャドフであった。
不機嫌そうに顔を顰めて呟いた。
「しょうがねえ。ここで金に換えるか」




