1162 新国家への道(20)
「どうじゃな。同じガルマニアの名を冠する両国で、軍事同盟を結ぶ気はないかの?」
魔女ドーラの提案に、ゲルヌ皇子は苦笑した。
「すまぬ。先日セガ大平原で激闘した相手から意外すぎる申し出を受けて、正直、冗談としか思えぬ」
ドーラは惚けた顔で、大袈裟に銀髪を揺らしながら首を振った。
「なんのなんの、このような重大な話、なんで冗談で言うものかえ。それに、殿下は勘違いしておるようじゃが、セガで戦うたのは、アーズラム帝国遠征軍の参謀としてじゃ。そのアーズラム帝国が雲散霧消した以上、敵対関係を引き摺る意味はないぞえ」
ゲルヌは表情を引き締めた。
「百歩譲ってその言い分を認めたとしても、軍事同盟とは共通の敵の存在を前提とするもの。わが神聖ガルマニア帝国と、ヤーマンのガルマニア合州国の共通の敵とは、どの国のことだ?」
ドーラは狡そうに微笑んだ。
「勿論、潜在的には両国以外の全ての国と自由都市じゃな。昨日の朋友が今日は敵となることなど、よくあることであろう? まあ、強いて挙げよというなら、国ではないが、プシュケー教団じゃな」
ゲルヌは渋い顔になった。
「想像した答えとは違うが、それなら一層あり得ぬ。亡くなられたサンサルス猊下とは立場を超えて昵懇にさせていただいていたし、今の教主ヨルムどのとも厚い信頼関係がある。戯れ事はそれぐらいにして、本音を話してくれ」
ドーラは口を曲げ、肩を竦めた。
「満更嘘でもないぞえ。実際、わが領内でも、プシュケー教団の息がかかった者たちが民衆の扇動をして困っておる。殿下の父君の如く、禁教令を出すべきか、迷うておるところさね。それに、殿下もよくご存知の山越えの経路で、パシントン特別区が襲撃される可能性とて無くはない。が、まあ、仰せのとおり、喫緊の課題は別にある」
ドーラは威儀を正した。
「それはバロードの野望じゃ。これを阻止せねば、中原は全て吞み込まれるぞえ!」
が、ゲルヌは却って表情を緩めた。
「鏡に映った影に怯えるとは、正にこのことだな。その野望こそ、あなた自身のものだろう?」
ドーラは鼻で笑った。
「否定はせぬさ。かつて一度は、兄と共に中原を制覇したのは事実じゃからな。が、今バロードが、というより、孫のウルスラがやろうとしておることは、それとは全く異なる意味合いじゃ。それは『幻想による支配』ぞえ」
「幻想?」
「そうじゃ。例の益体もない『互いの多様性を認めた上での平和共存』とかいう寝言じゃ。そのようなことができるなら、抑々千年の争乱など疾うに終わっておるわさ。にも拘わらず、できそうもない理念を掲げるのは、それによって中原を支配しようとの野望があるからに相違ない!」
ギリギリと歯噛みするドーラの顔は一気に老け込み、魔女そのもののようであった。
ゲルヌはフッと息を吐き、憐れむような目でドーラを見た。
「妄執だな。ウルスラにそのような野望はないし、その考え自体も幻想ではない。わたしとて、その理想が易々と実現できるとは思わぬが、父がやろうとしたような力による統一は、結局は綻びると思う。あなたも、そろそろ考えを変えたらどうだ?」
「黙れ、小僧!」
激昂したドーラが波動を打つ寸前、ゲルヌの額に赤い第三の目が眩いほどに輝いた。
ドーラをこの部屋に案内した後、隣室で待機していたジョレが、大きな声に驚いて駆け込んで来た。
「だ、大丈夫でございますか?」
ブルブルと山羊のような髭を震わせているジョレが、拍子抜けするような光景が目に飛び込んで来た。
ゲルヌとドーラは、まるで実の孫と祖母のように仲睦まじく微笑み合っていたのである。
ジョレが案内して来た時より随分老けた顔になっていたドーラは、着ているドレスも相俟って、品のある貴婦人のように見える。
その顔で小首を傾げ、ジョレに問うた。
「どうした? 何かあったのかえ?」
「え? たった今、大きな声でドーラさまが怒鳴っておられたので、何かあったのかと……」
ドーラは口元を押さえ、ホホホというような笑い方をした。
「そのような端ないことはせぬぞえ。殿下とのお話が弾み、少々声が大きゅうなったかもしれぬがのう。おお、そろそろお暇せねば」
ドーラは椅子から立ち、優雅にお辞儀をした。
「お忙しい中、お話しさせていただき、恐悦至極にござりまする。では、ヤーマン大統領閣下のご披露宴には、是非ともご列席くださりませ」
ゲルヌも穏やかな顔で頷いた。
「うむ。できる限り参列させていただこう。ハッキリと日程が決まったら教えてくれ。では、ジョレ、お帰りもご案内してさしあげよ」
不得要領のまま、ジョレは「はあ」と返事をすると、ドーラを連れて出て行った。
それを見送るゲルヌの額に、薄く第三の目が浮かんだ。
「ああ。ゲルニアからも、魔道神に礼を伝えてくれ。妖精族の血筋だから幻術には掛からぬはずと油断していたが、危うく殺されるところであった。かつてチャダイ将軍は、あの激烈な波動で殺られたからな。まあ、いずれ記憶は戻るだろうが、わたしに手出しする気は失せたろう」
第三の目が消えると、ゲルヌは憂わしげに吐息した。
「本当に、ウルスラの理想が、幻想に終わらねば良いのだが……」




