1161 新国家への道(19)
エイサの中央の塔は、ゲール帝の焼き討ちにも、白魔の代理人がゾイアの身体を乗っ取って街を焼いた時にも、何とか原型を留め、現在は『神聖ガルマニア帝国』の市庁舎となっている。
その中にある質素な事務室がゲルヌ皇子の執務室となっているのだが、今しも真っ赤な鎧姿のマーサ姫が床に片膝を着き、項垂れていた。
兜を脱いでいるため豪華な金髪が扇状に拡がり、面を伏せたままのマーサが、声を震わせて詫びた。
「慙愧に堪えぬ」
前の机にはゲルヌが座っており、額の赤い第三の目が光っている。
それがスーッと消えると、改めてマーサに視線を向けた。
「今ゲルニアに確認した。奪われた簡易制御盤は、エイサ領域内でしか使えぬものらしい。また、その作動原理については赤目族にもわからず、分解も不可能とのことだから、そこまで深刻な影響はないそうだ。但し、古来から引き継いでいるもので再製もできぬから、暫くはプライムが使っていた大きい方を使うと言っていた」
「必ずわらわが取り戻す!」
拳を握り緊めるマーサに、「その必要はあるまいよ」と後ろから声がかかり、小さな人影がポーンと跳んで入って来た。
ハッとして顔を上げたマーサの表情が、少しだけ明るくなった。
「おお、ギータか! 何故ここに居る?」
ギータは皺深い顔で苦笑した。
「事務仕事の人手が足りぬからと、駆り出されたのじゃ。ちょうど良いところへ来てくれたのう。わしの仕事を手伝ってくれぬか?」
マーサは鼻を鳴らした。
「わらわは剣一筋に生きて来たのじゃ。書記や帳簿など、考えただけでも虫酸が走る。それより、ゲルニアが盗られたものを取り返す必要がないとは、どういう意味じゃ?」
「うむ。エイサを出たら使えず、分解も転用もできぬとなったら、悪党が考えることは一つしかあるまい。売って金に換えることさね。大方そんなことであろうと、既にわしの情報屋仲間には通達を回したから、どこかで引っ掛かるじゃろうて」
これにはゲルヌも「さすがだな」と笑った。
「で、あれば、その件はギータに任せ、本題に入ろう。姫は、わが『神聖ガルマニア帝国』への帰属を願うのだな?」
謝罪が済んだマーサは、いつものように昂然と胸を張った。
「ああ。バロードのためにセガの北の丘に残ったのだが、却って迷惑だから撤退しろと言われた。その際、説得に来ていた若い秘書官が、中原中央部はゲルヌ殿下に丸投げした方が良いと述べた。それならいっそ、わらわはバロードには戻らず、殿下の許へ行くと宣言したのだ。頼む、ここに置いてくれ」
ゲルヌが応える前に、ギータが失笑した。
「とても仕官を申し込む口調ではないのう。それに、今欲しい人材は文官じゃ。武官は要らぬと思うぞ」
顔色を変えて反論しようとするマーサに、ゲルヌが穏やかな声で諭した。
「勿論文官は欲しいが、武官が不要という訳ではない。実は、このエイサの生産力と比べ多すぎる兵士を、自由都市同盟傘下の都市に出向させる準備をしている。その取り纏めの人材を探していたのだ。ツァラトは高齢だし、ザネンコフは怪我人、ジョレは未だに意気消沈しているのでな」
マーサは口の両端を歪めて、不満を漏らした。
「あまり勇ましい役目ではないな。それに、ギータにでもできそうな仕事じゃ」
ギータが笑いながら「わしは忙しいんじゃぞ」と口を挟み、ゲルヌも「無理にとは言わぬが」と提案を取り下げようとした時、たった今ゲルヌが名前を挙げたジョレが慌てた様子で部屋に入って来た。
「殿下、大変です! もう間もなく『ガルマニア合州国』の特命全権大使が来るそうなのですが……それが、その」
「ほう。急にどういう風の吹き回しだろう? まあ、会わぬ訳にもいくまい。お通しするがいい」
が、ジョレは山羊のような髭を震わせ、言葉を絞り出した。
「そ、それが、その大使とは、魔女ドーラだそうで……」
ゲルヌの身を護るため自分も同席するといきり立つマーサを、ギータが宥め賺して別室へ連れて行く間に、ゲルヌはゲルニアに連絡して結界の一部を緩めさせ、ドーラを案内するようジョレに命じた。
やがて入って来たドーラは、美しいドレス姿であった。
珍しく含羞むように笑っている。
「せっかく誂えたもの故、年甲斐もなく着て来てしもうた。許してくりゃれ」
そう言いながらも、ドーラはいつもの美熟女より若く見せている。
ゲルヌも如才なく、「お似合いだと思うぞ」と煽てたが、すぐに表情を改めて尋ねた。
「が、わたしにドレスを見せるのが目的ではあるまい。用件を教えてくれぬか?」
ドーラは口を尖らせ、「もう少し褒めてくれても良かろうに」と拗ねて見せたが、自分でも馬鹿馬鹿しくなったのか、勝手に椅子に座ると、本題を切り出した。
「実はのう、わが君ヤーマン大統領閣下が就任式を兼ねた結婚披露宴を開催されることになった。その来賓として殿下もお呼びしたい。……と、いうのは表向きの話ぞえ」
ドーラはニヤリと微笑んだ。
「どうじゃな。同じガルマニアの名を冠する両国で、軍事同盟を結ぶ気はないかの?」




