1157 新国家への道(15)
セガ大平原上空まで一気に跳躍したゾイアたちは、驚くべき光景を目撃した。
北の丘を確保するだけと言っていたマーサ軍が、平原に下りて大規模な演習を行っていたのだ。
「うーむ。これでは野心があると見られても仕方あるまいな」
呻くように呟くゾイアに横抱きにされているラミアンは、つられてうっかり地上に目をやってしまい、ガタガタと震え出した。
「ず、随分と高うございますね。よろしければ、早めに地上に降りませんか? マーサ姫の赤い甲冑も見えましたよ」
「そうだな」
マーサは兜を被っておらず、長い金髪が風に靡いている。
ゾイアが更に高度を下げると、その声が聞こえて来た。
「モタモタするな! そんなことで敵に勝てるか! もっと機敏に動け!」
思わずラミアンが「誰と戦うつもりでしょう?」とゾイアに尋ねると、その声が耳に入ったらしく、マーサがキッと上を睨んだ。
「今は練兵中じゃ! 話があるなら、丘の上で待っておれ!」
旧主筋とはいえ、今の立場からすればあり得ない態度だが、ゾイアは一切咎めず、「わかった」と応えると、丘の上の砦に向かった。
寧ろ文官であるラミアンの方が「あんまりです!」と怒り出した。
「前歴がどうであれ、ゾイアさまは武官の最高位である参謀総長、マーサさまの今の地位は将軍にすぎません。上官に対してあのような無礼な態度、許せません!」
ゾイアは苦笑した。
「そう目くじらを立てるな。姫御前がわれの部下なのは、偶々われより後にバロードに籍を移したからだ。能力の問題ではない」
「いえ、ぼくが言ってるのは能力ではなく、礼儀として」
ラミアンは、自分で可笑しくなったのか、吹き出した。
「ぼくが礼儀を云々するのは、変ですね」
ゾイアも笑って砦の敷地内に着陸した。
「ほう。中もかなり改装してあるな」
内部の建物同士を繋ぐ蛹道が造られており、望楼には上向きの弩が設置してある。
ラミアンが首を傾げた。
「これは、上空からの攻撃を想定しているように見えますが?」
「うむ。明らかにパシーバ族の凧への対策だな。マインドルフを討ったアラインは、それで苦しめられたと聞いている」
「に、しても、これはやりすぎではありませんか?」
相手がマーサ本人であるかのように憤然とするラミアンを、困惑した顔でゾイアが宥めた。
「まあ、そう言うな。姫御前は、第三次のセガ戦役があると考え、それに備えているのだろう」
「あり得ませんよ、そんなこと。ぼくが思うに」
ラミアンが自分の考えを披露しようとした時、丘を駆け上がって来る馬蹄の響きが聞こえた。
「おお、姫御前が戻って来たようだ。その話、直接本人にした方がいいぞ、ラミアン」
ラミアンの顔が急に蒼褪め、ゴクリと唾を飲んだ。
と、砦の門がパーンと開かれ、真っ赤な鎧姿のマーサがズカズカと入って来た。
馬は門柱に繋いだようだ。
ゾイアの顔を見るなり、マーサは切り口上に告げた。
「練兵は日没までの予定じゃから、取り敢えず抜けて来た。その建物に入ってすぐ、策戦会議用の小部屋がある。話があるなら、サッサと済ませてくれ」
また何か言いそうなラミアンを抑え、ゾイアは穏やかな顔で応えた。
「そうしよう」
殺風景な会議室に入り、三人でテーブルを囲んで座ると、ゾイアはヤーマンから言われたことを簡単に纏めてマーサに伝えた。
聞き終わるなり、マーサは鼻を鳴らした。
「逆であろう。中原制覇の野望があるのは向こうだぞ。そのために、この北の丘を確保するつもりなのじゃ。わらわは、断じて立ち退かぬぞ!」
「無意味ですよ」
少し震える声で反論したのは、勿論ラミアンである。
「何じゃと、小僧!」
激昂して立ち上がったマーサに、ゾイアが微笑みかけた。
「落ち着かれよ、姫御前。この若者は、なかなか穿ったものの見方をする。ともかく、話を聞くだけ聞いてやってくれ」
「ふん! ならば勝手に言え!」
マーサはドスンと椅子に座り、腕組みをして天井を向いた。
ゾイアに目で促されたラミアンは、一度大きく息を吸うと、喋り始めた。
ぼ、ぼくはラミアンといいます。
ああ、ご存知ですよね。
ええと、今はクジュケ閣下の下で、秘書官をやらせてもらっています。
一応、専門は外交です。
え?
すみません。
ぼくの自己紹介はいいですね。
それで、今回のことですが、マーサさまのやっておられることは、明らかな休戦協定違反であり、本来なら処罰の対象ですし、同時に先方には再戦の口実を与える行為です。
うわっ!
ちょ、ちょっと、待ってください。
テーブルを力任せに叩いても、何の解決にもなりませんよ。
ぼくはマーサさまを責めているんじゃありません。
事実を述べているだけです。
ともかく、この北の丘からは早急に撤退すべきなのです。
はあ?
ここを確保すべきとのお考えはわかりますが、実はもう、その必要はないんです。
理由?
それを今から説明しますから、そう一々怒らないでくださいよ。
ああ、ぼくの言い方が悪いなら謝りますが、大事なことなので、どうか最後まで聞いてください。
ありがとうございます、ゾイアさま。
はい、続けます。
このセガ大平原では、二度の大戦が行われました。
バロード対ガルマニア帝国、バロード対アーズラム帝国、いずれにしても東西の大国が中間地点で激突する、という構図ですね。
が、それが今、劇的に変わろうとしているのです。




