1156 新国家への道(14)
自分の披露宴にバロードから主賓を招きたいというおめでたい話の後、ヤーマンはセガ大平原の北の丘に居残っているマーサ軍のことを持ち出し、暗に責めた。
無論、ヤーマンが本当にゾイアと交渉したかったのはこちらの話であろう。
ゾイアも表情を改めて答えた。
「その件に関しては、休戦協定を交わしたドーラにも説明しなければならぬと思っていた。当初の予定としては、周辺地域の安全を確保しつつ、途中セガを離れた自由都市同盟軍の帰還を待ち、入れ替わりにマーサ軍も撤退するはずであった。ところが、想定外のことが二つ起きたのだ。一つは、自由都市同盟軍がセガに寄らずバラバラに帰国してしまったこと。もう一つは、六万のドーラ軍が途中で止まってなかなかアーズラム帝国領内に入らず、反転して戻って来る可能性が消えなかったことだ」
ヤーマンは不満を露わにするように、下唇突き出した。
「詭弁じゃの。どちらももう終わった話だぎゃ。今猶一万の軍勢を北の丘に残しちょるんは、バロードには中原制覇の野望がある、と見られても仕方にゃあでよ。わしも北の丘に陣を張っとっただけに、あそこの戦略的価値はようわかっちょる。あそこを橋頭保にして、いずれガルマニアを攻みょうとしとるんでにゃあか?」
ゾイアは慌てたように首を振った。
「誤解だ。バロードには、そのような野心はない」
と、横にいたラミアンが、物怖じせずに割り込んだ。
「ゾイアさまは立場上言い難いでしょうから、ぼくから説明しますね。あれはマーサ姫の身勝手なんです。自分に相談なく休戦してしまったゾイアさまに拗ねて、意地悪をしてるんですよ」
顔色を変えたゾイアが「よさぬか、ラミアン」と窘めるのを、ヤーマンが笑いながら「若え者は正直でええのう」と褒めた。
「わしも戦場であの真っ赤な甲冑姿を見たで、ようわかっちょる。ありゃ一筋縄では行かにゃあ、じゃじゃ馬姫だぎゃ。しかも、聞いた話じゃ、ゾイア参謀総長にとって大恩ある旧主筋の娘らしいの。まあ、それはそれとして、これを機会にビシッと説得してちょうよ」
笑顔になったヤーマンの目だけは笑わず、ジッとゾイアの反応を見ている。
ゾイアは渋い顔のまま、「やってみよう」と頷いた。
「この足ですぐにセガへ飛ぶ。おぬしの言うとおり、未だにセガに大軍を置いていることは、あらぬ誤解を受ける素となる。そこを諄々と説いてみるつもりだ」
「おお、それがええだがや。これで、わしも安心して国内のことに専念できるでよ。落ち着いたら、また連絡してちょ」
ヤーマンがあからさまに追い立てようとしている理由は、ゾイアたちにもすぐにわかった。
玄関の方から、「外国のお客さまが来るなら、どうしてあたしも呼ばないのよ!」という誰かを叱責する甲高い声が聞こえたのである。
ヤーマンは片手で拝むような仕草をして見せた。
「わしの悪い予感が当たって、オーネが来てもうた。話が長うなるで、すまにゃあが、裏口から出てちょうでえ」
ゾイアも同情したように笑った。
「いずこも同じ、だな。わかった。そうしよう。ラミアン、行くぞ」
教えられた裏口からゾイアとラミアンが出るのと入れ違いに、狒々のようなコロクスを引き摺るようにして、オーネが部屋に入って来た。
既に柳眉を逆立てている。
「皇后宮の建築現場から龍馬で駆けつけて来たのに、この対応は何? バロードの代表と会談中だから、終わるまで待ってろって、おかしくない? あたしはこの国の皇后なのよ!」
ヤーマンは精一杯の愛想笑いで、弁解した。
「おみゃあは皇后宮のことで忙しいじゃろうと思うて、気い利かせたんじゃ。実務的な話は退屈じゃあ言うちょったじゃろ?」
オーネの視線がきつくなった。
「実務的な話って、何?」
「そ、そりゃ、色々だで」
マーサ軍の話になるとややこしくなると警戒したのだろうが、オーネの興味はそこにはなかった。
「披露宴の主賓のことは?」
「おお、勿論じゃ。誰でもいいから来てちょうと……ひえっ!」
パーンと高い音が鳴り、ヤーマンは頬を押さえた。
「お黙りなさい! 呼ぶならウルス王かニノフ大公よ。あたしを誰だと思ってるの? 魔道師上がりのクジュケなんかじゃ、許さないわよ。だから同席したかったのに。まあ、今からでも遅くないわ。正式にバロードに申し入れてちょうだい。あたしは忙しいからもう帰るけど、それ以外の客なら呼ばなくていいわ!」
一方的に宣言すると、オーネは嵐のように去って行った。
コロクスが、「すまんのう。とても止められにゃあでよ」と詫びたが、ヤーマンは聞いていなかった。
口を歪め、出口を睨んだまま吐き捨てた。
「オーネ、これ以上おみゃあの自由にゃさせにゃあで!」
ヤーマンは勿論、防諜の責任者であるコロクスすら知らなかったことだが、その時、大統領府の居館の屋根に付いていた細い糸がピッと引かれると、少し離れた樹上に吸い込まれるように消えた。
と、姿は見えないが、樹の葉っぱの間から笑いを含んだ声がした。
「面白えドタバタ劇だったぜ。それにしてもあの女、結局、おれを追い掛けて来やがったんだな。ふん。だが、あんまりくっ付かれると、こっちまで巻き添えを喰いそうだぜ。少しの間、姿を晦ますか。おお、そうだ。ついでにセガに行ってみるか。あっちでも一悶着ありそうだからな」
樹上から、フッと人の気配が消えた。




