1155 新国家への道(13)
「さあて、邪魔者もおらんようになったで、本題に入ろうかのう」
そう言って改めてゾイアを見るヤーマンの顔はかなり赤くなっており、益々猿のようであった。
元々酒精に無反応なゾイアはともかく、本来飲めないラミアンですら顔に出ていないくらい度数の低い猿酒であるから、ヤーマンは余程酒に弱いのであろう。
それを自覚しているのか、毒見と称して一杯飲んだ後は殆ど酒を口にせず、その代わり饒舌に喋り続けた。
わしらパシーバ族は、ガルマニア帝国を創ったガルム族の十分の一にも満たにゃあ少数部族だぎゃ。
じゃで、この大きな国を支配するのは、なかなかの難事業じゃあ思うちょる。
しかも、早うから中原と交流があって、その一部は建国前から中原に移り住んじょったガルム族と違うて、ゲール帝の誘いを受けるまでは、ガルム大森林から外に出たことさえなかったでよう。
因みにじゃが、同じガルム族でも、先行して中原に移民しちょったガルマニア人と、大森林に残っちょった野人たちとは、最初のうち、かなりの軋轢があったげに聞いとるがや。
それを融和させにゃあだちかんと、ゲール帝は、既に族長の娘との間に子を生していたにも拘わらず、新たにガルマニア貴族の娘を正妃に迎え、更に妖精族の血筋を引く地方豪族の娘を第二夫人にしたちゅう話は、おみゃあも知っちょるじゃろ。
まあ、結果的に、異母兄弟三人の資質と歳を考あて、第三夫人になってしもうた野人の娘が産んだゲーリッヒを皇太子にしたんは、それに反対する者もいにゃあほど国内統制が上手く行っとったちゅうことだがや。
おお、大分話が横道に逸れてもうたの。
わしの立場は、ゲール帝よりもっと弱えもんだぎゃ。
ほんでも、最初は同じように、こっそりガルマニア貴族の娘たちに声を掛けてみたんじゃ。
わしゃあ疾うに寡で、正妻も妾もおらんで、大事にすると言うてみたが、どの娘も怖気を振るって断わりよった。
まあ、そりゃあアーズラム帝国の国防長官になったばかりの頃の話じゃから、今なら違うじゃろうがのう。
で、結局、うんと言うたんは、マインドルフの姪のオーネだけじゃった。
皇帝の親戚ちゅうても、マインドルフ自身がどこの馬の骨ともわからん旅商人の出じゃから、とても貴族とは言えにゃあ。
しかも、血筋は争えんのか、マインドルフ自身に勝るとも劣らにゃあエグい性格をしちょる。
じゃが、目が醒めるような美人なのは確かだぎゃ。
マインドルフがオーネを女官のまんま出世させなんだのは、言い寄って振られた腹癒せちゅう噂は、満更嘘でにゃあかもしれんでよ。
ん?
あかんわ。
また話が逸れたのう。
ここから本題じゃ。
わしゃあ、正式に大統領に就任する式典と、オーネを皇后にする披露宴を同時にやるつもりだで。
わしが皇帝でにゃあのに、なんでオーネが皇后かと笑わんでちょう。
わしゃあ名目なんぞどうでも、箔付けできりゃあええんじゃが、女はそうは行かにゃあでよ。
ほんでまあ、その披露宴に、バロード連合王国から主賓を招きてえ思うちょるんじゃ。
できりゃあウルス・ウルスラ両陛下、無理ならエオス大公ニノフ殿下、それも厳しいちゅうなら統領クジュケ閣下、それすら駄目なら、おみゃあさんでもええだがや。
とにかく、中原で最も古く格式のあるバロードと、誼を結びたいんじゃ。
ああ、誤解されにゃあように言うとくが、騙し討ちにしようなんぞ、セコいこたあ考えちょらん。
今、そげなことすりゃあ、わしの『ガルマニア合州国』なんぞ、アッという間もなく潰されてまうでよ。
勿論、好きなだけ警護の兵を連れて来てもろうてええ。
どうじゃろうのう?
ゾイアは困惑したようにチラリとラミアンの顔を見て、自分同様であることを確認すると、ヤーマンに告げた。
「話は理解した。が、とても即答できるような内容ではない。持ち帰り、相談させてくれ」
「おお、そりゃあそうじゃの。じっくり話し合うてくれりゃあええ。まだ日にちはあるでよ。おっと、一つ大事なことを忘れちょったわ」
と、終始にこやかだったヤーマンの表情がガラリと変わり、声も低くなった。
「その前に、キチンとセガ戦役を終わらせにゃあだちかんわな。おみゃあとドーラの間で交わした約束のとおり、相互に賠償を請求せず、どちらも完全にセガ大平原から撤退する、ちゅうことでええと、わしも思うちょる。ところがどうも、バロード軍の一部が北の丘に残っちょるらしい。こりゃあ、如何なもんかのう?」
第二次セガ戦役の終了時、ゾイアは単身乗り込んでドーラと休戦協定を交わした。
その後、それぞれの軍がセガ大平原から撤退したが、マーサ姫だけは一万の軍と共に、頑として北の丘から動かなかった。
マーサの言い分は、将来またここで戦役が起こった場合も、その死命を制するのが北の丘である以上、今から橋頭堡として押さえておくべきだ、ということであった。
ドーラとの協定違反になると心配するゾイアに、マーサはこう応えた。
「ならば、こう言えばよい。わらわたちは、聖地シンガリアへ行った自由都市同盟軍の帰りを待っていると。別行動の友軍を待ち、互いの無事を確認してから帰国する、という筋書きだ。実際には、あの軍勢が戻ったら、フォルスとかいう男にここを任せるつもりじゃ。休戦協定に、自由都市同盟軍は入っておらんからな」
ゾイアもマーサなりに考えた上のことと理解し、それを認めて帰国した。
ところが、戦役の終了を知った自由都市同盟軍は、当然のようにそれぞれ自分たちの自由都市へ帰ってしまったのである。
フォルスだけは自由都市リベラへ戻る前に立ち寄り、身勝手な仲間の行動を詫びたが、マーサは寧ろ喜んだ。
「ならば、仕方あるまい。わらわが残ろう。但し、そろそろ兵糧が苦しい。自由都市同盟から援助してもらえぬか?」
生真面目なフォルスはこれを承諾し、戦役終了から一箇月以上、マーサ軍一万は北の丘に居続けているのであった。




