1154 新国家への道(12)
ヤーマンに案内された応接間で待っていたドーラは、変わった服を着ていた。
長衣でも、軍旅用の軽装でも、ましてや甲冑でもない。
そのまま舞踏会にでも出られそうな礼装姿である。
ゾイアの視線に気づき、ドーラは苦笑して説明した。
「州総督という立場になったでなあ。いつまでも自由気儘な魔女という訳にも行かぬ。それに、ヤーマン大統領の軍事補佐官も兼務しておるから、これでも忙しい身ぞえ。おお、すまぬ。バロード連合王国の参謀総長たるゾイア閣下こそ多忙を極めておられたのう。第二次のセガ戦役終了早々、わが国の牢獄島で大活躍であったそうな」
ドーラの皮肉に、ゾイアは真っ直ぐに応えた。
「そのことについては、じっくり時間をかけて説明をしたい。が、その際には、互いの安全を確保した上で、ハリスどのにも同席していただくつもりだ」
ドーラは鼻を鳴らした。
「警戒されたものじゃのう。まあ、それとなくハリスには聞いたが、正直、あまり理解はできなんだ。が、ハッキリしたことは一つ。聖剣は今、おまえが自由に使える状態にある、ということぞえ。今すぐ返せ、とは言わぬ。言わぬが、本来の持ち主がわたしであることに変わりはない。いずれ必ず返してもらう」
意外、との思いがゾイアの表情に出たためか、ドーラは惚けた顔をして見せた。
「そう驚くこともあるまい。わたしとて、今この手に聖剣があればどれだけ楽に事が運ぶか、と思うことはあるぞえ。しかし、それは胡桃の殻を割るのに、破城槌を使うようなもの。聖剣は、白魔のような超絶的な敵に使うべきものじゃろう?」
ゾイアは感激を露わにして、思わずドーラの手を握った。
「正に! われがおぬしに言いたかったことはそれだ!」
ドーラは照れたように笑って「これこれ」とゾイアを窘めた。
「わたしとて女子、おまえのような偉丈夫にこのようなことをされては、惚れてしまうぞえ」
「おっ、すまぬ」
慌てて手を離すゾイアに対し、北叟笑んで更に何か言おうとしたドーラの出鼻を挫くように、後ろに控えていたラミアンが素っ頓狂な声で挨拶した。
「お初にお目にかかります、ドーラさま! ぼくは、あ、いえ、わたくしは、カルス陛下をお護りして討ち死にしたラクトスの遺児、ラミアンでございます! 何卒お見知りおきください!」
ドーラの顔から表情が消え、一瞬本来の老婆のようになったが、美熟女の姿に戻ると、ラミアンを怖い目で睨んだ。
「ほう。あの頑固者の息子かえ。覚えておこう」
ラミアンが震え上がり、ゾイアが戸惑っているところへ、「待たせてしもうて、すまんのう!」と言いながら、ヤーマンが戻って来た。
両手で盆を持ち、その上に陶器の瓶のようなものと、幾つかの杯を載せている。
「こりゃあ、パシーバ族が日常的に飲んじょる猿酒だで。尤も、本当に猿が酒を造るこたあにゃあで、要は、果実酒じゃ。ホンに弱え酒だで、少々飲んでも酔うこたあにゃあ。酔わせてどうこうしようなんちゅう下心はにゃあで、安心して飲んでちょ」
待っていた三人の微妙な空気などお構いなく、ヤーマンは賑やかに喋りながら杯四つに酒を注ぎ、「毒見だで」と真っ先に自分が飲んだ。
「ぷはーっ、うみゃあ! さあさ、みんなも飲んでちょうよ!」
ラミアンは下戸だからと断ろうとしたが、ヤーマンが「実は、わしも下戸だぎゃ」と片目を瞑って見せたため、仕方なく舐めるようにして飲んだ。
一方、明らかに何かの目論見が外れた様子のドーラは、自棄のようにガブリと酒を飲み干すと、「おお、そうじゃった」と態とらしい声を出した。
「し残した仕事を思い出したぞえ。すまんが、これで失礼してもええかのう、ヤーマン閣下?」
ヤーマンも平然と「勿論だで」と頷いた。
「国がちゃんと固まるまでは、何かと忙しゅうてだちかんもんだがや。ドーラも無理をしにゃあで、身体を労わってちょうよ」
ドーラは鼻で笑いかけ、それを誤魔化すように頭を下げると出て行った。
ゾイアが気にして「良いのか?」と尋ねると、ヤーマンは呆れたように見返した。
「正直に言うとの、あの婆さん、今日わしがおみゃあと会うという話を聞きつけて、強引に乗り込んで来たんじゃ。断るのも大人げにゃあで許したが、どうも動きが怪しい。さっきも、この若え者が機転を利かせて大声を出してくれたからいいようなものの、もう少しでおみゃあに言霊縛りを掛けられるところだったがや。用心してちょうよ」
「そう、だったのか」
ゾイアは改めてラミアンの顔を見て、「すまぬ」と詫びた。
ラミアンは含羞んで、小さく首を振った。
それを見届けると、ヤーマンは表情を引き締めて、ゾイアに向き直った。
「さあて、邪魔者もおらんようになったで、本題に入ろうかのう」
一方、建物から出るなり急上昇したドーラは、ブツブツと愚痴を溢し続けている。
「ったく、せっかくの機会が台無しぞえ。めかし込んで損したわい」
また下を睨んだ。
「強引に聖剣を手に入れても、わたしもそう長くは生きられぬ。ところが、ゾイアの不死身の肉体さえ先に手に入れれば、おまけで聖剣も付いて来るのじゃ。それを気取られぬよう、コッソリ言霊縛りを掛けようとしたのに、忌々しい小僧め! きっと後悔させてやるぞえ!」




