108 探索行(11)
矢はかなり遠距離から射られたものらしく、勢いがなかった。
本数も少なく、攻撃というより、明らかに威嚇であった。
ゾイアは、数本を纏めて、例の先端が焦げた棍棒で払い除けると、常人離れした視力で敵を窺った。
「岩陰などに潜んでいるが、凡そ二百はいるな。チラリと刺青が見えたから、マゴラ族だろう。先日の意趣返しに、部族総出で来たらしい。に、しては、腰が引けているな」
ペテオが忌々しそうに、「数を頼んで来るとは卑怯者め! 蹴散らしてやろうぜ!」と息巻いた。
アーロンが慌てて、「無茶を言うな! いくら何でも、多勢に無勢だ!」と止めた。
だが、ペテオはニヤリと笑い、「ご心配なく。こちらには、鉄の巨人にも勝るとも劣らない、強え味方がおりまさあ」と顔でゾイアを示した。
ところが、ゾイアは首を振った。
「それは駄目だ。成程、われが獣人となれば、二百人ぐらいは斃せるかもしれん。だが、その結果、敵が二百体の腐死者に交代するだけだ」
ペテオは口を尖らせた。
「じゃあ、どうすんだよ?」
「逃げるのだ」
「はあ? 戦わずにか?」
「恐らく、向こうの望みもそういうことだ。自分たちの縄張りから、いなくなって欲しいだけだ」
ややホッとしたらしいアーロンが、「逃げるとして、どこに向かうつもりだ?」とゾイアに聞いた。
「アーロンどのも同じ意見と思うが、鉄の橋を渡るより他ないだろう」
「そうだな」
すると、マーサ姫が「ちょっと待ってよ!」と割り込んできた。
「あんな細い橋よ。向こう側から敵が来たらどうするの?」
ゾイアは笑顔で「襲い来る敵は斃すのみ」と答えた。
ペテオも頷いた。
「細い橋だから、来るとしても一度に一人だ。一対一で、うちの千人長に勝てるやつなんか、この世にいねえさ」
念のためアーロンはレナにも聞いたが、「オマエト、イッショニ、イク」との返事だった。
ゾイアは黙ったままのロックに声を掛けた。
「行くぞ」
結晶の森に未練があるように見つめていたロックだったが、大きく頷いて振り返った。
久しぶりに見せる、ロックらしい笑顔であった。
「そうだね。逃げ足なら、おいらに任せて!」
ゾイアも嬉しそうな顔になった。
「これは頼もしいな。だが、退却の順番はアーロンどのに決めてもらおう。馬のこともあるしな」
「おお、そうだな。では、わたしが先頭を行こう。その後をマーサ姫、レナ、ロックと続いてもらおう。馬も先に渡らせる。すまないが、ゾイアとペテオは敵を牽制しつつ、最後に渡ってくれ」
「了解した。ペテオ、最後に渡る際、例の石油の壺と柄杓を持って来てくれ。渡りながら油を撒くのだ。われら全員が通り過ぎたら火を点ける」
ペテオは苦笑して「こんなこと言うと、どっちの味方だって怒られそうだが、ちょっと勿体ねえな」と残念がった。
「心配せずとも、橋の本体は鉄だ。燃えるのは、通路部分の樫だけだ」
「成程。念のための足止め程度か。いいぜ、盛大に燃やしてやろう!」
敵に動きがないうちにと、早速橋を渡り始めた。
橋を渡りながらロックが「わっ、怖いね、下が丸見えじゃん」と言った。
橋の両側は三角形に組み合わされた鉄の板が並んでおり、その頂点を繋ぐように細長い鉄の板が渡されている。
そこが頭の上ぐらいの高さなので、風除けの横板でも貼ってあれば良いのだろうが、何もないため丸見えなのである。
馬も怯えるため、元からいる一頭をアーロンが、シトラ族の二頭をマーサ姫とレナが、それぞれ確り手綱を引きながら渡った。
ロックが怖いなどと感想を述べたのは、一人だけ手ぶらで、周囲を見る余裕があったからだ。
ゾイアとペテオを残して最初の四人と馬三頭が渡り終えたところで、突如マゴラ族は鬨の声を上げた。
まるで、かれらの畏れる存在が縄張りから出た、とでもいうかのように。
「ど、どうしたんだ、やつら?」
驚くペテオに、ゾイアは「いかん、襲って来るぞ!」と警告した。
マゴラ族は堰を切ったように物陰を飛び出し、こちらに向かって来た。
「油を撒きながら走れ、ペテオ!」
「お、おまえは、どうするんだ?」
「心配するな! 後から行く! 剣だけ貸してくれ!」
「おお!」
ゾイアは剣を手にすると、振り向いて「ここから先、一歩も通さん!」と叫んだ。
最初の敵はもう目の前まで迫っていた。
刺青だらけの顔で歯を剥き出し、「ジャー!」と叫んでいる。
鉄の棘を植え込んだ棍棒を持って突っ込んで来るのに、ゾイアは剣を合わせるように見せかけて、足を引っ掛けた。
つんのめるように転んだ相手は、悲鳴を上げて谷底に落ちて行った。
次の敵は、喉に剣を突き刺して、力任せに振って、やはり、谷に落とした。
ンザビ化させないため、死骸をここに残さない戦法である。
さらに二人を谷に落としたが、その後ろには、捌き切れない程の人数が押し寄せている。
「油を撒き終わったぞーっ!」
向こう岸からペテオの声が聞こえるや、ゾイアは橋の上に飛んだ。
それも、油まみれの通路ではない。
横の三角に組み合わされた鉄の板の端の斜めの部分を踏み台に、その頂点を繋ぐ細長い鉄の板の上に飛び乗ったのだ。
横幅はゾイアの足が辛うじて乗るくらいしかない。
ゾイアはそこを走り始めた。
勿論落ちれば千仞の谷である。
追って来たマゴラ族たちには、さすがにそれは無理で、通路に殺到した。
忽ち油で滑り、折り重なるように転んだ。
ゾイアは既に橋の半分まで進んでいたが、そこからペテオに命じた。
「火を点けろ!」
「ええっ、しかし!」
「構わん!」
「わかったよ!」
ペテオは火打石で火花を飛ばした。




