107 探索行(10)
「こ、これは、いったい……」
鉄橋を目にしたアーロンは言葉を失った。
ちょうど一番谷が狭い場所を選んであるため、長さは然程でもないし、幅も馬がやっと一頭通れるくらいだが、問題は素材と構造であった。
板状の鉄を三角形に組み合わせ、それを幾つも橋の両側に並べたものに、三角形の頂点を繋ぐように長い鉄の板を渡してある。
通路部分はさすがに木材であるが、分厚い樫の板をズレないように鋲で固定してあった。
「中原でもこのような橋は見たことがないわ」
マーサ姫も感心したように言ったが、アーロンほど深刻には受け止めていないようだ。
「いったい、どうやってこんなもんを造ったんだろう、そのカーンってやつは」
ペテオがカーンを呼び捨てにした瞬間、レナがキッと睨んだが、何か言う前にゾイアが喋り始めたために、黙った。
やはりゾイアが苦手らしい。
「われにもどうやって造ったのかは想像もつかないが、目的はハッキリしているな」
「目的?」
ペテオが訊き返すと、呆然としていたアーロンも同じことに気づいたらしく、代わりに答えた。
「そうか、そうだな。目的は明白だ。馬を渡らせるためだ。人間だけなら吊り橋のようなもので良いはずだからな」
「そいうことだ。しかも、すでに相当数渡っているようだぞ」
ゾイアは通路部分の板材を指した。
硬い樫が随分ささくれている。
「ヨゼフが作ってくれた箱のような船でスカンポ河を渡った際、われだけは一緒に馬を乗せてもらったのだが、落ち着かせるのに難儀した。あの方法でたくさんの馬を渡河させるのは無理だ。だが、この鉄の橋なら問題ない。しかも、向こう岸を見てくれ」
ゾイアに言われて、橋ばかりに目を奪われていた一行が橋の向こうを見ると、橋から続く道が山にぶつかるところに、上部が弓状に湾曲した大きな穴が開けられていた。
「隧道だろう。あれも馬が通れる大きさに作ってある。つまり、北方から騎馬部隊を中原に送り込むのが目的だな」
マーサ姫が、ゾイアの説明に疑問を呈した。
「でも、それだと随分時間がかかるんじゃないの?」
「いや、逆に、そうやって少しずつ目立たぬように渡らせたのだ。それに隧道の向こうもまだ山中だからな。山道を通るには少人数のほうが良い」
今度はペテオが訊いた。
「途中、道に迷ってバラバラになっちまうんじゃねえか?」
「そのために、遠くからでも見える目印として陸の灯台を造ったのだろうな」
頷きながらゾイアの話を聞いていたアーロンが、フーッと長い息を吐いた。
「聞きしに勝るな、そのカーンという男」
レナが、アーロンに訂正を求めるように「カーンサマ!」と言った。
「おお、そうか。おまえは尊敬しているのだな。では、この際、聞かせてくれ。元々中原の人間であるはずのカーン、さま、が、何故蛮族の帝王となったのだ?」
アーロンの質問にレナはたどたどしい中原の言葉で説明したが、要約すると次のようなことであった。
凡そ百年前、まだ結晶化する前の森の奥から、鉄の巨人を連れた中原の男が現れた。
当然、蛮族は攻め掛かったが、火を噴く鉄のギガンに一蹴された。
その時はまだ蛮族を支配するには至らず、鉄のギガンと共に忽然と姿を消した。
翌年、蛮族たちが忘れかけていた頃、また突如現れ、鉄のギガンを暴れさせ、村々を焼かせると、また消えた。
そういうことが数年繰り返され、蛮族たちは鉄のギガンを暴れさせないために、中原の男に貢物をするようになった。
すると、逆に恩恵が齎された。
男は様々な知識や技術を蛮族に教えたのだ。石油の利用もその一つである。
年に一回、数日のみ現れるというやり方は、その後も変わらず続いた。
それから数十年をかけて、鉄のギガンの働きでこの橋が造られた。
馬で中原に渡れると聞いて、蛮族の族長たちは狂喜乱舞した。
最早、北長城も北方警備軍も意味をなさないのだから。
だが、そこから男は慎重になった。
派手な仮面を被り、蛮族の帝王として族長たちに忠誠を誓わせると共に、着々と別の準備を始めた。
向こう岸に隧道を掘削したり、舟の製造と操舵の訓練も始めた。
橋があるのに、何故舟まで必要かと族長たちは不満を募らせたが、その時が来ればわかると、強引に従わせた。
そして、今年、ついにその時が来たと告げた。
これからは、一年中消えずに居るとも言った。
大部分の部族は男に従ったが、マゴラ族だけは、今後一切食人を禁じられたのが納得できないと離脱した。
しかし、二百名程度の少数部族だから、大勢に影響はなかった。
クビラ族の陽動攻撃と、それに続くリード湊の攻防が一定の成果を収めた頃から、徐々に鉄橋を通っての移動が始まり、すでに蛮族の三分の一程が中原側に入ったという。
「恐るべき男だな、カーン、さま、とは」
アーロンは素直にレナの話を受け入れたようだが、マーサ姫は眉を顰めた。
「本当かしら? だって、それじゃあ、カーンって何歳なの? 百歳を超えた老人なの? 鉄のギガンって何? わからないことだらけじゃない」
矢継ぎ早に質問を浴びせるマーサ姫の横では、ペテオも同感だという顔をしている。
だが、こういう時一番騒ぎそうなロックは、不気味なほど静かだった。
目を瞑っているが、寝ているわけではないようだ。
ゾイアは気になって、話しかけようとして、ハッと上を見た。
「いかん! 矢が飛んで来る。皆伏せろ!」




