106 探索行(9)
「な、何を言っている!」
アーロンは顔を赤らめたが、レナにはそれが何故なのか理解できないようで、首を傾げた。
「ニンズウ、スクナイガ、オマエ、ゾクチョウ、ダロウ? レナ、ニバンメデ、カマワナイゾ」
これにはマーサ姫が笑って、「あら、この娘もわらわが一番と認めてくれるのね」とアーロンを揶揄った。
アーロンも苦笑して、「レナ、わたしは族長ではないし、マーサ姫は妻ではない。ただの、あ、いや、大切な仲間だ」と説明した。
マーサ姫は、フンという顔で少し離れた。
「われから質問しても良いか?」
ゾイアがそう訊いてくれたことに救われたように、アーロンは「ああ、いいぞ」と場所を譲った。
レナは、あからさまに態度を硬化させた。
本能的に強い相手だとわかるのか、或いは、単に好みの男ではないからか、どちらにも取れる。
「恐れずとも良い。われの聞きたいことは、唯一つだ。スカンポ河の上流に、橋があるのではないか?」
「ハシ?」
「そうか、言葉は知らぬだろうな。河を渡る道のことだ」
「オオ、カーンサマノ、ツクッタ、カワノミチノコトカ?」
「やはり、あるのだな。そこは遠いのか?」
「ココカラ、フツカ、アルク、クライ」
「なるほど。アーロンどの、行く価値はあると思うが、どうであろう?」
アーロンも頷いた。
「その橋こそ、今回の探索の目的の一つ、蛮族たちが隠している中原への侵入経路だろう。ンザビが燃え尽きたら埋葬し、出発しよう」
「では、少し待ってくれ。ロックを呼んでくる」
早速ゾイアが迎えに行こうとした時、「おいらなら、戻って来たよ!」という声がし、すぐにロックが姿を見せた。
「待っていろと言われたけど、なんか燃えてるのが見えたから、心配になってさ!」
「そうか。マゴラ族は斃したが、ンザビ化したため燃やしたのだ。おまえがもう大丈夫なら、出発の準備を手伝ってくれ」
「勿論さ。おいらの逃げ足の速さに、刺青野郎たちも追いつけなかったから、怪我一つしてないよ」
ゾイアは、ふと、戻って来るロックの足音が全く聞こえなかったことに引っ掛かった。
だが、まさか空を飛ぶはずがないだろうと、常識的判断で自分の感覚を否定してしまった。
そこへ、油の壺を持ったままのペテオが話し掛けてきたため、ゾイアはそのことを忘れた。
「この油、どう思う?」
「少なくとも、植物由来のものではあるまい。レナが、石油と言っていたから、石から採れるのではないかな。いずれにしろ、大した燃焼力だな」
ペテオは苦笑した。
「そんなこと聞いてるんじゃねえよ。便利なもんだってのは証明済みさ。持って行ってしまっていいかどうか、ということさ」
話が聞こえたらしいレナが、初めて笑顔を見せ、それに答えた。
「モチロンダ。ウマゴト、モッテイケ。ココニオイテイッタラ、ニモツハヌスマレ、ウマハ、イワオオカミニ、クワレルダケダ」
ペテオは「よしきた。じゃあ、丸ごといただきだ」と喜んだ。
六人となった一行が、愈々出発するという段になって、困ったことが起きた。
レナがアーロンにピッタリと寄り添い、離れないのである。
「すまないが、少し、その、間隔を開けてくれないか」
無下にすることもできず、アーロンは遠回しに言ったが、レナには通じなかった。
「カンカク?」
すると、皮肉な顔をしたマーサ姫が、「よろしいではありませんか。本人は、妻に、いえ、二番目の妻になったつもりなのですから」と言って、サッサと先に歩き始めた。
ペテオがニヤリと笑って、ゾイアに目配せした。
これはさすがにゾイアも察したようだ。
「おお、そうだ。レナよ。われらは道を知らぬ。先に立って案内してくれ」
レナはやはりゾイアが怖いらしく、「ワカッタ」と素直に従った。
前に行くためゾイアの横を通り過ぎる時、クンクンと臭いを嗅ぎ、ビクッと身体を震わせた。
「ヤッパリ、イワオオカミト、オナジニオイ」
ゾイアも苦笑するしかなかった。
そこからはレナの案内で、シトラ族が交易に使うという道を順調に進んだ。
途中、一度だけ別の部族に出逢ったが、レナが「キャンゴーエ!」と叫ぶと、何事もなく通り過ぎて行った。
実際に聞くと、アーロンが言ったのとは、随分抑揚が違っていた。
二日目の朝、道が分岐しているところがあり、細い坂の方へ曲がった。
緩い上り坂を登って暫く進むと、次第に水の音が聞こえてきた。
心なしか空気も湿り気を帯びている。
坂の向こうに薄っすらとベルギス大山脈の威容も見えてきた。
坂の突き当りは川であった。スカンポ河の上流であろう。
そして、そこで途切れるはずの道の先にあるものは、一行の予想を遥かに超えていた。
それは、渓谷に架かる、鉄橋だったのである。




