105 探索行(8)
「荷物の油って、どれだよ!」
ペテオが焦って聞き返すと、シトラ族の女は、「クロイ、ツボ!」と叫んだ。
更に追い討ちをかけるように、マゴラ族の棍棒で近づく腐死者を殴り倒したゾイアが、「ペテオ、ここはわれらで防ぐ! 早く荷物を調べてみてくれ!」と頼んだ。
「わかったよ、もう!」
ペテオは愚痴りながらも、馬に積まれたままの荷物を調べた。
最初、蛮族の太鼓かと思って見過ごしかけたものが、黒い壺らしかった。
中身が漏れないように、鞣した動物の皮でピッチリ蓋がしてある。
少し揺すってみると、チャプチャプと音がした。
「これだな」
皮を縛っている紐を解くと、ツンと鼻をつく刺激臭がした。
「なんじゃ、こりゃあ!」
中にドロリとした黒い液体が入っていたが、ペテオが知っている油とは全く別物であった。
「イシアブラ、クサイ。デモ、ヨクモエル!」
シトラ族の女に言われてもまだ躊躇っているペテオに、マーサ姫が「早くするのじゃ!」と急かした。
細いレイピアでは、ンザビ相手には不利なようで、マーサ姫は苦戦していた。
「わかってるって。これでも、油には違えねえんだろうからな。さあ、やってやるぞ!」
ペテオは壺の傍に小さな柄杓のようなものを見つけた。
丸い堅果を割って中身を出したものに棒を挿しただけの簡単なものだが、壺の油と同じものがベッタリ付着している。
「なるほど、これを使うんだな」
ペテオは壺を脇に抱え、もう一方の手で柄杓を持った。
「よし! てめえら、覚悟しやがれ!」
ペテオは柄杓で油を掬いながら、ンザビ化したマゴラ族に次々とかけていった。
昼間で、ンザビの動きが鈍いことが幸いした。
「これで、最後だ! さあ、みんな、火を点けろ!」
その時、シトラ族の女が、「オマエ、アブナイ、ハナレロ!」と叫んだ。
「ちぇっ、わかったよ。じゃあ、みんな、頼むぜ!」
壺を持ったままのペテオが距離を取ったところで、まず、アーロンが、続いてマーサ姫が、手近のンザビに向けて、火打石で火花を飛ばした。
横からゾイアが「火が点いたら、すぐに下がれ!」と注意しなければ、二人とも火傷を負っていただろう。
それ程火の廻りが速かった。
前髪を少し焼いたアーロンが、「おお! これは凄いな」と感嘆した。
頭巾に火が燃え移ってしまったマーサ姫は、慌てて頭巾を脱いだため、その勢いで、バサリと長い金髪が出てしまった。
「くそっ!」
思わずまた、はしたない言葉を吐いてしまった姫に、ゾイアが「髪が危ないから、下がっていてくれ!」と断り、棍棒の先を燃えているンザビに突き刺した。
すぐに燃え始めた棍棒を、まだ火が点いていないンザビに次々に押し当てる。
全部が燃えるのに、そう時間は掛からなかった。
炎に包まれたンザビは動かなくなり、その場で燃え続けている。
風下にいたペテオは、鼻を抓んだ。
「ふう、よく燃えるのはいいけど、やっぱり臭えな!」
もうンザビの危険は無くなったと見て、アーロンが代表するようにシトラ族の女に話しかけた。
「中原の言葉がわかるのだな?」
燃えるンザビとなったマゴラ族を憎々しげに見ていた女は、視線を動かさず「スコシ」とぶっきらぼうに答えた。
表情はキツいが、なかなかの美人である。
茶色の髪に、焦げ茶色の瞳をしていた。
アーロンは女が見ているものに気づき、「そうか。仲間を殺られたんだな。可哀想に」と慰めた。
だが、女はキッとアーロンを睨み、「モウ、ナカマ、チガウ。レナ、オイテ、ニゲタ」と言うと、怒った顔のまま、ポロポロと涙を零した。
「そうか。おまえはレナというのだな。では、レナ、いっそわたしたちの仲間にならないか?」
アーロンの申し出に、女も驚いていたが、後ろで聞いていたマーサ姫も同様であった。
「良いのですか? 如何に見目麗しくとも、相手は蛮族でございますよ、辺境伯閣下?」
女同士の嫉妬もあるのか、皮肉な言い方である。
逆に、アーロンは振り返って、「おまえたちはどう思う?」と男二人に尋ねた。
ペテオは「おれは賛成しますぜ。実際、助けられたのは、こっちですからね」とニヤリと笑った。
ゾイアは、「仲間にして、道案内をしてもらった方が良いと思う。この先は、中原の者には未知の世界だ」と答えた。
アーロンは莞爾と笑い、「わたしも、そう思う」と告げた。
マーサ姫はそれ以上意見を言わず、黙って肩を竦めただけだった。
アーロンは、改めてレナに尋ねた。
「どうだ、仲間にならぬか?」
レナは、涙を拭って少し考え、こう答えた。
「ワカッタ。レナ、オマエノ、ツマニナル」




