101 探索行(4)
出撃門が開かれる時には同時に跳ね橋も下りるため、濠を気にせずに進めるのだが、北方へ探索に向かう五人が出た木戸の向こうは、一次的に馬や兵士が待機するための場所で、十歩も前に進めば濠に落ちてしまう。
落ちれば、下で待ち受ける人食いザリガニの餌食である。
そうならぬよう、荷物を載せた馬は城壁側に繋いであった。
だが、馬はひどく怯えている。
その原因は、濠の向こうにいた。
「あちゃー、随分いやがるな」と、それを目にしたロックが声を上げた。
漸く白み始めた薄明りの中に、三十体程の腐死者が立っていた。
北方では瘴気が強く、日が昇っても動けるのだが、さすがに動きが鈍くなってきており、濠の向こう側にある逆茂木の辺りで立ち止まっている。
服は風化してボロボロになっているが、よく見ると蛮族のものではなく、中原のものである。
ペテオはフンと鼻を鳴らした。
「馬の匂いにつられて集まって来やがったんだ。結晶化した植物を盗るために、許可なく北方に入ったコソ泥の成れの果てさ。身に覚えのあるやつは、気を付けた方がいいぜ」
さすがに自分に当て擦られていると気づき、ロックが顔色を変えた。
「なんだって!」
睨み合う二人の間に、アーロンが入った。
「よさないか。そのようなことをしている暇はない。手早く片をつけよう。おまえたちも手伝ってくれ」
アーロンは全員に半月弓を持たせた。
無論、命中精度は十字弓の方が高いのだが、そうしない理由はすぐにわかった。
濠の前には、木桶に油を入れたものに、布を巻いた矢が多数差してある。
アーロンは、桶の横に立ててある松明に、火打石で火を点けた。
つまり、火矢を使うということである。
「矢の数に余裕がない。なるべく無駄にするな」
アーロンの言葉に、ロックは半月弓を置いた。
「じゃあ、おいらは止めとくよ」
ゾイアも「それがよいだろう。われらに任せろ」と頷いた。
四人で火の点いた矢を弓に番えた。
アーロンの「放て!」という号令で、一斉に射掛けた。
濠を越えた火矢は過たずンザビに突き刺さった。
身体が乾燥しているから、一気に燃え上がる。
但し、矢が当たっていない者は、隣で仲間が燃えても、全く無頓着であった。
恐怖心というものがないのである。
アーロンが「次!」と言った時には、ゾイアは既に三本目であった。
とにかく疾い。そして正確であった。
横に並んだマーサ姫も負けじと矢を放ったが、焦りで二三本外してしまった。
はしたなくも「くそっ!」と毒づいた。
それでも、全部の矢が尽きる前に、濠の向こうのンザビは全滅した。
「大した腕だな」
そう言ってゾイアを褒めるアーロンに、ゾイアは首を振った。
「実は、矢を射るのは、今日が初めてだ」
「なんと!」
横でマーサ姫が嫌な顔をしたが、ゾイアは気にしなかった。
「まあ、われにとって、大抵の事は初体験なのだが。それより、良い策だったな」
「ほう、わかったか?」
「うむ。一つには馬をンザビに慣らすこと。もう一つは、近くのンザビを誘き寄せて一気に斃し、この先の通行の安全を確保すること。最後に、われらの技量や度胸を試すこと」
これにはアーロンも苦笑して「正に」と言わざるを得なかった。
「よし、では濠に梯子を架けよう。皆も手伝ってくれ!」
梯子といっても、馬が乗っても大丈夫な程に頑丈な造りになっており、跳ね橋と同様、吊り上げ用の鎖が付いている。
それを左右から支えながら、ゆっくり向こう側に下ろした。
最初にペテオが馬の手綱を引いて渡した。
その後全員が渡り切ると、ペテオが城壁側に「いいぞ!」と声を掛けた。
城壁の向こう側から、微かに「うう」と返事があって、梯子の鎖が巻き上げられた。工兵のヨゼフであろう。
渡った濠の向こう側では、そこら中でンザビがまだブスブスと燃え続けていた。
腐った肉が焦げる厭な臭気が立ち込めている。
「くっせえ!」
鼻を抓んだロックが、腹立ちまぎれに燃えるンザビの一体を蹴ろうとした。
が、その時、そのンザビの燃え残った腕が伸びて来て、ロックの足首をガッと掴んだのである。
「うあああーっ!」




