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仲間というものは

 酒場。それは何かに疲れた人々の止まり木。心を癒す命のオアシス。

 この国において飲酒が許可されている数少ない場所であり、領将は人口規模に合わせた数を設置する義務を負う。

 各店舗には酩酊調節資格を持った調節師が配属され、客の泥酔を防ぎ、好みと体調に合わせた酒を提供することになっている。


 中層区西部にあるここ、『炎の洞穴ほらあな』も、そんな公営酒場の一つ。

 木石造りの店内は広く、テーブルとバーカウンターで構成されたシンプルな内装。天井からは明るい植物灯が吊るされていた。


 客は俺たちしかいない。普段なら等間隔で並べられているであろうテーブルも、今はほとんどが端の方に寄せられている。

 店内ど真ん中に設置された丸テーブルには、俺、ルマイダ、テイトナが座り、ルマイダの後ろではナダロスとルンドが肉を貪っていた。


 ルマイダが一店を丸々貸し切りにした結果である。

 客が比較的少ない日中とはいえ、酒場を占領するというのは尋常なことではないのだが、ルマイダは当然のような顔をしていた。


 本来なら、というか常識的に考えて、酒場に魔獣を連れ込むことなど不可能だ。

 コイラに来た当初のルマイダもそこは理解しており、ナダロス、ルンドと極力離れたくないがために街での飲酒は諦めていたらしい。

 しかしカルデニオに紹介されたこの店では、特定の時間帯のみという条件で貸し切りと魔獣の入店を許可してくれたのだとか。


 すっかり常連だよ、と言いながら、ルマイダは酒精の強い酒をガバガバと飲んでいた。今飲み干したのは、発火しそうな蒸留酒ベースのカクテルだ。

 テイトナは苺酒の乳割り、俺は林檎酒。それぞれ店主がサッと出してくれたものだが、かなり口に合う。

 俺たちは近くの店で購入した料理をテーブルに並べ、それをパク付きながら会話に興じる。


 サイとの戦いから実に十日が過ぎた。俺の体は万全とは言えないが、日常生活には支障ない。

 ルマイダも無事に金を受け取ったそうなので、そろそろ分配を済ませておこうという話になったのが昨日の昼。

 善は急げということで今日の朝方から三人で集まり、このルマイダ行きつけの酒場で祝勝会を開いているのだった。


 主に喋るのはほろ酔いのテイトナで、俺が聞き役だ。

 ほぼ無言で七杯目に突入したルマイダには怖くて話しかけることができない。

 まさかウワバミだとは思わなかった。意図せずに顔が引きつってしまう。イメージと違いすぎるもん。


「そこで私はこう言ったわけよ、『下がってな、ボヌ。二人くらいなら私一人で十分よ』ってね」

「ほうほう」


 屋台で買った鳥肉の蒸し包みが美味い。すっきりとした辛口の林檎酒で口に残る後味を洗い落とし、ほっと一息つく。


「ボヌは息を呑んで一歩下がる。そして私はニヤリと笑い、警備兵と向かい合った。『怪我をしたくなかったら大人しくしてるといい』――そう言う私の鋭い眼光に射すくめられた大の男二人は……」


 テイトナは酔うとこういう感じになるんだな。こっちはなんかイメージ通りで安心する。

 まあ、警備兵は適当にだまくらかしてボンデン君にでも後ろから襲わせたのだろう。

 なかなかの腕前を持っていそうなテイトナだが、武装した兵士二人と正面から戦って無傷で済むほどではない。

 何より、そんな無意味なリスクを冒す性格ではないはずだ。


「――そうして大鐘の塔を乗っ取った私は合図の鐘を鳴らし、鷹のような目で東を見つめ、油屋が燃え上がった瞬間、機械室に飛び込ん……」

「テイトナは凄いな。超凄い」

「でしょー」

「ところで、そのボンデン君は今日は来なかったんだな」

「え? ああ、うん。ボヌの奴にはちゃんと声かけたんだけどね。あれは多分、お兄さんのこと怖がってるんじゃないかな」


 やっぱりか。テイトナが誘えば来てくれるんじゃないかというのは希望的予測だったようだ。

 できれば直接謝りたかったが……無理に顔を合わせて不快にさせても本末転倒か。金はテイトナに届けてもらおう。


「俺が悪いからな。会ってくれないのも仕方ない。礼金と謝罪金は俺から出すつもりだから、渡しておいてくれるか?」

「ほんと? 渡す渡す。ほとんど強制する感じで大変なことに巻き込んじゃったからさ、私もちょっと負い目あったんだよねー」


 テイトナは愉快そうに苺酒を飲み干し、陶器製のコップを乱暴に置く。行儀が悪い。


 なんとなく左正面を見れば、ルマイダは九杯目の香りを楽しんでいるところだ。とうとう蒸留酒をコップ満杯のストレートでやりだした。

 これはもしかしたら自殺の途中なのかもしれない。そろそろ止めるべきだろう。


「なあ、ルマイダ。飲み過ぎじゃないか? 率直に言うけど死ぬ量だぞ」

「あ、そこ触れていいんだ。もうルマイダのことは見なかったことする空気なのかと思ってた」


 ハイテンションで喋っていたテイトナも内心では恐れおののいていたらしい。

 ちなみにテイトナはルマイダに対して敬称などは付けず、下町言葉で気さくに会話している。

 ルマイダ本人からそう求められたそうだ。


 そしてそのルマイダはと言えば、キョトンとした顔で俺とテイトナを見ていた。

 目線ははっきりとしており、顔も別段赤くなっていない。マジかこいつ。


「ん? 何が?」

「いや……飲み過ぎじゃないかなと」

「大丈夫だよ? 私、これくらい飲んだ辺りでやっと気持ち良くなり始めるから」


 言いながらもグイっと杯を呷るルマイダ。漢らしすぎる。前世はヴァイキングだったりするのだろうか。

 アルコールの混じった呼気を上品に吐き出しつつ、彼女はいつもより若干高めの声を出す。


「それに、もし危なかったらオヌマさんが止めてくれるしね。心配ないない」


 彼女はバーカウンターの向こうにいる店主へと手を振った。彼は落ち着いた動作で目礼を返してくる。

 四十代後半くらいに見える黒髪の中年男性。立ち姿に隙はなく、どの方向にでも瞬時に動ける重心の位置だ。前掛けには汚れ一つない。

 あれが調節師という人種か。今までは接する機会がなかったが、近くで見るとかなり強いのがわかった。


 酩酊調節師は酒場内で暴れる馬鹿や、酒狙いの無法者を叩きのめすのも仕事の内なので、資格取得には高い戦闘能力が必須となっている。

 職にあぶれた元戦闘屋の再就職先としても機能しているわけだ。


 そう考えていると、チラっと戦意の見え隠れする視線を向けられた。

 観察するような目で見ていたので、喧嘩を売っていると受け取られたのかもしれない。軽く会釈して誤解を解いておく。

 せっかく楽しくやってるのをぶち壊すつもりはない。強い人間を見て少し興奮してしまったが、あまり色目を使うのはやめたほうがいいな。


 俺が目線をテーブルに戻すのに合わせたように、ルマイダは手を軽く叩いて今日集まった目的を切り出した。


「それじゃ、そろそろ分け前の話をしようか」

「おおー、待ってましたっ」


 拍手するテイトナに笑顔を返しつつ、ルマイダは椅子の横に置いていた革袋を片手でテーブルに上げた。

 重量感のある音に俺とテイトナのテンションも上がり、ルマイダが咳払いのように喉を鳴らす。


「えっと、閣下に黒糸蜘蛛の討伐を報告して、無事に黒糸を引き取ってもらうことができました。報酬は証明金板で五ラッツとなります」

「ひええええ!」


 ルマイダが革袋を開き、中身を晒して量を告げると、テイトナが悲鳴と共に椅子から転げ落ちた。

 証明金板とは、大規模取引用に中央城塞が発行している純度保証印付きの金の板だ。

 銀行員や政治家、あとは大物商人くらいしか目にする機会はないであろう代物。


 そしてラッツというのは、異界森林以西の文化圏で広く使われる重量単位の一つである。

 成人男性の体重を基準にしたビークという単位に、『十分の一の半分』という意味の古語であるラッツを付けてビークラッツ。

 現代ではもっぱらラッツと呼ばれ、重さの基本単位として扱われている。ちなみに治療院の人秤ひとはかりで測った俺の体重は三十ラッツだった。

 正確にはわからないが、十数キログラムの九割金ということになるのか。


「五ラッツか。八分の一板で、ちゃんと四十枚あるな」

「私はこれを三人で十三枚ずつに分けて、余りの一枚は……ボンデン君だっけ? その子に渡せばいいんじゃないかと思うんだけど」

「いや、それは俺の方で払うよ。余った一枚は使い切りでいいんじゃないか」


 使い切りというのは、取引や配分時に余った金銭で飲んだり食ったり遊んだりすることだ。

 八分の一板の一枚くらいなら、俺たち三人で派手に散財すれば一月もかからず消える。端数の処理はこの形が一番丸く収まっていい。


「そっか、そうだね。ティーちゃんはどう思う? 十三枚でいい?」

「ご、ごめん、ちょっと待って。頭が追いつかない」


 テイトナはその日の飯にも困っていたようなケチなアウトローだ。森での俺よりはマシな生活をしていただろうけど。

 その彼女がこんな大金をババーンと見せられ、三分の一くれてやると言われれば混乱するのも無理はない。

 俺とルマイダはテイトナが落ち着くのを待つことにした。黙っているのもあれなので、十一杯目を空にしたルマイダに話しかけてみる。


「……それにしても、よく飲むな」

「うん、昔からお酒には強くてね。一度に色んな種類を味わえるから、ちょっと得してるかも」


 えへへ、と笑うルマイダ。一応酔ってはいるのかな。わかりにくいけど。


「羨ましい話だ。俺は人並みだから、下手に酔うのが怖い。思考が鈍ると奇襲に対応できなくなるしな」

「ああ、私は最悪酔っ払っちゃってもナディとルンちゃんがいるけど、ライドは一人だもんね。仲間は作らないの?」


 仲間か。何かあればすぐさま敵に変わるような奴らばっかりだったな。

 朋友だと思っていた連中ともことごとく敵対することになり、結果として殺してしまった。


「あえて作らないわけじゃないんだけどな。仲間とつるんでても、いつの間にか決別してる」


 悲しい悲しいボッチ宣言だ。俺のコミュニケーション能力に問題があるのか、はたまた別の理由なのか。

 

「まあ、わかる気がするよ。ライドって変わってるからね」

「……変わってるのか」


 そんな面と向かって言われると落ち込む。いや、陰で言われるよりはマシだが。

 いじける俺から視線を外し、ルマイダは店主が持ってきた十二杯目の酒を受け取った。揺れる酒の表面を眺めながら、彼女はポツリと言う。


「ねぇ、ライド。もしもよかったらなんだけど……」

「よし、ビビるのはやめた! 大金持ちに、私はなる!」


 床で呻いていたテイトナが突然に立ち上がり、吠えた。ようやくゴールドショックから立ち直ったらしい。

 何かを言いかけていたルマイダの方を見ると、涼しい顔で酒を飲んでいる。続きを聞けそうな感じではないな。

 まあいい。何を言おうとしたかは文脈と雰囲気で察せる。後で返事をしよう。


 俺はルマイダから視線を切り、両手を突き上げているテイトナをたしなめる。


「わかったから椅子に座れよ。子供か」

「どうせ苺酒の乳割りで喜んでる子供ですー。店長さーん、おかわりくださーい」


 注文を受けた店主オヌマは素早くカクテルを作り、滑るような動きでテーブルまで運ぶ。

 さっきよりもやや白っぽい苺酒を口に含むテイトナに、ルマイダが笑いながら話しかけた。


「そんなに怖がらなくても、お金を管理するのが大変なら銀行に預ければいいと思うよ?」

「銀行かぁ……縁がなさすぎてどうすればいいのかわかんないんだよね」

「あ、じゃあ、このあと私と一緒に行く? 私は銀行に預けておく予定だから」

「いいの!?」


 そこからワイワイと盛り上がりだす女二人を見つつ、冷めた料理を口に放り込む。林檎酒が気に入ったので追加の注文をした。

 酒をちびちびと舐めてタイミングを見計らい、話題の途切れに乗じて俺も参加する。

 久しぶりに心から笑った気がした。


――――


 貸し切り時間いっぱいまで楽しんだあと、酒場を出た俺たちは南へと歩く。

 

 中層区の南部には巨大な市場があり、銀行もその付近だ。

 コイラは南東の貿易都市を通じ、商国と物品物資のやりとりをする流通拠点の一箇所でもある。

 銀行に行くついでに、その市場を荒らし回ろうという話にもなっていた。金はあるのだから、使わないのは損だろう。


 テイトナは転がり込んできた大金に心を躍らせているのか、陽気に鼻歌を鳴らしながら先を進んでいる。

 そしてその横を早足で歩くルンドが鳴き声による節奏ビートを担当し、鼻歌と鳴き声でデュエットを奏でていた。

 彼女たちは先ほどの酒場で仲良くなったらしく、随分と気が合うようだ。


 俺の隣では、ご機嫌なルマイダがテイトナとルンドを優しく見つめ、ナダロスは腹が膨れたせいか眠そうにしていた。


 ところで、俺たち一行は通行人の視線を集めまくっている。正確には、ルマイダ、ナダロス、ルンドが、だな。

 狼と鳥の魔獣を従えた獣操術師、ルマイダ・ボルデッドの噂は街の隅々まで広がっていた。

 黒糸蜘蛛を打ち倒し、討伐から帰還してすぐに領将暗殺を目論む賊を撃破した女傑。

 更には裏地区に出現した魔獣を屠り、街を救ったのも彼女ではないかと囁かれている。

 これだけの功績があれば結構な英雄譚が出来上がるレベルなので、憧れの目に晒されるのも当然といえば当然。

 

 あがり症な俺には辛い環境である。ハリウッドスター辺りと並び歩けばこんな気分になるのかもしれない。

 人々はルマイダに対し、憧憬だけでなく畏怖も覚えているようなので、自然と道を開けてくれるのは助かっているが。


 そんな視線の渦中にある当人は、まるで気にした様子もなく自然体のままだ。

 あくびを咬み殺すナダロスの首を撫でながら、ルマイダが話しかけてくる。


「ティーちゃんって面白いね」

「ああ、確かにな」


 微妙に失礼な発言にも思えたが同意しておく。テイトナは実際面白い子だ。感情の発露がわかりやすく、あけすけで裏表がない。

 よくあれで犯罪者の中を生きてこられたものだと思う。そんな彼女にも色々な事情や物語があるのだろうが……


「さっき、仲間を作らないのかってライドに聞いたけど、実は私も人間と友達になったことないんだよね」


 私もってなんだよ。話を微妙にすり替えて俺を巻き込もうとしているが、俺は仲間も友達もいたぞ。

 そう突っ込みそうになったが、テイトナを見つめるルマイダの横顔が綺麗だったので黙って聞くことにした。


「だから今日は凄く楽しかった。もし友達がいたら、こんな感じなのかなって」

「その言い方はテイトナに失礼だろ。向こうはとっくに友達だと思ってるはずだぞ」


 そこはちゃんと言っておく。

 ルマイダは少し驚いた顔で俺を見て、すぐに視線を前に向けた。


「そう、なのかな」

「仲良くない奴と酒飲んで騒いだりはしない。普通はな」

「でも、私とティーちゃんだとかなり歳が離れてるし……」

「何言ってんだよ。せいぜい五つくらいだろ?」


 いるんだよなぁ。たった数歳で世代差を感じちゃう奴。

 そりゃ若い子からすれば数年は大きいだろうけど、二十を過ぎれば四つや五つの違いなんてほぼ同年代だ。

 しかしルマイダは大袈裟な驚きを見せた。


「えっ、ティーちゃんっていくつなの?」

「十五らしいぞ」

「あれ? 言ってなかったっけ。私、二十八だよ」

「……悪い、もう一回言ってくれ」


 幻聴が聞こえた気がする。


「二十八歳だよ」

「もう一度頼む」

「……自分の歳を何回も言うの嫌なんだけど」

「あっはい」


 聞き間違いではなかったらしい。俺より五つも上だった。

 どうしよう。今の今まで完全に年下扱いしていた。これからはルマイダさんと呼ぶべきかな。


「ほら、そういう反応。どうせティーちゃんにもオバサン扱いされるんだ」

「いやいや違うって。今のは急に知ったから驚いただけだ。あれだよ、ルマイダって若く見えすぎなんだよ」


 こんな台詞をお世辞以外で使うことはまずないのだが、ルマイダは本当に若く見える。

 加護持ちは老化が遅い傾向にあるとはいえ、三十前なら相応の雰囲気があるので十代に見えることはそうそうない。


 だが、ルマイダのことは普通に十八、九だと思っていた。

 だからあえて年齢は聞かなかったのだ。年長を笠に着ようとしてるとは思われたくなかったし。


 俺は混乱を抑え込み、無理やり話を戻す。


「どのみち、テイトナは年上だとか年下だとかを気にする子じゃないぞ。気にしなさすぎて逆に怒られそうな性格だ」

「むー」

「いい歳して『むー』はねーよ」

「死にたいの?」


 ルマイダの言葉に反応したナダロスが口を開き、俺の方へと頭を向けた。死の気配がする。

 反射的に失言を口にしてしまった。さっき飲んだアルコールのせいだと思う。だから酒は嫌いなんだ。


「まあ、冗談はここまでにしてだな」

「……」

「ここまでにしてだ。二人はとっくに友達だと思うぞ。少なくとも俺にはそう見えた」

「そうかなぁ」


 ルマイダはなにやら小声で呟きながらモジモジとしだす。

 耳を澄ませて声を聞き取ってみると、どうやら友人の定義と条件について悩んでいるらしい。

 面倒になってきた俺は直接的な手段を取ることにした。


「おーい、テイトナー」

「ちょっ」


 慌てるルマイダは放置。

 振り返り、なにー? と言いながら駆け寄ってきたテイトナに、俺はいやらしい表情を浮かべながら尋ねる。


「突然だけどさ、ルマイダのことどう思う?」

「え? 私とルマイダでお見合いでもするの?」

「なんでだよ」


 テイトナの驚き方にこっちが驚いた。どこからお見合いなんて発想がでてきたのか。


「そうじゃない。友達としてだ。俺とルマイダのどっちが人として好ましいかという話になってな、第三者の意見が聞きたい。断然俺の方がとっつきやすいと思うわけだが」


 俺は両手を頭の位置まで持ち上げ、ドヤ顔でポージングする。アブドミナル・アンド・サイ。

 テイトナはそんな俺に憐れみの目を向けたあと、ルマイダの腕にしがみついた。


「人としての好ましさの話ならルマイダが上に決まってるじゃん。落ち着いてるし、優しいし。お兄さんみたいに筋肉で思考してるような人が張り合うなんて無謀むぼーだよ」


 俺そこまで言われるようなことしたっけか。いや、したな。身に覚えは大量にある。

 傷口をグリグリと広げられているが、これもルマイダのためだ。


「ひでーな。友達だろ」

「友達度でいえばルマイダの方が上だもんね」

「あっそ……」

「ルマイダ、早く銀行済ませて買い物しよ? あそこ掘り出し物沢山あるからさー」


 友達度が高いと言われたルマイダは嬉しそうな顔をしていた。テイトナに手を引かれ、連行される。楽しそうでなにより。

 と思っていると、ルマイダが急にこちらへ振り向く。そして何ごとかと身構える俺に、彼女は言った。


「その、えっと……ライドも、とっくに友達だからね」


 それだけ告げて、ルマイダはテイトナと共に歩いていく。俺は足を止め、二人の背を見つめてしまう。

 なんだ、もう友達だったのか。などと考えているあたり、俺もルマイダと変わらなかったようだ。偉そうに説教した立場がないな。


 ちゃんとした形式が必要だと思っていた。通過儀礼なしにはそうはなれないのだと。

 でもまあ、


「仲間になろうなんて、わざわざ言う必要ないか」


 それはひとり言だったのだが、俺と一緒に置いていかれたナダロスが短い声で返事をしてくれた。

 当たり前だろう、とでも言うように。


 いつの間にやら俺を認めてくれていたらしい。

 緩い酔いが抜けて頭もすっきりしたので、マブダチであるナダロスに一つ提案してみた。


「なら、走るか」


 その言葉を聞き、ナダロスは間髪いれずに駆け出す。しかし俺もスタートダッシュでは負けていない

 俺とナダロスは南中に輝く太陽の下を走り、仲間たちを追いかけたのだった。


 一章 完

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