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16 75Sランク小都市ブーモー

 街道を進んでいく魔導車の中にリベルはいた。その両隣には、アマネとクルルシアがいる。


 彼らが向かう先は、75Sランク小都市ブーモー。現在、魔物に占拠されている都市である。


 窓の外に目を向ければ、魔導車が数十。六人乗りであるため、全部で数百人の冒険者がいることになる。


 それほど集めて挑む戦いは都市の奪還戦。市内にはびこるすべての魔物を打ち倒すのである。


 リベルは窓から顔を覗かせ、進む先に視線を向ける。

 はるか遠く、小さな都市の市壁の上には鬼が見える。見張りの役割を果たしているのだろう。


 口からは牙が生え、頭部には二本の角。

 膨れ上がった筋肉が印象的だ。


「……占拠しているのはオーガか」

「ええ。前の世界ではよく見た魔物だけれど……こちらではあまり見ないわね」


「この10S階層だと、結構見るらしいよ。あたしたちもここはそんなに長くないから、詳しくないんだけど」

「特徴は怪力だったか」

「うん。掴まれると、ボロ雑巾になっちゃうよ」


 アマネはぎゅーっと絞る真似をしてみせる。

 オーガの体高は人の倍もある。ボロ雑巾どころか、手足も引き千切られてしまうだろう。


 ましてこれから戦うオーガは70Sランクの強さだという。掴まったら力尽くでは逃げられないと見たほうがいい。


「リベルくん、あたしが掴まったらかっこよく助けてね」

「そもそも掴まるなよ。アマネの速さなら、油断しなければ躱せるはずだ」

「それは慢心だよっ。世の中なにがあるかわからないんだぞ」


「そうよ。リベルはすぐ調子に乗るんだから」

「……なんで俺が怒られるんだ」


 うなだれるリベルである。

 オーガを倒すあたって、ただベストな予定を立てていただけなのに。


「まあ、そのときは助けるさ。仲間を放ってはおけないからな」

「ありがと! その代わりにリベルくんが捕まったら、今度はあたしが……うーん、どうしよっか」

「どうしよっかじゃねえよ。俺のときは助けてくれないのかよ」

「このか弱い乙女に、筋骨隆々なオーガの手足を力尽くで引きちぎれって言うの? 筋力を鍛えて筋肉だるまになれって言うの? ひどい、乙女の敵ね」

「そこまで言ってないが……」


 第一、筋力よりも魔力の制御による身体能力の向上のほうがはるかに大きい。


 そうでなければ、ランクが上がるごとに大幅に強くなりはしない。体を鍛えたところで、大きな差にはならなかった。


 困った様子のリベルを見てクルルシアは仕方なさそうに微笑んだ。


「私が援護するわ。魔法でオーガの頭を吹っ飛ばすから、それまで耐えてね」

「吹っ飛ばす頭を間違えないでくれよ」

「これでも腕に自信はあるの。狙いは外さないから安心して。……あ、でも、うっかり浮気者を狙っちゃう可能性はあるかも?」

「物騒なこと言わないでくれよ。最初に合ったときにアマネと一緒にいたこと、まだ根に持ってるのかよ」

「あら、身に覚えがなければ不安なんてないじゃない」

「冤罪とかもあるだろ。現に俺は無罪なのにクルルに疑われたんだが」

「それはリベルが私に黙って異世界に行くからよ。浮気相手と駆け落ちしたって思われても仕方ないじゃない」

「それは悪いと思ってるが……というか、駆け落ちってなんだよ。そもそも俺は誰とも付き合った覚えがないんだが」


 リベルが告げるなり、クルルシアが頬を膨らませ、明らかに不機嫌そうな顔をする。


「そうね、そうよね。リベルにとって私は他人で、いちいち異世界に行くのに報告する義務もないものね」

「そこまで言ってないじゃないか。クルルはパーティメンバーだと思って……」

「そう、パーティメンバー。パーティを解散したら、どうでもよくなる仲なのね」


 クルルシアはそっぽを向いてしまう。

 いったいどうすればいいのか。リベルはすっかり困り果てた。


 これからオーガとの戦いだというのに。こんな調子でどうすればいい。連携がうまくいかなくなる可能性もある。戦いの前に不安要素は潰しておきたい。


 そんな彼の肩をぽんとアマネが叩いた。


「リベルくん、クルルちゃんは仲直りのちゅーがしたいんだって。言葉だけじゃ信用できないんだよ」

「……そうなのか?」

「ば、ばかなこと言わないでよ! そんなわけないじゃない! ……で、でも、リベルがどうしてもって言うなら、受け入れないこともないけど……」


 顔を赤らめながらクルルシアはリベルをチラリと見る。

 銀色尻尾はぱたぱたと揺れていた。


 はて、こんなときはどうすればいいのだろう。リベルが困惑する一方、クルルシアはそわそわしながら視線を彼に向けたり外したり。


「えーっと……クルル」

「な、なにかしら」

「その……」


 リベルは生唾を呑み込む。

 冗談じゃないのか? なんて自問をしながら、目の前の少女を見る。


 ほんのりと潤んだ瞳は美しく、透き通った肌は瑞々しい。紅潮した頬は艶やかであった。


 二人が一瞬、見つめ合う。


「あのー……もうブーモーが近づいて、オーガが睨んできてるんだけど。普通、ラブシーンは魔物討伐のあとじゃないかな?」


「そ、そういうのじゃないから! ちょっとからかっただけよ! リ、リベル相手にそんなわけないじゃない!」


 クルルシアは再びくるりと背を向けると同時、尻尾でリベルを叩いた。

 ぼふっと音を立てながら、柔らかな衝撃が伝わる。


 アマネはそんな二人の様子を見ながら戸惑っていた。


「……ご、ごめんね! 二人がそんな関係だったなんて知らなくて」

「そんなってどんなだよ」


「えっと……その、尻尾を気軽に触らせる、とか」


 アマネはぎゅっと赤色尻尾を抱きかかえる。

 彼女の世界では、あまり他人に尻尾を触らせるものではないのかもしれない。だから、クルルシアとも親しく見えるのだろう。


「リベルはデリカシーがないから。ほんと仕方ないのよ」

「……悪かったな」

「さ、遊びはここまで。オーガを潰しにいかないとね」


 魔導車が止まると、クルルシアはひょいと飛び降り、リベルとアマネが続く。もう先ほどの軽い雰囲気はなくなっていた。


 冒険者たちが地に降り立ち、市壁の上に並ぶオーガと相対する。


「行くぞ! これより都市を奪還する!」


 この隊を率いる隊長が宣言し、杖を敵に向けると魔力を高めていく。

 そして炎が生じると、勢いよく市壁へと向かっていき、その上を薙ぎ払った。


 すでに市中に生き残りはいない。できる限り街を保存するとはいえ、最優先は魔物の駆除だからできることだ。


 轟々と燃えさかる中、オーガは一体たりとも仕留められてはいなかった。すべてが焼き払われる前に市壁から飛び降り、地上に並んでいる。


 そして手にしたがれきを振りかぶると、咆哮を上げながら勢いよく投擲してくる。


「来るぞ! 突っ込め!」


 投げつけられたものを見ながら、合図とともに冒険者たちが走り出した。

 がれきが彼らの頭上を通り過ぎ、背後にある魔導車に命中して轟音を立てる。


 リベルは一度だけ、煙を上げる魔導車に視線を向ける。


「帰りは徒歩かもしれないな!」

「あら、それはダイエットによさそうね」

「そうなる前に、オーガを倒しちゃうよ!」


 冒険者たちはそれぞれの武器を抜き、オーガへと切りかかっていく。

 激しい攻防が始まった。


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