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第四十一話 涼、ごめんね…

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。

「――こ、――――……ここかッ!


 あ、東菊花、

 ………姐さんは!?

 無事なのかッ!? ――――――……ッ、

 ――――――……っ、………あ、


 ………ッ、姐さんっ!!」


 

 マンションの門前には、今井京也の緊急発信に従い、亞蘭家特殊車両が数台緊急集合していた。


 彼ら亞蘭家の私兵たちは、警察各隊・特別救助隊と連携で救出活動に当たっていたが、連絡を受けるといち早く、今井信次郎救助のためマンション「ニニギ」に駆けつけていた。


 京也は菊花に、今まで見せたことの無い、複雑な面持ちで一瞥を与えた。


(―――――今井家の仇討ちか………フッ、

 俺の……父親(今井京次郎)は、あの世で今頃………まァ、

 剣聖の末裔が、今井家の仇を打ち果たしたんだからなァ……

 嫌な……気分でも、ねェ、か……)


(しっかし……あの菊花が……あそこまで、

 おっそろしい化け物レベルだったとは、なァ……)



 京也は、亞蘭家の私兵と共に満身創痍の信次郎の身体を、大急ぎで屋上から運び出していく。彼は、片時もその老年剣客から離れようとはしなかった。



「……こちらです。男谷様が、屋上にいらっしゃいます」

 亞蘭家の私兵のひとりが、車両後方の兵員輸送エリアに座る、老年女性と長身の少年に話しかけた。マンションに駆けつけた亞蘭家の特殊高機動車両には、2名の一般人が乗っていた。


 


 ひとり屋上の隅で立ち尽くす東菊花に、走り寄る老年女性。


「――――……菊花、……あ、あなた……その傷、

 …………だ、大丈夫なのっ!?……っ、あ、

 ……あっ…………嗚呼っ………………っ、

 ――――――――りょ、涼――――――っ…………」


 精信学園で「シスター」と呼ばれているその老年女性(伊庭美智子)は、倒れている男谷涼に走り寄り、その血まみれの身体を抱き寄せた。


 未だ、男谷涼の意識は明確では……なかった。


 シスターは彼女の頭髪を癒すようにたぐり寄せ、頬を優しく撫で、着物の乱れを直し、自らの胸にしっかりと、真紅に染まった男谷涼の顔をうずめていく……。



 ―――――――――……あぁ……やっぱり。

 ……あなたは、…………あなたは……



 シスターは……伊庭美智子(いぱみちこ)は、今まで誰にも見せた事のない、複雑な悲哀の表情を見せた。


「…………大丈夫。多分、命に別状はないと思う……」


 東菊花は男谷涼の傍らに立ち、しかし彼女と視線を合わせることなく、その老年の女性に静かに語った。そして聞き辛そうな表情で、


「―――シスター……その女性のこと…………知って……るの?」


 低く、冷徹で表情の無い菊花の声。

 しかしその少女の声は、駆けつけた救助隊の大声に掻き消され、


「……姐さんッ! 姐さんッ! 姐さんッ! 

 ちきしょォ!、誰がこんなこと…………ッ!?」


 駆け寄る榊原タクミは、シスターから男谷涼を奪うかのように、その身躯を抱きしめ、亞蘭家の私兵や救急隊に、その救命処置の要請を何度も大声で訴えかけた。

「……馬鹿ヤロウッ! よく見ろッ! 姐さんが先だよッ! 

 姐さんの傷のほうが酷いだろッ! ちっ、もっと丁寧に運べよ!

 ―――姐さん、大丈夫かいっ!? 姐さん!!」


 昂ぶる榊原タクミを横目に、シスターはそれ以上……

 その手を彼女に伸ばすことはなく、

 男谷涼を……もう、抱きしめようとしなかった。




 ―――――涼……っ―――――……ごめん、


 ごめんね…………――――母さんが………




 シスターの表情が何を物語っていたのか……

 そのときの菊花には、知る由もない。


 担架に乗せられる男谷涼に、

 息子のように優しく手を差し伸べ、付き添う榊原タクミ。


 東菊花とシスターはその背後で、担架と付き添いの少年を心配そうに見つめた。



 榊原タクミは、茫然と見送る菊花に、目を伏せて視線をそらしながら、


「―――お前のこと…………今日、携帯で聞いたよ……姐さんに……

 ――――でもさ、姐さんは……姐さんはさァ、

 お前の考えているような……ひとじゃない、ぜ。


 ―――――そんな……ひとじゃない。


 それだけは、わかってくれ…………」




 ―――――――――……ッ、グォ―――グォロッ、グォロロッ、

 ――――――――――――グォロロロロロロッッッ…………




 ―――――民間用メガクルーザーをベースとしながら、陸自車両とも異なる独自のチューニング・メニューが施された亞蘭家の高機動車両は、甲高いエグゾースト・ノートを奏でる。


 荒々しいその排気音すら、悲しげなメロディに聞こえた。




 今井信次郎、そして男谷涼を乗せたその特殊車両は、新宿の紅い街並みを、文京区方面へと――――走り去った。









「――――――――……あ、っ……あ、あたし…………」

 

 その場に立ち尽くす菊花。

 眼下に広がる新宿の街並………死体が無数に転がる、地獄の場景。


 少女の中で、今井信次郎や男谷涼の容態が気にならなかったわけでは、ない。


 しかし、猛烈な使命感と責任感の炎が13歳の少女を包み込み、その全身を支配していった。

 少女はうつむきながら、シスターに背を向け、


「…………あたし、行かなくっちゃ……………………

 たくさん、……たくさんの人が…………」


 小声で言った菊花のその言葉に、シスターは返事を返さなかった。


 その男谷涼を抱きしめた両手で、シスターは同じ魂の鼓動を聞きながら………遠いあの日に思いを馳せ、


 この少女を――――――――ずっと、ずっと……………

 自分の娘を抱きしめるかのように、

 いつまでも……


 伊庭美智子は、東菊花を離さなかった。

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