第三十五話 激闘・邇邇芸(ニニギ) 土佐士魂
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―――パシッ……
ピシッ……
―――――ッ―――――――カシャアァァァンッ…………
車のドアミラーに、
ヨンフォアのグリップエンドがカスる。
――――シュイイイィィィィィンッ……バラッ、バラッ、
ババッ、バババババババババッバッバッ!!
「…………キャ、きゃああぁぁッ! キャ、きゃあッ!
……っと、……っとぉ、と、とおおおぉぉぉぉぉっ!」
男性の体にしがみつく。
少女には今までそんな経験もなかったが、この高速度域では必死にその両腕にしがみついて、離さないようにする他……なかった。
ヨンフォアのサードパーティ製・段付きシートは、見た目こそなだらかなアールが美しいが、実際にバイク2名乗車となると、その後席は快適とは言い難い。
華奢なグリップバーを必死につかみながら、東菊花は今井京也のブチ切れた2輪テクニックにただただ……驚くしか、なかった。
《……ってゆーかさ、アタシもうバイク降りたいっ!
…………っひ、……っひいぃぃ……!!》
「――ちょ……ちょっ、も、もっ、
…………っも、もちっと……さぁ!!
あ、あんたさァ!!!」
「――――あぁん!? 何だヨ!?
俺ッチてばさァ、マジギレ☆モード入ってンからサァ、
いまァ……、俺にィ……、
話かけないで……―――――――――――くんないッ!?」
テロの影響で、殆ど渋滞車両が動かない東北道から首都高へ。
延々其処をすり抜け続ける、京也のヨンフォア。
静止している車両の横を200キロ前後で爆走する。
車幅ギリギリは当たり前、
寄せてくる車両を右足で蹴り飛ばし、
その反動で2輪ドリフト、超高速スラローム……
三車線をすり抜けながら、鮮やかに疾走していく。
―――ッ―――――――し、死ぬゥッ!! ………っっ!
…………流石の菊花も、
この境界線ギリギリの曲芸走りには失神寸前、
とにかく京也を……信じるしか、なかった。
「さァ! もう少しだァッ! 待ってろッ!
爺ちゃんッ!!」
ジャンクションのクッションドラムをなぎ倒しながら、
京也の絶叫が、シンプソンヘル・M30の中で響き渡る。
そのとき、少女の頬が一瞬ほころんだ。
――――――――あ…………。
スピードの恐怖にすくむ中……
少女に、ほんわりとした感覚が訪れる。
京也の体温が、ライディングジャケット越しに伝わる。
………ふぅん……………こいつの背中、
………あ、あったかい、なァ………………。
少年の激しい熱情は、
少女の恐怖心を少しだけ…………和らげて、くれた。
……―――――――――っ、………………
――――――っ――――――――――――ッ、げ、
げッはあァァッッ…………!!
唇から流れ出る鮮血をぬぐう。
……次々と真っ赤な塊が、床に滴り落ちる。
「…………ば、化け物がぁぁッッ! ―――――――」
あまりの激痛に、非常階段に膝をつく。
全身はその高速の拳圧でナマスのように切刻まれ、
防御に晒した左右の下腕は、既にズダズダに斬り裂かれている。
彼女の上半身、背の八幡大菩薩は流血で紅く染まった。
連続の打ち込みを幾つかかわすことは出来たが、複数の幻影から繰り出されるその強烈な手刀の一撃は、彼女の力量を持ってしてもノーダメージとは、いかない。
………やはり力量が、次元が――――違う………
今井信次郎は此処に来るだろう。
多分あの子も………
男谷涼は絶望感に苛まれるが……しかし、退けない。
自分が死ねば、奴らは次に、天国門を狙ってくるだろう。
「……っ、くっ……おぉッ、
……岡田ァ……てめぇ、
坂本に、……まだ……っあ、あやつられて………………
土佐の、武士の誇りってもんすら………………
忘れちまったのかいッ!?…………
雷濠ォ――――――――――――
いや、岡田以蔵ォ!!」
次の一手はほぼ不可能……
出血多量で、もはや昏倒寸前。
………それでも男谷涼は、その大男に対し…………
敢えて、強気な姿勢を崩すことはなかった。
軽トラックの不可解な事故で気を失ったあと、いつしか男谷涼は、この歌舞伎町のマンション《ニニギ》の屋上に仰向けに寝かされ、数人のスーツ姿の男達に取り囲まれていた。
瞳を閉じた男谷涼を……そっと見下ろす岡田雷濠。
―――――――久しぶりだな、男谷の姐サン…………。
懐かしい瞳でその女性を見つめながら……その大男は、
眼前の半透明・白銀色に輝く方向へと、視線を変えた。
「……狐、うぬらは何ゆえ男谷涼をここに連れてきた……?
何故我らの戦いに介入する?」
岡田雷濠は、宙を舞う番の狐面たちに聞いた。
まるで……自分が、狐面と何ら変わらぬ、
「同種」の存在であるかのように。
……同時に、雷濠の氷のような視線が、ふたりの女狐に注がれると、彼女達は不気味な笑みを浮かべながら、
「直心影の宗家たる……《光の存在》を我らは守護し、
その復活を信じておる。
雷濠、貴様の力を是非、借りたい…………
我らの願いを聞き届けてくれるなら、貴様を……
あの、桂浜の土に還してやろう。
数多の時空を超え、土佐の士魂に触れるが、いい―――――――」
「ニニギ」と呼ばれる地上17階建てのこのマンションは、今回の爆殺テロの標的には選ばれなかったが、ここは男谷涼と坂本劉が、かつて刃を交えた決戦場のひとつでもあった。
今、男谷涼が満身創痍で辛うじて立っているのは……17階から屋上へと続く、非常用の螺旋階段。
……―――シュッ――――ゴオオオオオォォシュッッ!
――――――ッッ、バッシシシシィィィィッッッ!!!
手摺りにもたれかかるように、
男谷涼は……必死に岡田雷濠の高速の拳を受け止めていた。
「……誇りがあろうがなかろうが、
自らの魂に聞くだけよ……。
殺人専門の雇われびと……とは、そういうものだ。
すべては血が欲するか否か…………。
それになァ、
俺は坂本様に永久の生命を頂いた『雷濠』だ。
以蔵という名では、既に無い……!」
岡田雷濠は刀剣は持たず、拳あるいは手刀のみで殺戮に携わる。彼が両腕を振るえば、直径数メートルのコンクリートの柱でも粉々になる。
それはもはや人間の業では、ない。
「……男谷涼、貴様はSGLS教団、
そして坂本様の庇護を受けながら、産廃程度でお茶を濁し、
資金調達の指示にはことごとく命令を無視してきた。
それに……坂本様は貴様のヒットマンとしての腕を買っていたからこそ、天国門の存続をギリギリまで許してきたのだぞ?
それを…………」
――――――――ゴオオオオォォォォッ!
――――――――――――ゴオオオオオオォォシュッッ!!!
これ見よがしの手刀一閃を、男谷涼の顔面直下をくぐらせる。
岡田雷濠は、血まみれの男谷涼をさらに睨みつけながら、
「……ただ、女狐たちが俺に言うのさ。
なぜかお前を、生かしておけって、な……」
「……き、狐……だと?」
意味の分からぬ台詞に、戸惑う男谷涼。
「……直心影流ってのは、
いろんな奴がウロウロしてるなァ。
あんな化け物まで出てこられちゃ、
俺も坂本様も手に負えねェ。
まぁ……貴様との一騎打ちの場を、
こうして用意してくれるってのも粋なハカライだが……ナ」
―――ッッ、 シュッッ、――――ゴオオオオォォシュッッ!!
――――左右の尖鋭な高速フックが男谷涼を襲うッ――――
渾身の力を振り絞り、その一撃をかわす。
しかし、…………ッガ、ッッ、ガシイイイィィィッッ!!!!
返しの裏拳は刀の鞘で受け止めるが――――
刀ごと吹っ飛ばされる男谷涼。
―――……ぐ、ぐッ…っ……ちッ、……チィィッ………
防御でボロボロになった着物の袂から覗く下腕。
その流血はさらに激しさを増す。
意識がさらに遠のく。
男谷涼の苦悶の表情は、
既に、肉体の限界値を遥かに超えつつあることを示していた。
「まぁ、狐たちの言いつけ通り、殺さなきゃ……いいんだからな?
その両腕か……両脚か……
頂かせてもらおうッ! 男谷の姐様、
貴様を……生ける屍に……してくれるわッ!」
……バッッ! ―――ッ―――――ドゴォォォオオオオッッ!!
―――――――――その時、
屋上で炸裂音が鳴り響いた。
もうもうと沸き立つ噴煙。
ニニギ屋上階のドアをM26手榴弾で破壊し、
ギィイイッッ……ゆっくりとその扉を開く。
誇らしげな下げ緒と赤紫鞘が美しく輝く、
講武所拵えの一振りの剛剣を右手に、
ひとりの逞しい男のシルエットが…………
夕闇に浮かび上がった。
白銀の三ッ編数本が、夜空に舞う。
「ふん……やはり、このマンション屋上は……
未だ堅牢に施錠・封印されておるのですな……」
今井信次郎が屋上から螺旋階段を見下ろし、
そしてあの大男を射るように睨みつける。
「…………未だ……妖魔を……身に纏って、おるか………?
――――――――――――雷濠ォ――――――ッ!!」
叫びつつ、ゆっくりと赤紫鞘を持ち上げ、
「――SGLS教団の妖しげな技で復活しようとも、
神々は貴様の存在を決して認めぬわッ!
……我が息子の仇は討たせてもらうッ!
岡田雷濠ォ! ――――――――――――覚悟ッ!」




