第三十四話 わたしのおかあさん
本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。
臨時ニュースがTVから流れる。
新宿駅周辺で同時爆破テロが―――――
精信学園の子供達も、テレビの前で騒然となった。
その頃、今井京也は……
精信学園の裏庭で、押し黙ったままの東菊花に困り果てていた。
「菊花……頼む、聞いてくれ。
お前には何がなんだかワカラねぇだろうが……」
京也らしくない、焦燥感で一杯の表情。
額から滴り落ちる汗。
信次郎から託されたその責任感と、眼前の無垢な少女の瞳に、
少年は言葉を詰まらせていた。
「―――――………母は…………
わたしに……母親は、いない……。
――――――――――――――――いないんだ」
その絶望感に包まれた物哀しい少女の瞳は、戸惑いながらも熱情を抑えきれない京也とは対照的だった。
その少女の沈んだ表情に京也も一瞬躊躇したが、事態が事態だけに急がないわけにはいかない。
多少強引に……説得するしか……ない。
「―――まぁ聞いてくれ。
俺が生まれてすぐのことさ。
俺の父親は、坂本劉、岡田雷濠という男たちに殺された。
……らしい。俺は赤ん坊だったからな。
奴らが亞蘭家の防衛隊を罠にかけるテロ事件を起こし、父・今井京次郎もろともフィリピンのエグゼクタービルを破壊したのさ。
たった…………ひとりの男を殺すために……。
今井京次郎を殺すためだけに、奴らはビルひとつを粉々に破壊し、何百人もの人間が死んだ。
父を狙った理由が……今井家のご先祖様が、坂本劉の先祖を殺したからだとさ……笑っちまうよな?
坂本って奴は、
そんな理由で……今井家の人間を皆殺しにしたい、らしい。
そんな復讐の輪廻が、二百年近く経った今も………
ずっと続いているという、笑い話さ」
京也は僅かな苦笑を浮かべ、東菊花の瞳と自分の瞳とを重ねた。
「――――――そして……その坂本という男、
お前の母親にも関係がある」
「……!? わたしの……母に?」
「お前が母親をどう思っているかは知らない。
知らないが、この世のどこかで生きていた、
自分の母親が死んでもいいのか、と聞いているんだッ!」
「……死ぬ? 殺される?
なぜ……? わかんない、わかんないよ!
教えてよっ……!」
京也の必死の表情を横目にしながら、
突然の告白に……困惑の表情を見せる菊花。
「事細かに説明してるヒマはねぇが……
坂本の言うことを聞かなかったのさ、
お前の母親は、な…………。
坂本は人身売買、武器の密輸、麻薬取引……
アメリカでも最も凶悪なマフィアさ。
でもお前の母親は唯一、
裏の産廃業だけは受け入れざるを得なかった。
天国門を続けるために、自分の仲間たちを助けるために……」
初めて聞かされた母親の素性。
ヤクザの親玉のようなことをして、生計を立てている……?
「でも、……わたしにどうしろって言うの?
記憶にすら残ってない母親なんて……
それに、その坂本という男を、
わたしがどうこうできるの!?」
数多くの真実とも思えぬ事象をいきなり突きつけられ、
さらに生死を賭けた問題が直ぐ傍にある…………
菊花の心は、激しく揺さぶられた。
「お前の母親の生命を狙っている岡田雷濠と言う男は、
多分普通の人間じゃない。
爺ちゃんでも俺でも多分、止められないだろう。
仇討ちどころじゃねえ……でも、
お前なら――――」
京也は菊花の両手を取り、
悲痛な表情で少女にさらに……懇願した。
「頼む。俺と一緒に来てくれ!
俺は絶対に父親の仇を討つ……討ってみせる!
そして…………お前にも、
戦う理由は―――――あるはずだ!」
―――――――母親が……
自分の記憶にすら残っていない、
というのは嘘だった。
忘れもしない……着物姿に影のある表情。
タバコをくわえたあの横顔……。
6年前のあの日。
菊花が7歳のとき、
千春と小春を精信学園に連れてきた、あの着物姿の女性。
明確に覚えている……忘れもしない。
泣き叫ぶ千春と小春を、
強引に精信学園に置き去りにした、
あの、悪魔のような女―――――――――――
菊花の美しい純白の肌が、御し得ない怒りと共に、
徐々に紅蓮の炎へと……染まっていく……。
「まだ……彼奴らは出て来ぬか?」
――――――――――轟々と……燃え盛る炎と噴煙。
未だ新宿は、各所で灼熱の炎に包まれていた。救助活動は往々にして進まず、大勢のレスキュー部隊、救急隊が右往左往。
肉体の焼け焦げた異臭だけが……辺りを包み込む。
今井信次郎は先祖の剛刀「回天丸」を傍らに置き、ヨタハチの窓から岡田雷濠を探し続けた。
数箇所の爆発箇所を見て回ったが、彼らしき影はない。
高層ビル群からゆっくりと……
オレンジ色の輝きが地平線に沈んでいく。
岡田雷濠の驚異の身体能力。
その高速の身のこなしは、漆黒の闇の中では如何ともし難い。
打開策を見出そうと、新宿近辺あちこちに思いを巡らせつつ……
ふと、ドコモの高層タワーを見やる今井信次郎。
すると……
そのガラス面に赤い筋がひとつ、映り込んでいた。
「―――フッ、…………今井一族も、
ナメられたものよ……な?」
歌舞伎町・ニニギの方角から、
一筋の赤色煙が立ち昇っているのが見えた。
逃げも隠れもしない。
此処に居るぞと、せせら笑うかのような強烈な自己主張。
同時に今井信次郎は、岡田雷濠の……殺意に満ち満ちた怨念の如き重圧を、はっきりと感じ取った。
―――――ギュッ、ギャ、ギャギャギャッ……
ギャアアアアアアアァァァァッッ―――――
オリジナルの可愛らしい2気筒U型の代わりに、徹底的に軽量化が施された2JZを強引に積み込み、船橋サーキットの英雄・浮谷東次郎のウィニングストライプまで施された、トヨタ・スポーツ800・スペシャルヴァージョン。
可愛がっていた愛車も今宵限りか……。
己の命のともし火を、愛する孫へ橋渡しできればそれでよい……
信次郎は、不必要なほどにSPヨタハチに鞭を入れ、
「ニニギ」を目指して……アクセルを、思い切り踏みしめた。




