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第三十話 トウキョウ虐殺・シンジュク崩壊の章 開幕 その2

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください(挿絵は横書き、携帯のみで閲覧できます)。

「丈太郎兄ちゃん? あぁ、うん……とっても優しいし、小春もいっつも……あの兄ちゃんのおしりを引っ張って、はしゃいでいるよ」


 千春が微笑みながら答えた。



 千春はと言えば、料理をいくつか丈太郎に教えてもらったようで、単なる玉子焼きを、イタリア風「フリッタータ」と呼ばれるお好み焼きのように焼き上げるレシピを教わり、得意げに菊花に話していたこともある。


「丈太郎さ……あんた、また変な調味料使ったでしょ?」


 菊花が彼を横目に見ながら、訝しげに夕食の味見をする。


「……あ、それはだね、ジェノベーゼってソースでさ、バジルとクルミ、ニンニクと……」


「あ~ん、もぉ……ってか、あんたねェ、

 こんな、めったに使わない材料持ち出されてさァ、

 子供達がいつでも食べられると思ったら逆に迷惑でしょ! 

 もぉ、空気読みなさいよッ!」


「あ、いや……そうかなァ~

 ジェノヴァあたりじゃ普通のソースの一種だしィ……」


「―――――――ど埼玉のド田舎だってのッ!」


「そーだよ、いなかだよ、じょーたろう♪」

「そーだそーだ☆ じぇのばァ~☆」


 子供達が丈太郎のおしりを蹴っ飛ばす。

 千春と小春も丈太郎にくっついて離れない。




 丈太郎のボランティアは数週を過ぎ、いつしか東菊花とも、普通以上にざっくばらんに会話するような間柄となっていた。


 丈太郎は以前よりさらに子供達に好かれ、施設職員とも親しくなり、精信学園の若すぎる男性職員のひとりのように見えるほどだった。


 あこがれだった菊花と当たり前のように会話し、接するようになったことは、彼にとっては本望であったはずだが、なぜか不思議と……感激もなく、互いに空気のようになっていた。



「……このおバカっ! 妙ぇ! 絨毯に何こぼしてんのぉ!」


「きゃあああぁぁッ! 忍ぅ! それ、ねんどねんどォ! 

 ソレ食べるのは、あんただけにしてぇ!」


「…………ふうむ……ブルゴーニュの赤、

 アンリ・ジャイエはまた一段と香しい……」


「ひえええッッ!? ワイン樽そのまま持ち込んでるぅ! 

 今井さん、いい加減にしてよォ!」



 最近では丈太郎だけでなく、忍、妙、そして紫色のスーツは相変わらずの爺・こと今井信次郎……援軍は多いほうが良いとは言え、いつしかトンでもないメンバーまで、施設に入り浸るようになっていた。


「……おほほほっ、今井さん、おつまみもご一緒に……

 如何でしょう?」


「おっ、これはこれは……かたじけない。

 このサンマの缶詰はたまりませんなァ☆」


 シスターも珍客が増えることには何の問題も無く、

 むしろ歓迎ムード。


 ……ま、いいけどね……賑やかしいのはイイことだしぃ……と、菊花も内心、はしゃぎまわる子供達のことを思えば、会話の絶えないこの雰囲気を気に入っていないわけではなかった。





 しかし……平和な時間はいつまでも続かなかった。



 火の粉は、全ての共演者達に降りかかる―――――――――――。





 バラッ……バララララッ……バラッバラッ………

 パアアアァァァンッッ!


 施設門前で、スペシャルカスタム仕様のヨンフォアのエンジン音が響き、


「……てめっ! このガキィ! 俺のバイクさわんじゃねーぞッ!」

 少年の怒号が響く。


 菊花と同じ中学に通うようになったとは言え、ほとんど校内に姿を見せなかった今井京也。


 ――――じいちゃん、まだこんなところに! 


 ……焦燥感も露わに、京也が飛び込んできた。


「……じいちゃん、ちょっと!」


 菊花に軽く投げキッスくらいはしそうなジゴロ少年も、このときばかりは真剣な表情。爺も何事かと椅子から立ち上がった。





「―――――ば、バカなッ………あの坂本が動いたッ!? 

 しかも……雷濠(らいごう)が先発隊に……!?」


「爺ちゃん……今度こそ俺にやらせてくれるよなッ!? 

 俺は、奴を…………奴……をッ!!!」


 今井京也は、今まで見せたことのない程の怒りの表情で両眼を血走らせ、少なからず狼狽している今井信次郎とは対照的に見えた。


 少年はさらに両肩を震わせ、全身に激しい苛立ちを募らせる。

 今井京也にとって、この恩讐の清算は、生命を賭して果たすべきほど……重大なもの、だった。



「だれだ……あいつぅ?」丈太郎は初めて見る顔だった。


 派手なライディング・ジャケットにアシンメトリーのヘアスタイル……光る胸のクロス。


「爺の孫……変態スケベ兄ちゃんですわな~☆ 

 兄者は知らなかったっけ? 

 まぁ、兄者の恋敵っちゅーか……

 そーゆーたぐいのやっちゃなァ♂☆」


 ケラケラと子供達にコスプレ指導を行いながら、笑う忍と妙。

 海賊姿は中々の出来。


「……ふ、ふーむ……爺の孫ね……

 なんか孫がいるとか聞いたような気も……したけどォ」


 爺の孫……というより爺の子供すら、

 いるのかいないのか知らなかった丈太郎。


 爺とは一心同体とも言うべき程近しい仲だが、彼の家族関係は全く知らない。亞蘭家屋敷にひとりで住み込みのようになっている信次郎には、家族・親族の匂いすらしなかった。


 

 

 ――――――あいつ、屋上のとき以来だな…………

 菊花が今井京也を見つめる。


 あの意味不明な言動の数々。


 敵なのか味方なのかすら判明せず、

 不審に思っていた菊花だったが……。


 まぁ、その意味では……

 爺も忍も妙も、皆ワケが分からない人物ではあったのだが。



「……皆様、申し訳御座いません。

 ―――また、お伺い申し上げますので……」


 足早に施設を出ていく爺。

 京也もそれを追うように駆け出していく。



 しかし、今井信次郎は……

 自分に駆け寄ろうとする京也の肩を持って、制止した。



「……京也、貴様が剣聖を説得せよッ!


 お前なら……出来るはずだ。直心影流宗家を目覚めさせるのは、

 孫弟子のお役目と心得よッ!」




 ―――……グォッ、グォッ、グォォォ…………

 グゥオオオオォォッ……ボオオオッッ……


 「SAT」とホワイトペイントされた特殊クルーザーが数台、施設前で轟音をたなびかせながら、今井信次郎を待ち構えていた。


 もちろんSATとあるのはカモフラージュであり、

 彼らはすべて亞蘭家の私兵である。


「大佐殿、強行突破の御用意、隠密各隊、那須41部隊も全て出撃準備完了致しております! 鳩巣(プロメテウス)からもフォロー開始、なんなりと御命令をッ!」


「馬鹿者、戦争するわけではないわッ! 

 い乃字配備ぞッ! 

 全員隠密(フルコンシールド)にて、わたしの指示を待つがよい! 

 彼奴(デトロイト先発隊)らの狼煙が上がるまで、マル本には貴公が誤魔化してでも時間を稼げ!」


「はっ!? わ、わたくしが……で御座いますか!?」


「お坊ちゃまがアオン・ショッピングモール腰ヶ谷で買い物を始めた、とでも告げておけばよい! お坊ちゃまの買い物渋滞でトラック数百台、列を成そうが違和感無いわ! 国道四号近辺は大混乱だと各県警の阿呆本部長どもにも伝えよッ! 総監はこの件、全部知っとるから構わんッ!」



 柄に無く、いきり立つ今井信次郎。



 それには、理由があった。


 30分ほど前、関東天国門の本拠地である米国・デトロイトの宗教団体・SGLS本部教会に於いて、D・ブラッドショー枢機卿への発砲事件・血のクーデターが勃発したのである。


 数時間中にもマフィア間の抗争開始は、必至であると言う……。



 ただ、日本国内の問題はそこではない。


 SGLSの幹部連の力関係が崩れると言う事は、日本国内で教団の庇護を受ける「偽」宗教団体は言うに及ばず、SGLSの息のかかった各暴力団・ヤクザたちのピラミッド構造からすれば、群雄割拠・下克上の火蓋が斬って落とされた、と同義なのである。


 かつて同盟を結んでいた団体もその約束の小指を斬り落とし、少しでも優位な体制で米国本部の新体制組織に尻尾を振る……この流れで行けば、日本国内でも小規模な発砲事件程度は頻発するのは間違いなかった。



 そして、SGLS幹部連でも最も危険な男「坂本劉(さかもと りゅう)」が、先発隊として日本国内に送り込むとしたら……。




「大量爆殺事件程度……笑いながら暇つぶしに執行する輩だ……

 今井家の仇敵、それ以前の問題よ。


 成田空港が火の海になる程度で済めば、よいが……!」



 数年前のアジア各国でのテロ事件を想起すると、

 国内各所、そして首都・トウキョウもタダでは済まない。


 いつもは紫色のスーツを綺麗に着こなす信次郎も……

 事此処に至ってはネクタイを緩め、クルーザー内に用意されていた対刃防弾防護衣(フルアーマードJ)を装着し始めた。





「……表向きは日本国内の反坂本派・敵対勢力の頭領殺し……

 ――――――――しかし、その影に紛れ、


 やはり狙うは…………我々今井一族と男谷涼の首、か…………」






 

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