第ニ十四話 双頭の女狐 ~剣聖降臨~ 菊花の右腕 その1
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夕闇が北関東の地を覆い始め、
あまりに少ない街灯は、
国道を走る車のライトをより際立たせる。
心細い灯りを浴びながら歩く、ひとりの少女。
屋上の事件から、数週が過ぎた。
島田虎仁の動向、そして30人以上の不良たち。
東菊花もその後の動きには注目していたが、少なくとも被害者側へのお膳立ては菊花なりに整えてあったので、ある程度は何とかなるだろう……駄目なら自分がすべてフォローする……というのが彼女の思惑だった。
少年犯罪は例え自ら罪を認め、出頭したとしても被害者側、保護者、学校等の兼ね合いもあり、即逮捕、家裁、鑑別所……などと移行しない場合も多い。
被害者側の出方は様々だろうが、しかし少年たちの未来を考慮すれば、自ら引き起こした事件に正面から向き合うことこそが、一番大切であると……菊花の信念は揺らぐことは無かった。
事件以降、校内外を荒らすこともなく、威圧的な衣服や髪型も徐々に改め始めた少年たち。
校内で彼らが菊花に出会うと、一目散に逃げ惑う者、おべっかを使い始めるもの………彼ら元不良少年たちの対応は様々だったが、菊花側の対応はひとつだった。
「―――――ともだちだよな、
あんた……あたしと……」
ぼそっ……と、そう言い放つと、
菊花は少年たちの両手を取り、
「……みんなと……仲良くやってくれないかな。
お願いだ………ここには、
あたしの友達がたくさんいるんだから……」
美しい漆黒の長髪をたなびかせ、
海瑠璃色の美しい瞳で少年たちを魅了する。
誰もが菊花に恋をし、心ときめくが、あの凄惨な流血まみれの屋上の光景を思い出すたび、それは無理な話だと……誰もが、ため息をついた。
加えて……島田虎仁、そして彼のグループには、さらに過酷な要求をつきつけた菊花。
その回答は、未だ見えて来る事はなかったが……。
夜8時過ぎ。
東菊花は田園風景続く、田舎道を歩いていた。
伝説の書「ガンダマセンチュリー」を片手に。
街灯ごとに立ち止まってその本に目を通す。
下手な参考書より難解なそのアニメムック本は、
クトゥルー神話関連書と同レベルに難しい。
「み、みのふすきー……すきー……
うーん、こりゃ話を合わせるのも難しいなァ……」
アニメ界の金字塔作品を理解する事は、少女にとって重要だった。
不登校生徒にも、いじめられやすい生徒にも、広く共感を得ている同作品を理解する事は、それだけ彼らと共有する時間も長くなり、親密度も高まる。
何より、その会話から始まる心理カウンセリング、メンタリング、コーチング……少女に専門的知識はゼロでも、結果的に得られるメリットは大きい。ただ、その1ページ1ページの余りに濃厚な内容に、眉間に皺を寄せる菊花。
言葉が無い。
アンバックシステムの読解は半ばあきらめ、菊花は遅くなったその家路を急いだ。
その頃……東菊花歩く遥か上空――――
国内線のエアバスが傍らを過ぎ去っていく。
夜空に輝く月面兎。
煌びやかな初夏の星座が、恐ろしげなその覆面の輪郭を描き出し、飛行機雲の最先端が、その面裏の微笑に掻き消されるように………次々と蒸発していく。
「――――――剣聖……?
彼奴が? フッフッフッ……」
「……精一郎様もさぞ、お嘆きだろうさ……」
瞬時に25000フィートを降下―――――
番い舞う白炎。
暗闇の中、菊花の視線の先に、ふたつの白銀色のシルエットが、月明かりに照らされていく。
その距離約20メートル……ゆっくりと、その歩数は僅か。
しかしその移動距離は、歩数とは明らかにシンクロしておらず、異質極まりない危険な存在感を醸し出していた。
スキップとも異なる空中浮揚。
つま先は接地しているのか浮いているのかさえ、曖昧だった。
ひとりは真白の狐面。
ひとりは真紅の狐面。
「――――精一郎様は……
わたしたちの穢れをも…………
すすってくだされた………………」
「――――精一郎様は……
剣聖たるにふさわしい御方。
貴様、なぞ………………」
純白の星々の輝きが、そのふたつのシルエットを、地面から大きく伸び上がるようにその影を照射する。
大きい…………
屋上で戦った特攻服の少年・島田虎仁よりも遥かに大きい。
巨体相手に萎縮する事はない東菊花も、この眼前の来訪者たちには、今まで感じた事の無い、言葉にならない違和感と……凶悪な殺意、を感じた。
――――――――――姿は見えるが……
ここに、奴らは……いない?
ムック本とカバンを静かに地面に置き、
「……わたしに……何か、
御用でもあるんでしょう……かね?」
恐る恐る言葉を投げかける菊花。
背筋が凍りつく。
一筋の雫が、額を伝う。
………―――クックックックッ……………………
………―――クックックックッ……………………
宙に浮く月面に反響する笑い声、ふたつ。
重なり合うその発声音は、
地平線を駆け抜けるように……高空に響き渡った。




