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第ニ十三話 ―――あんたも……東菊花が好きなのか?

本物語は「タテ書き小説ネット」のPDF縦書きのみですべて文章調整しています。横書き、携帯ですと読みづらいかもしれませんがご了承ください。

 ドッパパパパッッ…………。



 施設には郵便の配達バイクや、新聞配達のバイクも来る。


 今日もスーパーカブの可愛らしい音が、精信学園・中央大舎の門前で響いた。スーパーカブのレッグシールドには「HEAVEN」の文字がブルーに塗装されている。



「……ここかよ……?」



 少年は流れる前髪をかき上げながら、ボロボロの半キャップのヘルメットを脱いだ。


 すらりとした長身と逞しい身体。

 革ジャンを羽織っていても判るほど鍛え抜かれた上半身。

 その鋭い眼光は周囲を圧し、空気を一変させるほど。

 少なくとも少年は、配達のためにスーパーカブを乗って来ているわけではなさそうだった。


 門前で遊んでいた施設の子供達は、いつもなら郵便配達員など笑いながら蹴り飛ばすほど、やんちゃで元気があるのだが、この少年の醸し出す恐ろしげなオーラには後ずさりし、誰ひとり近づこうとしない。


「……誰だ!? あの兄ちゃん……!?」

「やべー奴だと思うな、あたしィ……

 ヤクザもんだよぉ、あれってばさぁ……」


 ゆっくりと歩き出した少年をチラチラ見やりながら、走り出す2年生の女の子。

 中央大舎の洗濯竿が並べられている広場前では、亞蘭丈太郎が大きなシーツを一枚持ち出し、施設の子供達とお化け鬼ごっこに興じていたところだった。


「…………悪いゴいねぇがァ~☆☆ 

 悪い子はいねぇがァ~☆☆」


 シーツの中には丈太郎を先頭に、子供数人が肩を組んで続いている。これが鬼役で、逃げ回る子供達は保育園くらいのチビッコから、小学生まで10人以上。


「キャハッハッハッハッ☆☆ 

 丈太郎なんかに捕まるわけねーじゃん!?」


「弱虫丈太郎ぉ~お化けなんて怖くネーぞ☆ 

 ここまで来やがれっ!」


 鬼ごっこは盛り上がっていたが、門前から歩いてくる恐ろしい少年のことを伝えようと、2年生の利恵が、シーツに包まれた丈太郎にハァハァと息を切らせながら走り寄り、


「……丈太郎兄ちゃん、何か変な奴来たよぉ! 

 ほら、あれぇ…………」


 利恵が指差す方向には、こちらを向いてゆっくりと歩いてくる見慣れぬ少年の姿。

 漆黒の革ジャンの襟が風でふわりとたなびき、前髪から見え隠れするその眼光は、遠くからでも判るほど鋭く、迫力がある。


「丈太郎、お前行けよォ……」


 幼稚園児の順平が丈太郎のおしりを押し出した。他の子供達も丈太郎の後ろにまわり、その少年の威圧感に恐れをなして逃げ惑う。


「……お、お客さん……かな? 

 ……は、はっ、ハッはっ……ハッ……っ」

 苦笑いの丈太郎。


 明らかに自分より大柄で、迫力あるその少年に、丈太郎も一瞬たじろぐ。なにせ、児童養護施設の来客と言えば、大抵が厄介な人物であることが多い。日々嫌な思いをしているせいか、そんなイメージしかないのもあった。


 近づいてくる少年はあたりをキョロキョロ見回し、誰に話しかけようかと物色中……丈太郎と視線が合う。その少年は施設建物に視線を移し、敢えて丈太郎には視線を送らず、ゆっくりと語りかけてきた。



「……東……菊花って……

 女の子がさ、いるって聞いたんだけど……?」



 外観とは裏腹に、その口調はおとなしい。

 

 年上かと思っていたが、どうやら丈太郎と同じ中学生くらいのようだった。端正な顔つきは日本人離れしたハーフのようで、その切れ長の瞳は翠玉色に光り輝いていた。


「……あ、東菊花かい? あぁ、彼女ならねぇ……

 今頃はバイトじゃないかな?

 何時頃帰ってくるかは、俺も知らないけどさぁ……。

 あ、君……彼女になんか用かい?」


 攻撃性は一切なしと判断。


 この際タメ口でもいいだろうと、丈太郎はフランクに返答した。

 すると、


「ヒュ~ヒュ~☆ 丈太郎ぉ、

 てめぇー菊花ちゃんに惚れてんだろぉ!? 

 この変態めっ!」


「変態☆ 変態ィィィ☆ 

 菊花ちゃんがお前なんか好きになるわけねーだろ! 

 ばァーか!」


 その大柄の少年が怖くないと知るやいなや、子供達は丈太郎を乱暴にはやし立てた。日頃から、丈太郎があまりに菊花のことを子供達や保育士に聞いて回っていたので、その恋愛話は、子供達にとって格好の「丈太郎殺し」の呪文として重宝していた。


「……あ、は、はっはっ……あ、

 いやァ……この子たちの言ってる事は、

 別にィ……」


 照れ笑いを見せながら頭をかく丈太郎。

 しかしその大柄な少年は真剣な表情で、



「―――あんたも……東菊花が好きなのか?」


「へっ!?」


 突然のセリフに、呆気に取られる丈太郎。


「……俺の……

 大切なダチが東菊花にボコボコにやられてさ……

 礼を言いたいんだよ、俺は」


 ……一瞬凍りつく。


 復讐のためにやってきたのか!? と、

 丈太郎は戦慄を覚えたが、


「東菊花って娘には……感謝しているんだ。

 島田の奴も、人間が変わっちまうほどで、さ。

 ……俺がいない間に……たくさんのダチが、

 道を誤っちまった。


 俺が……俺が、全部悪かったんだ……」



 うつむいて表情が陰る。

 少年は言葉が続かない。


「……あの、それって例の屋上の……

 東菊花の喧嘩の……ことかい?」


 やっと、この少年の真意が分かりかけてきた丈太郎は、この少年に逆に食いつくように近づき始めた。聞きたいこともたくさんある。


「……なんだアンタ、屋上のコト……知ってんのか? 

 あれは喧嘩なんかじゃない……

 俺は東菊花に感謝しているんだ―――

 ―――ただ、それだけ……言いたくて、さ」


 少年は夕焼け空を見上げ、屋根上から舞い上がる、雀たちの群れにその顔を向けた。そして忘れ去られた鬼ごっこのシーツに視線をやりながら、


「―――――東菊花って……どんなオンナなんだ……? 

 あんたが惚れる理由って……」


 言い終えないままに踵を返すと、その少年はバイクに向けて歩き出した。


「俺も暇じゃないんでね。

 メシの用意をしなきゃならねぇ。

 また、来るよ。

 夜晩くなら……さすがに彼女も帰ってきているんだろ?」


 哀愁漂うスーパーカブのエンジン音が門前に響く。長身の少年が乗ると、その49CCの配達バイクは余計に可愛らしく見えた。


 パッパ、パパ……ドッパパパッッ…………




「……メシの……用意!? あ、

 俺も夕食の用意ィ! しなきゃだわ……」


「―――――丈太郎にらいばるはっけんっ! 

 ライバルとおじょお! 

 キャハハハハッ☆☆」


 子供達が次々に丈太郎に飛びかかる。

 尻を蹴り飛ばす。

 頭を叩き、ズボンをズリ下げる。


「あ~コラコラ、やめんかい! 

 ご飯だよォ!」




 スリッパをひっかけ、亞蘭丈太郎はパタパタと、

 調理室の方向へと駆け出していった。

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