25話『天狗の物語は続いていく』
天ぷらを数多く作るために作業を流れで行うようにしていた。
まず九子が衣液を刷毛で掬って、桑の葉の片側にだけ塗り付ける。これまでは適当に衣液に漬け込んでいたが、こうして片側だけにした方が火は通りやすく、衣液も少なくできて、揚げ時間が短縮できる。桑の葉は紫蘇の大葉と違って打ち粉を振らなくてもべったりと付着してくれる。
「ほい次!」
「おうよ!」
衣液を塗った桑の葉を笊に並べて渡すと、甚八丸が次々に揚げ油に投入していく。まるで手裏剣でも投げるように、指二本で摘んだものを大きな釜の中に重ならないよう正確に投げ入れていった。
「器用だのう、お主」
「ふふん。意外と投擲術は農業で役に立つんだっつーの。田植えだって苗を投げてできるぜ」
ゴマ油をたっぷり入れた巨大な釜は、下で炭を炊いている──ように見えるが、実は貼り付けてある炎熱符で温めている。
それに入れられた天ぷらを、上背があるため上から見やすい新六が順番にひっくり返し、そして網ですくい上げる。見た目通り頑健な体をしていて油跳ねや熱気を苦にもしない。
「よいしょー」
「火傷に気をつけるのだぞ。冷水を用意しておるから、いざという時は冷やせ」
「あ、はい。頑丈さだけは取り柄なので……」
彼の太い指などは天ぷら油が跳ねようとも痛痒も感じなかった。
新六が掬った天ぷらは一旦紙を敷いた皿の上に乗せられる。皿は何枚も用意されていて、次々に盛られていった。
その紙で油を切った天ぷらを、石燕が器用な手付きで曲げわっぱに詰めて、上から塩を振る。曲げわっぱとは弁当箱やお櫃にも使われる木製の簡単な箱で、蓋を閉めて重ねることができる。
「ううぷ……大量の天ぷらを扱っていると、食べもしないのに胸焼けしてくるね……」
「夕食はさっぱりした物と酒をたらふく飲ませてやるからのう」
最初にいっぱいになった曲げわっぱを、立派な裃を着た役人が受け取って江戸城に運んでいく。
あれはまず将軍の朝食になる分だろう。二十枚のうち十九枚は毒見役などが食べて、一枚だけ将軍の膳に上がる。とはいえ毎朝、朝食の時間は朝五ツ(午前八時頃)と決まっている。まだ一刻は先である。
というのも、料理ができてから将軍の口に入るまで、毒見だの盛り付けだので一刻(二時間)は掛かるため、毎朝江戸の賄方はこの時間に作っている。
吉宗は毎食を一汁一菜と決めているので、この日は天ぷらに飯、漬物と味噌汁が提供されることになる。
それはさておき、将軍が食べるまで追加生産を待っている暇はない。次から次に揚げねばならないのだ。
九子たちはそれぞれがプロフェッショナルのような鮮やかな手付きで、ただの桑の葉が右から左に流れるだけで天ぷらになって箱に詰められていく。その無駄のない手際を見て警備している同心や、見ている民衆からは感嘆の声が聞こえた。
片面だけに衣液を塗った桑の葉を揚げるのは二分程度でいい。更に巨大な釜なので、一度に五十枚は軽く揚げられる。手間込にして、五分で五十枚が揚がっていくという手際だ。
単純計算で五十分に五百枚。六千枚作るのに十時間。
「はっはっは。見よ、普段は城勤めと威張っておる侍が、蟻のように天ぷらをせっせと運ぶのはちと面白いのう。己れたちは流れを途絶えさせぬよう飲食は片手間に済ませるのだ」
「果てしない仕事だよこれは!」
一番体力の無い石燕だけは、用意した椅子に座って机の上でひたすら天ぷらを箱に並べるという消耗の少ない仕事をやらせているのだが、それにしても終わりが見えない。
もっと準備期間があるか、九子の人脈が広ければ道具を複数揃えて大釜二つか三つで作るという手もあったが、最低限の用意しかできなかったのだから仕方がない。
一応、雨や日差しの対策で大きな野点傘(茶店などに置かれている屋外席用の傘)を設置していたり、片手で食べられる焼きおにぎり、竹筒の水筒には冷水で薄めた酒もドリンク代わりに用意していたりした。
それでも、
「ひーん! 天ぷらはもう懲り懲りだよ~!」
「石燕が痛い目を見たお調子者みたいなことを言っておる……頑張るのだぞ。温泉温泉」
「温泉~」
「なんか僕が面倒事持ってきたみたいでごめんね! 皆さん!」
「おいそっち揚がってるから早く掬っていけィ!」
泣き言を漏らしながら作業をする石燕を励まして、一同はひたすら天ぷらを揚げていくのであった。
それを見物していた麹町の古老は、プルプルと震えながら彼らを賞する。
「おお……見よ、あの洗練された動きを……あれこそ御仏が遣わせた、天ぷらを作るために生まれた天ぷら一味じゃろうて……」
「違うんですけど‼」
四人は一斉に老人に向かってツッコミを入れた。仕事だから仕方なくやっているのであって、天ぷら作りを生業にしているわけではないのだ。
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天ぷら一味の不断の努力によって次々に天ぷらは作成され、途中から更に生産量は上がった。
「九子、先生、手伝うの!」
「水臭いですよ頭領! 自分ばっかり九子姐さんに褒められようとして!」
「おれたちも手伝いますよー! そして九子姐さんに褒められたい!」
店の方からお房と覆面の忍び、佐助と才蔵が屋台を持って手伝いに来たのだ。将軍への御進物ということで怯んでいたが、身内や自分らの頭領が頑張っているというので勇気を奮い立たせてやってきた。
なお忍びたちは店で働いている四人とも九子に褒められたくて来たかったのだが、店にも客は大勢来ているので空けるわけにはいかずくじ引きで決めて二人がやってきたのだ。
屋台で作るのでどうしても大鍋よりも効率は落ちるが、それでも天ぷら作りに手慣れた忍びが二人追加されたことによって予定の十時間から二時間繰り上げて、昼八ツ(午後二時頃)には六千枚もの天ぷらを納品し終えた。
見届けていた役人も曲げわっぱに詰め込まれる天ぷらを数えており、曲げわっぱの数も予め申告して確かめられているので数が揃ったことは把握していた。
「これにて六千枚、納品終了でございます」
九子が役人に報告すると、彼は鷹揚に頷いてそれを認めた。
「ご苦労。いずれなんらかの下知があるだろう」
「ははあ」
別にお褒めの言葉も今となってはあまり必要無いのだが、と九子は思いながら気のない返事をした。
元々、吉宗のサインが欲しかった理由は宣伝である。しかしこうして江戸の中でも栄えている町の、江戸城に繋がる門側でパフォーマンスのように天ぷらを納品しまくったことで既に九子の天ぷらは江戸中に知られている。
知名度が上がりすぎた、とも言えるかもしれない。九子はこれからの忙しさを想像して、今から疲れたような表情になった。
「つーかーれーたーのー」
お房がぐったりと項垂れているのを、九子は微笑んでから「よいしょ」と持ち上げて肩車してやった。
「よーし、それでは片付けして撤収だ。それから石燕の家で打ち上げ会な」
「私の家でかね⁉」
「仕方無かろう。一軒家で、独り身で、騒いでも平気そうなのお主のところぐらいなのだから」
店で宴会をしては近所迷惑だし、嫁も子供もいる甚八丸の家は申し訳ない。ということで石燕の家に決定されてしまった。
「あのー、僕も参加するの? ちょっと迷惑にならないかな……」
巨体の新六が似合わないぐらい控えめに手を上げてそう聞いたので、九子が背中をバシバシと叩いて告げる。
「いいであろう別に。御庭番とて仕事上がりが無い訳ではないのだから。気にするでない。酒はたっぷり用意しておいてやる」
「うわー……僕、友達とか殆ど居ないからこういうのに呼ばれるってなんか嬉しいなあ」
編笠の中からそんな物悲しいことを言う新六の体を、忍びたちがポンポン叩いてやった。その気持ちがとてもよくわかるのだ。
「おいおい、気安くしやがって。一応そこの川村様は俺らと違って立派なお侍様で、公方様直属の御庭番だぞ?」
巨体の割に腰が低いので新六へ気軽に接している手下たちに甚八丸が一応注意する。
御庭番、というと隠密仕事を行う、表には知られない闇に生きる者たちという印象があるが、実のところちゃんと名前も禄も公表されている武士である。
そう言われた佐助と才蔵は目を輝かせた。
「すっげー! 今のご時世、ちゃんとしたところに就職した忍びなんだ!」
「俺、正規の忍びって初めて見た! 手裏剣とか投げたことあります⁉」
「どう見ても忍んでいるという体型ではないがのう……」
「いや本当、僕大したことないから気にしないでください。上様の狩り場でたまたま昼寝していたら、イノシシと間違えられて銃で撃たれたあとぶん殴られて、それでなんか悪いことをしたなあって上様が特別に召し抱えてくれただけで……」
「微妙に悲惨な就職の仕方だ!」
「よく死ななかったのう」
そんなわけで一応新六は武士という立場なのだが、武家に生まれたわけでも無いため腰が低く、むしろ自分が他人に無礼をするんじゃないかとおどおどしているのであった。
上様の一声で雇われた何処の馬の骨とも知れないにわか武士なので、他の武士に侮られることもあったが……陰口程度ならともかく対面して身の丈八尺、体重百貫(約三百七十五キログラム)はありそうな巨体相手に喧嘩を売る者は殆ど居なかった。
「まあ苦労話は酒でも飲みながら聞くとしようかのう」
その前に片付けをすることにした。と言っても、見物に来ていた馴染みの問屋などに後始末代込で道具を払い下げていく。揚げ古した油も、当時としてはまだ利用価値があるので回収される。
甚八丸は口笛を吹くと何処からか鷹を呼んで、飲み会に出る旨を書いた文と余った天ぷらを包んだ風呂敷を結んで足に付けて飛ばした。
「鷹を操っとる……」
「畑を荒らす獣とか雀追い払うのに使ってんだ。前は鷹狩りが禁止されてたからよう。放された調教鷹がちょくちょく居てな。とっ捕まえてうちで飼ってる」
五代将軍綱吉の頃には鷹狩りが殺生にあたると禁止され、維持にコストの掛かる鷹は野に放されることもあった。江戸近郊で農地を持っていた者は殺生の罪に怯えていたため、野犬などを飼いならして害獣を追い払っていた。甚八丸の場合は鷹である。
一行は道中、上酒の酒樽や屋台でつまみとなる食べ物などを買いつつ石燕の屋敷へと行った。天ぷら作りのためにあちこちで支度金をばら撒いたが、まだ半分は残っている。高い酒飲み放題だと言うと、皆は大いに喜んだ。
表から石燕を先導に、お房と九子が入る。
「……どことなく掃除が行き届いてないの。子興さんは居ないの?」
石燕と同居している弟子の娘が普段は家事をしているのだが、彼女の気配が無いのでお房が尋ねた。
「まだ久里浜で捕まっているのではないかな。私の代わりに」
石燕が久里浜で怪しげな集団の酒を抜く奇習に巻き込まれた際に、同じく弟子も捕まったのだがどうにか逃げ出した石燕は残してきたらしい。
「……洗濯物が溜まっておる。これは押入れに放り込んでおけ」
「先生、家事の腕前を散々自慢していたのに……」
「やればできるのだよやれば! やらないだけで! 片付けは創作的じゃないからね!」
そう言って入っていく三人を、男四人は入り口の土間で立ち止まって見送った。
そしてヒソヒソと佐助と才蔵が口火を切って相談を始める。
「な、なあ。おれ、女の人の家に案内されたの初めてなんだけど……」
「俺も……都会ってこういうこと普通にあるの⁉ 凄い緊張してきた……なんか女の人特有のいい匂いする……」
「おいおい童貞共、あんまり意識しすぎるんじゃねえぞ。おめえらなんか自動天ぷら焼き人形甲と乙ぐらいにしか思われてねえんだからよ。すぐに童貞って勘違いするからやーねぇ」
「童貞童貞言わないでください!」
「おれだってねえ……! 最近の稼ぎがあれば遊郭で……!」
「ハァー! 無駄無駄ァ! 夜鷹に声掛けたのに怯えて逃げ帰ってきたのは才蔵きゅんでちたかぁ~?」
「そ、それは佐助だ!」
「なっ! お前なんか舟饅頭(舟を行為場所にする夜鷹)に乗ろうとしたのに怖くなって水遁の術で逃げただろ!」
「ま、まあまあ。とにかく上がらせて貰いましょうよ。お酒も置かないといけないし」
新六が仲裁して、腰を屈めながら家へ上がっていく。片手に酒樽を軽々と担ぎながら、窮屈そうに奥へ進んだ。身の丈八尺の巨人にとっては、平均身長が五尺程度な江戸の町はどこも小さく感じる。
ヒソヒソと後ろから声が聞こえる。
「見ろ! あの余裕な態度! ありゃぜってえチンチンでっけえぞ」
「くぅー……お侍様は余裕だなあ……きっとモテるんだろうなあ。相撲取りってモテモテだって聞くし」
(全然モテないんだけど。ブタ顔だし)
新六はため息混じりに、編笠の中で息を吐いた。そもそも見た目が特異すぎて、滅多なことで江戸城の外に出ることもない。辻斬り探しの任務も夜間だけであった。女性と接点がなさすぎる。
頼もしい態度に見える新六について、甚八丸たちも家に上がる。
「こっちだこっち」
と、九子の声に従い、縁側に面した広い部屋で飲み会をすることにした。
縁を開けっ放しにして開放感を出すことで、巨漢二人がいる窮屈感を軽減させる目的もある。
酒樽と柄杓、酒盃を用意して食い物を部屋の中央に置いておく。
九子が頷いて座った男たちを見て告げる。
「よし、乾杯……と、いきたいが油と埃でベタベタするから、己れらはまず風呂に入ってくるので、お主らだけで先に飲んでいてくれ。風呂から出たら参加するからのう」
石燕の家には江戸では珍しく風呂がある。普段は弟子に風呂炊きをさせているのだが、九子がいるのならば術符で簡単に風呂を用意できるのだ。
そのとき。
男たち……佐助と才蔵は「風呂」と聞いてビクリと体を震わせた。いや、震わせるどころか座りながらゴム毬のように跳ねた。
一度跳ねてから九子が何事も無かったように宴会の場を去っていくまで、二人は身じろぎもしなかった。覆面の奥にある目も瞑られたまま、光を灯していない。そして同時に、ぼそりと声を出した。
「……頭領」
「馬鹿野郎……! 妙なことを考えるんじゃあねえ……動いたら殺すぞ」
「嘘だ! 頭領が一番助平で、覗き魔なのに!」
「大奥ですら忍び込んで覗きをしてきたって豪語していたあんたは死んだのか⁉」
「見つかったら三人揃ってうちの嫁に殺されるわ! お得意さんができたって喜んでるんだぞあいつ!」
甚八丸の嫁と九子の初対面は余り良く無かったものの、差し入れされた天ぷらが美味かったことと十両の大金を仕事賃としてポンと渡してきたことで、関係を続けたい取引先だと思われるようになったようだ。
そんな取引先に、自分の旦那やその手下がセクハラや覗きをしたら。鬼のようになった嫁が包丁を投げつけ振り回してくる姿は容易に想像できた。甚八丸の家は嚊天下なのだ。甚八丸の嫁は投剣術の達人であり、包丁であっても十間(約十八メートル)の距離から百発百中で当ててくる。
「俺たちなら絶対バレないようにやれますよ頭領……!」
「そのために忍びの技を磨いてきたんだ……!」
「覗きのために⁉」
新六が軽く引く。彼は別段覗こうなどという気はサラサラ無く、男たちの異様な熱意に冷や汗を掻いていた。
そんな若者たちを甚八丸は根気よく説得する。
「そりゃ俺様だって江戸城の大奥だろうが伝馬町の女牢だろうが、覗きに忍び込めるぞ? だが相手が悪いってもんだろ。九子って姐ちゃんはマジの天狗らしいじゃねえか。バレたとき危険すぎる……」
甚八丸もやたら羽振り良く取引をしてくる九子について、手下や情報網を使って調べたところどこの生まれとも判らないものの、何名かには天狗と名乗って奇妙な術を使うらしいことは把握していた。
「天狗なんて迷信ですよ!」
「空でも飛ぶっていうんですか?」
「あ、そういえば江戸城の上を飛び回ってたのってあの九子さんだったんだ。なんか見覚えがあると思ったら」
「飛んでるところの目撃者がここに⁉」
「ともかく! おめえらの監督責任ってもんがあるから行かすわけにはいかねえ!」
「見損ないました甚八丸さん! これ絶縁状です!」
「俺も! これで俺たちが勝手に覗きしても、迷惑掛からないですから!」
「なんでおめえら懐に絶縁状入れて持ち歩いてやがるんだ⁉ 常に俺様と絶縁しようとか思ってたのか⁉」
などと言い合っていると、宴会部屋に声を掛けながら九子が戻ってきた。
「おーい、石燕がどうしても風呂で酒が一杯だけ飲みたいと──」
全裸で。
「うおおおおおお‼」
甚八丸が吠えると同時に、ふんどしから取り出した袋を七輪に投げ込んだ!
すると瞬時に発火、爆発的に内容物が飛散すると同時に空中に留まり煙となった! 特製の煙玉である!
「ぎゃああああ‼ くっさあああ! 鼻がもげたああああ!」
「ごほっごほっ目に滲みて……! 目がアアアア‼」
「おえええええなにこれ……」
佐助と才蔵は頭を抱えて悶え苦しみ、縁側近くにいた新六は這って外へ顔を出した。
「ふっ……俺様特製の煙玉……胡椒と狼の糞に俺様の屁を混ぜたものだ……」
「これ甚八丸! 屁を撒き散らすでない! 酒が不味くなる!」
「うるせー! 誰のせいだと思ってやがる!」
九子は迷惑そうに煙をかき分けながら、裸のまま部屋に入って酒と徳利を取る。甚八丸もその場でブリッジして九子を見ないようにしていた。
「別に見られて減るわけじゃなし」
「減るんだよ! 俺様の寿命が! もりもりと!」
「はっはっは照れるな照れるな。部屋はちゃんと換気しておけよ。うりうり」
「アヒィーッ! アヒィーッ!」
ブリッジしている甚八丸の脇腹を足指でくすぐってから九子は笑って部屋を出ていった。
「くぁああ……あのメス天狗め……いずれ、きゃいんと言わせてわからせてやる……!」
「な、なにをわからせるんですか?」
「なんかをだ!」
甚八丸はそう固く決意するのであった。
とりあえず男たちはしょぼくれながら、甚八丸の煙玉で汚れた室内を掃除することから初めた。
……とはいえ、その後湯上がりの美女二人(と、お房)相手に飲み会をやって、男たちは大層楽しんだようだったが。
「フフフ新六くん! その隠した顔はどうなっているのかね⁉ やはり妖怪なのかね⁉」
「うわあ酔っ払って凄い絡んでくるこの人!」
「くぅー……! ズルい! あれが正規雇用のモテ度……!」
「大手の力なんだ……!」
「いや、石燕がアレなだけだぞ」
石燕などは明らかに人間を越えている体格で、顔を隠している新六に絡んでいった。妖怪の類だと思っているらしい。
「ちょっと顔を見せたまえ! こっそりでいいから!」
「もー……女の人に見せると怖がられるから嫌なんだけど……」
新六は諦めたように、部屋の隅に行って編笠をそっと開けて石燕──と、興味深そうに集まってきていたお房、忍びたちに素顔を見せた。
そして一同、思ったより厳つい妖怪顔に口を半開きにする。豚や猪と人間を融合させたような顔をしているのだ。
「うわ……本当に妖怪みたいなの」
「これは……モテなさそう」
「モテない忍びの集いに入ります?」
「男ってのは顔じゃねえから気にするなよ……」
「むむむ、これは間違いなく獣憑きの相貌ではないか。ちょっと家系がアレなのだね君は」
「ううう……同情されてる……」
肩を落とす新六である。
「これこれお主ら。当人が気にしておる顔を無理やり見るものではないぞ」
新六の顔は見ないまま座って酒を飲んでいた九子は、他の者を諫めるのであった。
彼女からすれば異世界ではそれこそ、かなり変わった風貌の人種が数多く存在していたのだ。そんな世界で長く暮らしていたので、身の丈八尺あろうとも個性の一部だと思ってあまり気にならない。
「ほれ、新六や。飲め飲め」
「は、はあ。ありがとうございます」
九子が酒をお猪口ではサイズが小さいので鍋に入れて新六に渡してやった。編笠を手で押さえて口元だけ出してぐいっと飲む。
「己れの古い友達にもお主ぐらいデカいやつがおったが気のいいやつで、皆から好かれておった。お主もいいところをわかってくれる友達がたくさんできるはずだ」
九子が優しい顔で慰めのようなことをいうので、新六は面映ゆい気持ちになって編笠の上から頭を掻いた。
新六には家族も親戚も居ない。故郷も無くて同郷人すら居ない。たまたま吉宗に拾われて社会的立場を手に入れたから僅かながら人間関係を得たが、それも友人というには身分が違うものばかりだ。
だからこうして町に出て、顔は不気味がられたけれど……それでも九子のように励ましてくれる人がいるというのは、ありがたいことに思えた。
「そうなるといいなあ……」
染み染みと彼が呟くと忍びたちが大げさに反応した。
「あっ! おれたちはもう友達だよ!」
「顔がブサイクだからって友達にならない理由は無いから!」
「おめえらもモテねえツラしてんだから仲良くしろよ」
「キェー! 美人の嫁さんがいる頭領は敵だ!」
「実はチンチン小さい癖に!」
「ぬああああんだとおらああああ‼」
「はっっはっは。騒がしくていいのう」
九子は楽しそうに酒を飲むのであった。
宴会は夜中まで続き、忍びたちはそのまま泊まるほどの勇気が無かったので帰宅し──他の忍び仲間たちから自分たちばかり好い目を見たと嫉妬され喧嘩になったという。
新六も夜半に江戸城へ戻っていった。一応、御庭番として夜間の出入りは許可されているから大丈夫なのである。
九子とお房はそのまま石燕の家に泊まることにした。石燕一人では飲み会の片付けもできなさそうだったからだ。
こうして、天ぷら献上事件の一日は成功し、何事もなく終わっていった。
すっかり夜更かしをして、お房などうつらうつらと眠そうにしながら三人で布団に並んで寝転がり、寝る前に話をしている。
「それにしてもこれから大変だよ九子くん。なにせ将軍御用達の天ぷら屋になってしまったではないか。また忙しい日が続くのではないかね?」
「大儲けするからいいの」
「しかし房の教育もあるのだから程々に休んだほうが……あと温泉旅行……」
そう石燕が心配する。彼女は本当に心配しているのは後者のほうだろう。しかし九子の方も、近頃は忙しさをどうにかするために考えを巡らせていた。
「なあに、流行りとは廃れるものだよ。そう心配するでない」
どこか悪戯っぽい天狗の表情に、お房はやたらと不安になった……
******
この後、江戸の町にて桑の葉天ぷらは更に大評判となった。
これを食えば天神様の雷は落ちず、将軍にも献上された程だ。滋養効能に関しては本草学者のお墨付きで、味は「天ぷらなど庶民の食い物」と馬鹿にした武士たちも家来に命じて店に買いに行かせるようになるほどだった。
九子の店はまさに栄華の極み、江戸の名だたる飲食店の頂点に近いほど有名になっていった。
だが、その評判がガクッと落ちる事件が起きた。
ある日の昼間だった。雨こそ降っていなかったが薄暗く曇っていた日中──ゴロゴロとした雷鳴が鳴り響いて、江戸の誰もが空を気にしていた。
雷が鳴っているが、まさか落ちないだろうか。いや、自分は天ぷらを食ったから大丈夫な筈。そういったことを考えながらもやはり気になる。
そうして多くの人が空を見ている中で、なんと江戸城に雷が落ちたのである。
けたたましい音を立てた光の筋が、城の櫓に落ちるのをはっきりと大勢が見た。
幸いなことに火事も怪我人も出なかったが、あれだけ大量の天ぷらを江戸城に勤める者たちが食べていたというのに、雷除けの効果も無かったかのような落雷。
「こりゃ、天神様から身を守るってのはウソだな」
「いやいや、商売っ気を出しすぎてバチが当たったんじゃないか」
と、笑い話のように噂され天ぷらの評判は落ちていった。
言ってみれば単に美味いというだけでなく、願掛けとして食べることが重要だったのでそれが効かないとなれば熱も冷めてしまう。こういった噂もあっという間に江戸中に広がってしまった。
折しも五月となれば五月雨の頃、梅雨時期なので客足も遠のき、屋台も出せなくなる。
九子の店は暇とまでは言わないが、程々の客数に戻ってきた。
今は手伝いの女房も雇っておらず、屋台も出せないので忍びたちも休業だった。
もちろん、天ぷらの味が良いのは変わらないので、前から通っていた近所の者や新たな常連が来るようになり、天ぷら騒動前に比べれば黒字は増えている。
「あー、もう! なんで雷が落ちちゃうの!」
お房は空前の大繁盛が消えてなくなったのを、頬を膨らませて文句を言う。
今から客寄せをして巻き返そうにも天気が悪い。梅雨も過ぎればすっかり天ぷらの評判は元に戻らなくなっているに違いないし、季節的に桑の若葉が採れなくなるため出せなくなる。
九子は店のやっと座れるようになった文机の置いている指定席にて、だらけながら酒を飲んでいる。
「まあ、そんなこともあるだろうのう」
その隣で似たような机に石燕も徳利片手に突っ伏していた。九子の真似をして机を用意していたのだ。
「温泉~温泉~……」
残念なことに彼女の温泉旅行は梅雨が明けるまでお預けとなっている。雨の降る中飛んで連れて行っては彼女の体が持たないからだ。
「もう。静かになって良かった、みたいな顔して。また次の品を考えるの」
「暫くはのんびりでよい。金は十二分に稼いだのだからのう」
毎日何両もの儲けが出ていたのだ。一年は遊んで暮らせる額は余裕である。
九子が穀潰しで自堕落な生活をしていても、そうするだけ店に利益をもたらしたのだから堂々と怠けていた。
(次の品を出すにしても、程々の儲けにしておこう)
さすがに今回の、思いつきから天災を煽り、信心につけ込むような形で儲けたのは健全な商売ではない。
「それにしても、お上は騙されたって怒っているんじゃないか心配ですよう」
板場からお雪がそう告げてくる。六科は相変わらずなにを考えているか判らない真顔で「うむ」と呟いた。
九子は安心させるように軽く手を振る。
「大丈夫だろう。なにせ上様が横車を押してまで皆に天ぷらを食わせたのだぞ? 効果が無かったなんて話になったら面目が潰れてしまう。恐らくお上は『雷は落ちたが、天ぷらのおかげで被害は出なかった』といった風に話を持っていくはずだ」
「それでも、もしお叱りかなにかでお役人が来たら?」
「そやつらに雷でも落としてやれば二度と来るまい」
ケラケラと笑って九子は酒を飲んだ。
彼女の言う通り、江戸城では侃々諤々に論争が起こり、天ぷら屋を引っ立てるという話も出たのであったが、雷による被害を免れたことを前面に押し出した吉宗によって沈静化された。
結局のところ、効果が懐疑的だというだけで本当に効果が無かったのか判断がつかないのだ。これで九子に文句を言いに出向いて、役人が雷に打たれでもすれば目も当てられないことになる。
そうなれば誰が責任を取るのか、という話になった場合に身動きが取れなくなるのはいつの時代の役人も同じである。
なお天ぷらの味自体はほぼ全員に好評であったので、大奥では『作った娘を大奥に入れてほしい』とかなり真面目に吉宗へ請われたという。
しかしながら大奥の人数を減らす改革をしている吉宗は『そういった者を市中から召し上げれば、天ぷらを楽しみにしている町人らが困るであろう』と言って九子の大奥入りは避けられた。
そう言いながらも吉宗は配下の御庭番に命じて、九子の素性を調べさせたのだ。新六以外の御庭番は優秀で、たとえ無宿人であっても生まれた土地や前に仕えていた主などを簡単に調査できる。
ところが九子に関しては「まったくの詳細不明」であり、「本物の天狗の可能性あり」とまで御庭番が報告していた。九子はそこまで厳密に術を隠していないので、浮いていただの、札を燃やしていただのといった目撃情報は集まったのだ。
多少興味あれども天狗を大奥に入れるわけにはいかないと思う吉宗であった。
「それに、あの天ぷらの流行りは早いうちに廃れて良かったのだ」
「どうしてなの?」
「単純な話だが、房子や。この天ぷらにした葉っぱを食って、本気で雷除けになると思うかえ? 雷鳴が鳴り響く中で散歩していて安心できるかのう?」
九子がつまみの天ぷらを一枚取ってお房に見せながらそう聞いた。
彼女はやや考えて応える。
「それは……桑腹なんて言い出したのは九子からだけど、駄洒落なの。桑畑だとか、地名の桑原だとかに雷が落ちないって迷信があるだけで……桑を食べればなんて話は作り話なの。じゃあ落ちるの! 雷! 普通に!」
「そう、別にこんな食い物に雷除けの根拠なんて無い。食ったところで雷は落ちる。だが流行っている間は、江戸の庶民だけでなく学のある武士、将軍すら『雷除けに効果がある』と思い込んでおったわけだ。熱狂的な流行というのは、そういった常識すら忘れてしまうから恐ろしい」
「効果が無いとして、なにが問題なの?」
「誰か偶発的に雷に打たれて死ぬとかして『実は効果がなかった』と噂が広まるとしよう。そうすると命に関わることで騙されていたと大きな反発を生んでしまう。今回ぐらいの、雷は落ちたが被害は出なかった、効果は無いのかもしれないぐらいで廃れてしまった方が大きな騒ぎにならんでいいのだ。己れは天ぷらで雷除けの保証などできぬのだからのう」
雷除けの祈願程度ならまだしも、熱狂的な流行によって本気で江戸の人々は、天ぷらで雷が防げると信じてしまっていた。当時は信心深く、九子のセールストークも詐欺的に上手かったのだ。
流行が廃れた今ならば誰かに雷が偶然落ちて死んだとしても「やっぱり噂通りで効果無かったんだな」と多少悪評が立つ程度で終わるだろう。願掛けに絶対的な効果を求められても困ってしまう。
したり顔で言う九子を、お房はジト目で覗き込んだ。
「……ひょっとして九子、あんた江戸城に雷を……」
「さあて? どっちでもいいではないか」
笑みを浮かべる九子は、どことなく妖艶であり性悪な女天狗だとお房は感じた。
しかしそんな女天狗が、僅か一ヶ月で店を繁盛させたのだからなんとも言えない。
彼女といればまた儲け話が生まれるだろうし、手放すには家に馴染みすぎたのでお房は「もう」と仕方無さそうに言うだけであった。
「ほれ、客が来たぞ」
九子が促すと、暖簾が動いて新たな客が入ってきた。
「いらっしゃ──なんだ利悟さんなの」
「この流行りに釣られたにわか客どもとは一線を画す……お房ちゃんの常連へ向ける気安さ! 癒されるなあ」
「無敵かこいつ」
入ってきた同心の利悟は相変わらず幼女から話しかけられるというだけで幸せそうな顔をしていた。
閑古鳥の鳴いていた店に居着いていた常連なので以前はお房も多少は愛想を見せたのだが、今となっては店に取って利悟の価値は低い。塩でも撒こうかとお房は真剣に考える。
それはさておき、利悟は重箱を取り出してお房に渡した。
「なにこれ? 心なしか変な匂いするの」
「拙者が渡したってだけで酷くない? 奉行所の同僚たちが天ぷら買ってきてくれっていうもんで、これに詰め込めるだけ詰め込んでくれるかい? 今月は非番で書類仕事ばっかりだから皆美味しい物が食べたいって愚痴っているんだよね」
江戸の町奉行所は北町奉行所と南町奉行所があり、月代わりで役所を開いていた。閉めている方の奉行所は非番であるが、その間に前月持ち込まれた訴訟などのデスクワークを行う勤務になっている。
「利悟さんはどうでもいいけど、八丁堀の旦那様方がお客になってくれる分は助かるの」
お房が重箱を持って厨房へと行く。六科とお雪は心得たように天ぷらを揚げる。大忙しだった頃に鍛えられて、すっかり二人とも天ぷらを上手に作れるようになっていた。
「それにしてもお主……仮にも同心、武士だというのにそんな使いっ走りのような……」
「お房ちゃんとお九ちゃんに会うためなら使いっ走りでもなんでもするのさ! あ、拙者には天ぷら蕎麦ひとつ」
「うむ……蕎麦が切れていた。出せない」
「蕎麦屋じゃなかったのここ⁉」
「お主、死んだ嫁の蕎麦屋を大事にするとかそういうアレだったろう⁉」
利悟と九子がむっつりとした六科にツッコミを入れた。
最近天ぷらに押され、天ぷらを飯の上に乗せた簡易天丼が手軽だったので微妙な味の蕎麦は影が薄く、梅雨時期なので蕎麦屋台の者も買いに来なかったので生産も滞っていたのだが。
「というか己れが監督せねばすぐにサボってしまうのうお主……」
「むう」
「そろそろ夏か。蕎麦の粉代が上がるから仕入れも考えねばな」
夏蕎麦は犬も食わない、という言葉もある通り夏の時期に収穫される蕎麦の実は味や香りが悪く、量も少ないため値段もあがる。いっそうどんにしてもいいかもしれない。
「そうだ、お九ちゃん」
「なんだ?」
「……なんで警戒してその物騒なでっかい刀をこっちに向けるのかな?」
「いやさり気なく話しかけつつ胸を揉んでくるかもしれんと思って」
「違うよ! 聞きたいのはこの店──奉行所でも『天ぷら屋』とか適当に呼ばれていたけど、この店って屋号とかあるの?」
「店の名か?」
九子は六科の方を見ると、彼は頷いて告げる。
「うむァ」
「どういう意味の唸り声だそれは。房子、店名はあるのかえ?」
「ええと……実は知らないの」
お房は困ったように石燕を見るが彼女も首を振って言った。
「ふむ。そういえば前から無かったようだね。『むじなの蕎麦屋』とか呼ばれていたが、これでは妖怪話のようだね! 赤坂あたりに伝わる話なのだが、狢が化けたのっぺらぼうの蕎麦屋が人を驚かすとかいう」
「あまり縁起のいい名前ではないのう」
妖怪蕎麦屋だと噂されては売上に響くかもしれない。天狗が関わっているのは仕方がないとしても。
六科も店名には無頓着なようで、特になにも決めていないようだった。
「じゃあ九子が名付けたらどうなの?」
「己れが? 居候だぞ?」
「でも正直な所、お父さんより圧倒的に九子の方が店の主っぽいの」
「まあ……そうだね。九子くんの店って感じだとも」
「六科様のことは尊敬していますけれど、そうですよう」
「うむ」
「本人すら頷くのか……ふうむ、しかし己れが決めると言ってものう……『九郎屋』とか?」
「なんか苦労しそうなの。っていうか誰なの九郎って」
「己れの、昔の男の名だが」
女体化前の名のことである。九子のサラッとした言い方に勘違いしたお房と利悟が吹き出した。
「駄目なの! 昔の男の名前を使うなんて重たい女丸出しなの!」
「寝取られやんけーっ!」
「寝てから言え。しかしそうするとどうするかのう」
九子とてあまり名付けに自信があるわけではない。彼女が悩んでいると、石燕から助け舟が出された。
「ではこれはどうだろう。この店は九子くんに助けられて生まれ変わったわけだ。故にお助け人の店ということで、『助屋』というあたりでは」
「助屋か……なるほど、いいのではないか? どっかの牛丼チェーン店と似た響きで言いやすいしのう」
「ちなみに『助』とは他人の酒を飲むことも意味する!」
「あ、これ。己れの酒を飲むでない」
石燕がぐいっと酒を飲んだあと、紙と筆を取り出して、大きな紙に『助屋』と文字を書いた。
「これを看板屋に持っていけば作ってくれるはずだよ。フフフ鳥山石燕の筆で天狗の店を飾れるとは妖怪絵師冥利に尽きるね!」
「まあ、ありがとうよ」
苦笑しながら九子はその屋号を受け取ることにした。
──江戸にある、小さなめし処『助屋』の九子。
寄る辺もなかった彼女は、店と立場をこうして得ることができた。とはいえ、店主は変わらず六科だが九子はさしずめ口出しするご意見番の隠居といったところか。
サボる気は満々であるが改めて江戸に根を張ったような実感を九子は噛み締めて、感慨深い気持ちになった。
「この歳になってから己れの店ができるとは……なんとも胸が熱くなるのう……」
「九子、揉まれてる! 胸を揉まれてるの!」
「胸が熱いとは……異変かもしれない! 駄肉め! 悪さをして!」
「……」
九子が目を瞑って思いに耽っていたところを利悟が善意で胸を揉みまくっていた。
気分台無しであった。
揉む行為が助平心ならば多少は理解できるので許せる。チラチラと見てくるバイトの忍び連中だって、頼んでくるなら一回ぐらい揉ませてもいい。だが利悟は忌々しそうに、恩着せがましく、意味不明の義務感で九子の胸を揉むのだ。
不気味であり、イラッとする。
「利悟。ちょっと外に出てくれるかえ?」
「ああっ! 拙者をまた雷に打たせようとしてるよね⁉ 次打たれたら死ぬ気がするから嫌だよ⁉」
「外に出て一町ほど走り、戻ってきたら膝枕してやろう」
九子が思わせぶりに唇に指を付けて指示すると、
「はい! 外に出ます! うおおお‼」
利悟は店から飛び出して走った!
(大丈夫だ! 自分は雷除けの天ぷらを食べたのだから! そう信じてい──)
利悟にドデカい雷が落ちて彼の心の臓は直ちに止まった。
店の外に居た覆面の小者が恐る恐る倒れた利悟の脈を取る。
「死亡確認──」
首を振ってそう呟いた。その覆面に九子は声を掛ける。
「おーい、お主。利悟の代わりに奉行所に天ぷらを持っていってくれんか」
「あ、はーい」
「うむうむ。お駄賃をやるぞ」
「わーい」
九子が外に出て重箱を覆面に渡し、まぶしそうに空を見た。
先程まで雨が降っていた梅雨空は一時の晴れ間を見せていた。
これまでの人生で九子は多くの者を置いてきてしまった。日本にいた家族。異世界でつるんだ仲間。孫娘のような魔女。そうする度に虚無感が湧き、生きる気力を失いかけていた。
だがこうしてまた晴れるときも来るのだ。生きている限り、失った分は得るものがある。悲しみも喜びも生まれては消えていく。
「やれやれ、異世界から帰ったら江戸だったのであるが、もうちょいと生きてみるとするか」
──これは、江戸にやってきた不思議な力を使う女天狗が。
店を繁盛させたり、悪党を退治したり、新たな友人と出会い、酒を飲んで美味いと笑い、遊び歩いて長い人生を送ることになる物語。
男でも女でも、未来でも過去でも、異世界でも平行世界でも、好きでも嫌いでも、生きている限りその物語は続いていく。
RE江戸を読んでいただいてありがとうございます!
まだハナシは続くんですが、キリの良いところで一旦完結させていただきます!
なんでって書籍版コピーしてるとはいえWEB用に改行調整やらルビ外しやらしていて三箇所マルチ投稿すると意外と大変で…
そしてアルトザダイバー2巻の仕事、RE江戸新刊の執筆、確定申告、などが今の時期重なっているので、ちょっと忙しすぎる…
暇な時期になれば2巻分を投稿再開するかもしれませんが、続きが気になったらKindle版を購入していただければ! 実際安いので!
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