プロローグ
「これで主に良い報告ができるな」
「黄柏様、ここは敵方が敗北を認めたとはいえ敵陣営に近い場所でございます。直ちにその場を離れ我々に次のご指示を願います。」
部下の意見は最もだが黄柏は一考した後
「もう少しこの場に留まりたい。一般兵は直ちに撤退し、負傷者は医療班に見てもらうように。黄柏班は私の指示が出るまで周囲の状況を注視しておくように」
「はい!」いつの間にか黄柏との会話を聞いていた班のメンバーが一斉に返事をした。
「どうせお前は私をフォローできる位置にいるのだろう」通信機能の中にカメラは搭載されていない為黄柏の表情は分からないが苦笑いをしている雰囲気は伝わった。
「若、あまりそのように私をからかうのは辞めてください」黄柏の予想通り見えない所で待機してくるのは黄柏班のサブリーダーの亜科弐だった。
「すまない。だが、私がこの場に留まる理由も亜科弐だったら理解できるだろう?」
黄柏はそう言うと少し小高い今回の戦場が全て見渡せる丘で現状を見渡した。
そして、その風景を脳裏に焼き尽くさんばかりに睨みつける。
これは黄柏が戦場を任されるようになってから増えたルーティンだった。
決して己を奢る為でもなく相手を卑下する為でもない。自分が犯した行為を再認識するためだった。
そしてもう一つ
「ああ、今回もお前たちは兵士達を見送るのか」
黄柏は乗っていた鎧から降りその現場に立ち会うために丘のギリギリ先まで進んだ。
鎧というのは身にまとうものではなく、操縦する機械の事を指している。
少し前までは、銃撃戦がメインの戦場だったがある日を境に鎧戦が始まる様になった。
一般兵が操縦するのは汎用型と呼ばれる国内で生産可能な鎧だった。しかし、ある一定の者が操縦する鎧は幻の国が実際に作っている本物の鎧だった。突然その国に現れては鎧の操縦する資格がある者として指名しその者の為だけに作成し販売するのだった。その幻の国の者に各国の首脳陣はあれやこれやと取り込もうとしたが
「あ~そういうの無理っす」と言って跳ねのけているらしい。
そして、その鎧にはすべて同じOSが採用されている。
この鎧の特筆するところはこのOSである。自分の動きを補佐するように判断し能力値をあげることができた。
それと黄柏が不思議に思っているシステムそれが
戦闘終了後コア(ブラックボックス状態)が破壊されていない鎧たちが一斉に搭乗している兵の生存確認をし、死亡している者がいれば機体から排出する。
排出処理を行った鎧は両ひざを付き祈るような形に頭部を下げた後、機能停止状態になる。
黄柏はこれを祈りの儀式と心の中で名づけ一緒にその鎧の様に祈った。そして、振り返り自分の鎧に
「お前も、私が死ねばあのように冥福を祈りながら送り出してくれるのだろうか」
とそっと触りながら呟いた。
「兄さん!」
黄柏が一人で感傷に浸っていると双子の弟の薙華が黄柏と同様の特別仕様の鎧に乗ってやってきた。
どうやら黄柏を探しに来たようだった。
「薙華どうしたんだ?」
黄柏は素早く自分の鎧に乗り込むと薙華に問いかけた。
「いや、上官が兄さんを探していたから僕が見つけてきますって言ってきたんだ。兄さん、ほら不思議な儀式をするでしょ?」
と言いながら薙華は先ほどまで黄柏が見ていた戦場を確認した。
「そんなに感傷的になってもしかたないでしょ?戦争ってそういうものなのだし。こっちも戦わないとあっちに蹂躙されるだけよ」
薙華は黄柏のルーティンが気に入らないらしく不機嫌そうな声が聞こえた。
「それに…」
薙華は鎧を黄柏の方に向けると
「これやったのほとんど兄さんじゃん。今日もすごかったね戦闘獣っぷりが」
鼻で笑うように言った。
「黄柏様、薙華様のお言葉をあまりお気になさらぬように」
秘匿回線で亜科弐が声をかけてくる。どうやら薙華は全ての鎧に聞こえるように回線を開いていたらしい。
「兄さんって巷でなんて言われているか知ってる?『見目麗しい王子でも一度戦場に行けば獣のようにおぞましい軍人』だって。」
世の中って無常だよね~。そんな兄さんのおかげでこの国は平和なのにね。薙華が呟いた。
「でも、そんなかわいそうな兄を持つ僕にも許せないことがあるんだよね…。」
薙華が言葉を続けようとしたとき
「黄柏様、私の鎧にジャミングが入っています。薙華様が何か仕掛けてくるかもしれませんお気を…」
亜科弐との秘匿回線がそこで切れた。
「双子の僕も兄さんと同じように獣扱いされるのが許せないんだ」
「薙華…」
「もちろん僕だってきちんと敵を殲滅していっているよ。でもねぇ~兄さんみたいに下品じゃないと思ってる」
「この戦争でこの国も落ち着くし…。そろそろ兄さんいらなくない?」
薙華がその言葉を発した瞬間に黄柏の横腹に熱とその奥にあったコアが破壊される音がした。
「これ、鎧研究が趣味の友達に作ってもらったんだよね~。コアにジャミング機能をぶち込んで使用不可
にできるかもって。でも、テスト運用してないから学会に発表できないって」
薙華の言葉を聞きながら黄柏の意識が遠くなっていく。
「兄さんの鎧も機能停止してるっぽいし成功かな?詳しいデータはこの武器の中に入ってるらしいから僕も詳しくは分からないんだけどね。」
「じゃあ、僕は上官に兄さんも戦後処理で負傷して行方不明って報告してくるね。あっそうそうこの部位もらうね!」
そう薙華は言いながら黄柏の右肩の鎧をはぎ取るとそのまま丘から蹴り落とした。
「既にコアがぶっ壊れているから兄さんが憧れていたお祈りはしてもらえなくてごめんね。」
そして、はぎ取った右肩をうらがえすとそこには【D34C2C】の黄柏の鎧の機体番号が刻印されているのを確認すると。
「双華の将軍なんていらないんだよ。華は一つで十分だ」
薙華は兄への最後の言葉を送りその場を去っていった。
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