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幼女転生  作者: デブリ
六章・獣人編
115/203

第七十六話 『猫撫テンプテーション 前』


 フェレス族の郷を一言で表現するなら、キャットタワーの摩天楼だ。

 まるで鳥の巣箱のように、巨木の幹沿いに家々が建てられ、幾つもの階段や梯子が付設されている。更に巨木同士が空中回廊さながらに連結されており、木造の渡り廊下や空中広場があちこちに見られる。

 地上にも建物は散見されるが、一目で樹上生活が主だと分かるほど、その規模の違いは歴然としていた。


「凄いですね……」

「うむ、壮観であるな」

「余所じゃ見られない光景でしょうね、独特だわ」


 俺は口をポカンと開けて樹上建築の異様さに驚き、ユーハもベルも物珍しそうに眺め回している。

 こんなの漫画とかRPGくらいでしか見たことねえぞ。


「こっちじゃ、まずは族長ヤルマルの家で詳しい話でもしようかの」


 猫耳婆さんニエベスと強面オヤジの族長ヤルマル、そして俺たちが助けた猫耳美少女ティルテと一緒に、巨木の根元から階段を上がっていく。

 あちこちにいるフェレス族の方々からは凝視されまくりだ。だが誰も彼もが一定の距離を置いており、遠巻きに珍奇な眼差しを送ってくるのみだった。


「やはり歓迎されておるわけではなさそうだ」


 幹に木杭を突き刺して作られたような頑丈な螺旋階段を上りながら、ユーハは左眼を若干細めて呟いた。

 オッサンの言うとおり、どことなく敵意めいた視線も感じる。

 やはり余所者は歓迎されないのだろうか。


 樹上の通路に出ると、巨木同士を繋ぐ連絡路を伝って、郷の奥へと進んでいく。

 郷の規模は不明だが、少なくとも人口が千人以下ということはあり得なさそうだ。視界に映る限りの巨木は全てキャットタワーだし。


「おっと」


 ふと足下横切っていった猫のせいで躓きかけた。

 キャットタワーと評したのは、そこら辺に猫がいるからでもある。屋根の上で毛繕いをしている猫、階段の隅で昼寝している猫、我が物顔で渡り廊下を闊歩している猫など、様々だ。

 猫っぽい獣人部族が猫を飼っているとか、さすがというべきなのか否か……。


「ここじゃ、わざわざ高所まで歩かせてすまぬの」


 異文化な郷を眺め回しつつ歩いて行くと、目的地に到着した。

 おそらくは最も高い位置にある建物で、ほんの数リーギス上には枝葉が茂り、木漏れ日が差し込んでくる。ちらりと下を見てみると、足が竦むような……ことにはならない。下方には地面の代わりに渡り廊下や家々が見られるので、あまり高さというものを実感できないのだ。


「遠慮せず中へ入っておくれ」


 婆さんに言われ、俺たちはツリーハウスに足を踏み入れた。

 ちなみに玄関は扉でも引き戸でもなくすだれだ。

 他の家々もドアや窓には簾だけが掛かっていた。


 族長宅は巨大で、幹の全周を囲うようなドーナツ型の構造をしており、道中で見てきた家々と比べると相当なビッグサイズだ。内部はホテルめいた構造になっていて、幹の周りに円環状の廊下があって、幾つかの部屋があるようだった。

 そのうちの一室に案内され、畳のような藁床の上に座らせられた。

 さすが稲作をしているだけのことはある。


「ティルテに聞いたのじゃが、昼食はまだのようじゃな。食事を共にしながら話がしたいと、ヤルマルは言っておる。それで構わぬかの?」

「もちろんです」


 一緒にメシを食えば親近感が湧くはずだ。

 族長だけあって、なかなか分かってるな猫耳オヤジ。


 食事の用意には少し時間が掛かるとのことだったので、それまで互いに質問し合ったりして時間を潰すことに。

 だが十分もしないうちに食事は出てきた。

 

「ワシらが普段食しておるもの故、口に合うかどうかは分からぬが、どうか食べて欲しい」

「――――」


 俺は婆さんの言葉が耳に入ってこなかった。

 今まさに俺の目の前に並んでいるのは純白に煌めく小粒の山なのだ。

 まさかとは思っていたが、実際に出てくると懐かしさのあまり胸を打たれ、奇妙な感慨が湧き上がってきた。


「ほお、米であるか、随分と久しい。この色艶といい、なかなかのものである」

「そういえば、ユーハちゃんは北凛島出身なのだったわね。アタシも何度か食べたことはあるけれど、以前に食べたものより真っ白で艶々してるわね」


 ユーハとベルはそれぞれ感想を口にしつつ、三角形の握り飯を手に取り、口に運んだ。


「ローズ……?」


 向かい合うようにして座るティルテが訝しげな様子で声を掛けてきた。

 こんなモン食べられるかっ、とでも俺が思っていると不安になっているのかもしれない。むしろ素晴らしすぎて感動しているというのに。

 だって、米だ。おにぎりだ。


 この世界の大半は麦食が主であり、米食の地域は少ない。

 東部三列島サンナと南ポンデーロ大陸、あとは一部地域でぽつぽつと稲作をしているだけと聞く。エノーメ大陸にいた頃は見掛けもしなかったし、魔大陸でも米は売っていなかった。これまで麦飯は食べたことあったが、転生してからこっち、白米は一度も食べていない。


 俺は両手でおにぎりを持ち、ゆっくりと齧り付いた。


「――――」


 絶妙な塩加減といい、独特の甘みといい、前世の米を上回る最高の味だ。

 今この瞬間にフェレス族の郷に永住しないかと勧誘されたら、猫耳効果もあって俺は拒否しきれる自信がない。

 

「む、如何したローズ、米は苦手であったか?」


 思わず硬直してしまった俺にユーハだけでなく、全員が注目してくる。

 だが俺はそれらの視線を無視して、一心不乱に食べ続けた。

 野菜や肉もあったので、それらを摘みながら白米を口いっぱいに頬張った。

 そしてあっという間に米は消えてしまった……。


「おかわりもあるからの、もっと食べても良いのじゃぞ」

「――え!?」


 ピロリロリーンッ、ローズの好感度が100上がった!

 やったね婆さん、これでローズルートに入れるよっ!


 その後、俺は大きな塩おにぎりを五個おかわりして、腹一杯に食べた。

 ここ最近は満足に炭水化物を摂れていなかったというのもあるだろうが、旨すぎて止まらなかったのだ。本当は毒の心配をすべきだったが、そんな思考は米を見た瞬間に吹き飛んでしまった。

 やはり米は良いね、なんか安心するよ。


 結局、俺が幼女らしく飯に夢中だったので、食べながら色々話すことはできなかった。だが婆さんたちは嬉しそうに微笑んでいた。

 自分たちの食文化が客に絶賛されれば嬉しくもなるだろうし、これはこれで良い交流になっただろう。


 食事が済んで腹が満たされたところで、俺たちは様々なこと話し合い、相互理解に励んだ。




 ♀   ♀   ♀




 俺たちはカーム大森林とそこに住まう五部族のこと、リオヴ族殺人放火事件の詳細などを重点的に聞いた。婆さんたちからは俺たち個人のことや、なぜ白竜島を訪れたのかなどを主に訊かれた。

 《黎明の調べ》と聖天騎士であるオルガのことを除き、だいたいは正直に話した。互いにとって秘密にしておいた方が良いことはあるだろうし、それはきっとフェレス族の方も同様だろう。

 郷入りする前に要求しはしたが、婆さんたちが何でもかんでも包み隠さず正直に話してくれるなどとは端から思っていない。


「それは……つまり、どういうことなのかの? ヒルベルタ殿は男でもあり、女でもあるというわけかの……?」

「違うわよっ、そうじゃないわよっ、アタシはオンナなの! 身も心もオンナなのよ、男でもありとか、そういう中途半端なものじゃないのっ!」

「しかし、こう申しては失礼じゃが、ヒルベルタ殿の身体はまさに男性そのものじゃ。リオヴ族の戦士たちにも見劣りしない実に立派な身体付きじゃな」 

「んまぁ、失礼しちゃうお婆さんねっ、下はちゃんと女だし、今はお化粧してないからよ!」


 一通りの情報交換を終えた俺たちは先進的かつデリケートな話題について熱く語り合っていく。とはいえ俺は通訳するだけで、会話自体には参加していない。

 小難しい顔で首を捻る婆さんとティルテに、ベルが新人類についての熱弁を振るっているだけだ。

 

 ちなみに、ティルテは今年で十三歳になるとのことだった。外見は少し幼く見えるが、フェレス族は総じて小柄なので、これで普通なのだろう。


「お話中のとこスミマセーン」


 突然、十代半ば――いやフェレス族的には十代後半くらいか?

 とにかく、年若い姉ちゃんがクラード語で言いながら部屋に入ってきた。

 小一時間ほど前から退席していた族長のオッサンも一緒で、二人は俺たちの前に座って、獣人四人で何事かを話し合う。

 それから俺たちに向き直り、猫耳姉ちゃんが笑顔で口を開いた。


「どうもー、はじめましてー、ノシュカです。とりあえずウチが通訳っていうか、面倒見る係みたいなものになったんで、よろしくねー」

「これ馬鹿もんっ、礼を失した態度はやめいと言うたじゃろうが。すまぬな、ローズ、許してやっておくれ」

「えー? そうかな? 堅苦しくされるより、少しくらい馴れ馴れしい方がどっちも楽だと思うけど……ねえ、そう思うよね? 思わないなら、面倒だけどちゃんとするよ?」


 まるで長年近所に住まう姉ちゃんのように、やけに砕けた様子で話しかけられる。

 ノシュカという姉ちゃんはフェレス族にしては割かし胸が大きく、たぶんメルと同じくらいある。身長は百五十レンテくらいと少し小柄だが、なかなかスタイルが良い。セミロングの髪はやや癖っ毛で、右の横髪だけ編み込まれているのがチャームポイントっぽくて素敵だ。


「あまり堅苦しくするのもどうかと思うので、ノシュカさんがそれで良いのなら、私は構いません。それと、私はローズといいます。こちらこそよろしくお願いします。こっちがユーハさんで、こっちがヒルベルタさんです」

「そっかそっかー、うん、ローズにユーハにヒルベルタだね、よろしくねー」


 と軽い調子で言って、ノシュカは腰を上げる。

 そして俺の前で膝を突き、極々自然にハグしてきた。しかも俺だけでなく、ユーハとベルにまで何の躊躇いもなくハグして、戸惑うユーハの肩を笑いながら気安く叩いている。

 

「だからやめんかノシュカッ、お主もいい歳なのだから弁えぬか! いや、本当にすまぬな、ローズ」

「あっ、いい歳って言っても、ウチまだ十八だからね」


 謝る婆さんと全く反省した様子を見せないノシュカ。

 彼女は婆さんに引っ張られて元いた場所に腰を下ろさせられると、族長オヤジから無言の拳骨をもらって「ふにゃっ!?」と呻く。 

 婆さんは仕切り直すように咳払いをすると、口を開いた。


「ローズらに滞在してもらう場所をワシらで話し合ったのじゃが……お主らさえ良ければ、ティルテの家に泊まってくれぬか」


 猫耳美少女を見ると、やや硬さの残る微笑みを返される。

 とりあえず俺はユーハとベルに確認にしてみると、二人とも当然のように問題なさそうだった。


「私たちの方は問題ないですけど、ティルテの方は良いんですか?」

「大丈夫じゃ、ヤルマルが話を通してきたのでな。ティルテ本人も家族も歓迎しておる」


 族長のオヤジに目を向けると、野郎は「うむり」という風に頷いている。

 ちなみに先ほど話していて分かったことだが、老魔女ニエベスと族長ヤルマルは親族だそうだ。正確には叔母と甥の関係にあたり、婆さんはフェレス族の魔女の中で一番偉いらしい。

 二人ともフェレス族では重鎮中の重鎮だ。


「ティルテは歓迎してるっていうより、三人と仲良くなりたいんだよね」

「え、そうなんですか?」


 おいおい、なんだよティルテ。

 可愛いこと思ってやがって、愛い奴め。


「だって仲良くならないと、色々困るからねー。ほら、どうせリオヴの連中が来たら向こうの郷まで行くはめになるだろうし、途中で帰られちゃ困るから少しでも情を深くしておこ――ぅにゃっ!?」


 ペラペラ喋っていた姉ちゃんだったが、婆さんに杖で叩かれて頭を押さえた。

 そして涙目になりながら「うぅ、これ絶対たんこぶできたよぉ」と呟くや否や「聖光を前に戦傷は癒える――〈微治癒ルー・イラ〉」とセルフ治療している。

 俺はその様子を見つめつつ、彼女がもたらした情報を脳内で吟味していた。


「ローズよ、こやつの言うておることは真に受けないで欲しい」

「リオヴ族の郷まで行くはめになるんですか?」

「それは何とも言えぬ。先方次第じゃな」


 さすがというべきか、婆さんの表情や声には先ほどまでと何らの変化も見られない。

 だが、言われてみれば……そうだよな。

 リオヴ族はティルテと共に、俺たちの身柄も要求するだろう。

 俺たちという第三者が登場したことで、事件の真相を調べるためにだ。


 ティルテは事件のあったリオヴ族の央郷おうきょうザカリーから単身逃げ出してきた。

 いま俺たちがいるのは数あるフェレス族の郷でも首都的な位置づけにある央郷トバイアスで、ティルテは十二日掛けて帰ってきたらしい。

 央郷トバイアスからハウテイル獣王国領までラノースに乗れば、急いで一節半、三節あれば余裕で到着するらしい。 

 仮に、俺たちがライオンズの巣窟である央郷ザカリーまで行くとすれば、向こうでの滞在(拘束)期間を考慮して、往復で三節くらいの時間をとられるだろう。

 道中で遭遇した七人は早ければ今夜にも、たぶん明日か明後日にはこの郷を訪れるはずだ。

 ……後でオッサンたちと相談しておいた方が良いな、こりゃ。

 

「もう日暮れじゃし、ひとまず話はこのくらいにしておこうかの。何か訊きたいことがあれば、ノシュカにでもティルテにでも遠慮無く訊いておくれ。もちろん、ここに来てもらえばワシが答えよう」


 婆さんは沈思する俺の反応を見て何を思ったのか、そう言ってこの場の話し合いを終わらせにかかった。実際、窓の外からは赤焼けた光が差し込んでくるので、そろそろ陽が沈むのだろう。

 思うところはあったが、情報は色々聞けたし、オッサンたちと相談すべきこともあるので、お開きにしておこう。




 ♀   ♀   ♀




 俺たち三人とティルテ、ノシュカの五人で族長宅を出る。

 他に監視役的な人とかいなくて良いのかな……と思ったが、つける気はないらしい。信頼していますよというアピールだろうか?

 何にしても、猫耳族とはいえむさい野郎だったら側にいない方が良いな。


 ティルテの家を目指し、彼女の先導で階段を下りたり、渡り廊下などを歩いて行く。その道中、ノシュカは一切の気後れや遠慮した様子もなく、俺の真隣から陽気に話しかけてくる。


「ローズたちって魔大陸から来たんだよね?」

「ええ、そうですよ」

「しかもカーウィ諸島で竜と戦ったこともあるんだって? 凄いねー、楽しそうだねー、ウチも竜見てみたいなー」

「鱗や牙、それに卵ならありますよ。あとで見ますか?」

「えっ、ホント!? うんうん見せてよー。いやぁ、森の外から来た人と話すのは楽しいねー」


 ノシュカは言葉通り楽しげに、笑顔でぐいぐい迫ってくる。

 具体的には歩きながら俺の頭を胸に抱えて撫で撫でしてくる。

 挨拶時のハグといい、スキンシップ好きな姉ちゃんだな。

 民族衣装風の服は布地が少なく、上下共にスポーツ下着並なので素肌率が高く、なんだか健康的なエロスを感じる。


 正直なところ、ノシュカの顔立ちは美人というほどでもなく、せいぜい中の上くらいだ。しかし、とても気持ち良いの笑みを見せる人なので、そこらの美女よりよっぽど魅力に溢れている。

 笑顔美人と言っていい。


 ちなみに、俺たちが転移盤を使って白竜島から転移してきたことは公言しないで欲しいと言われている。あの王墓下の《聖魔遺物》はこの郷の重鎮たちしか知らず、古くから使用禁止とされているらしい。

 今回の件を受けてノシュカには教えてあるらしいが、あまり大っぴらに竜とか何とか口にしない方が良いだろう。クラード語で話してはいるが、獣人は鋭敏な聴覚を有しているので、誰に聞かれているか分かったものではない。


 ニエベス婆さん曰く、並みいる獣人の中でフェレス族は比較的魔法力が高い部族なんだそうな。だから他の獣人部族と比べて魔法士の数は多い反面、魔法力に秀でているせいか、肉体面で他部族より劣っているらしい。

 他部族より魔法の存在を重視しているため、通常の獣人部族では魔法言語たるクラード語をきちんと習わず、お手軽法で魔法を覚えるそうだが、フェレス族は違う。

 お手軽法で魔法を習得するのは男共だけで、より魔法力に秀でた魔女は全員がきちんとクラード語を習い、魔法を身に着けていくらしい。だからフェレス族の魔女は成人(十五歳)以上なら誰もがクラード語で会話できる。

 他の獣人部族だとこうはいかず、一族の誰もクラード語での会話ができない……といったところはざらにあるようだ。


 というわけで、魔女なら俺たちが何を話しているのか、耳を澄ませて盗み聞くことは可能なのだ。


「ノシュカさん、少し訊きたいことがあるんですけど……」

「んー? なになに、何でも訊いて。あっ、それとさん付けしなくても良いよー。っていうかしないでくれると嬉しいな」


 隣を歩く猫耳姉ちゃんは脳天気なまでの明るさをもって応じてくれる。

 族長のオヤジや婆さんから叩かれるほど、彼女は明け透けで馴れ馴れしい。

 クラード語が話せる人は他にもいるだろうに、なぜそんなノシュカが俺たちの通訳&世話係に選ばれたのか、気になった。


「では、ノシュカ。ノシュカは私たちの通訳として、ヤルマルさんから指名された……んですよね?」

「ん? 指名じゃないよ、立候補だよ。ウチからやりまーすって言ったんだよ」

「それはまた、どうしてですか?」

「だって楽しそうだしねー。森の外から来た人と話せる機会なんて全然ないし」


 ポジティブでオープンな性格を思わせる回答だった。

 が、あの強面オヤジがノシュカのような姉ちゃんの立候補を認めるとは思えない。他に立候補者がいなかったとしても、族長命令で適任な性格の魔女を指名すれば済むはずだ。


 という俺の考えを敏感に読み取ったのか、あるいはお喋りな性格故か、まだ訊いてもいないのにノシュカは話し始めた。


「まあ、立候補って言ってもウチ一人しかやりたいって人いなかったんだけどねー。同年代の若い魔女はみんな余所者を怖がったり警戒したりしてるし、オバサンたちはみんな不信感丸出しで嫌がってたんだよね」

「……私たち、そんなに警戒されてるんですか」

「んー、でもアレだね、ウチらの世代はともかく、オバサンたちはしょうがないんだよ。ウチが生まれる前……えーっと、今から三十年くらい前かな? その頃に、姫様がある日突然どっかいっちゃってね」

「姫様、ですか?」


 意外な単語の登場に驚きつつも訊ねると、ノシュカは頭の後ろで手を組んで、軽やかに階段を下りながら答えてくれる。


「姫様っていうか、ウチらフェレス族で一番偉かった人ね。族長より偉かったんだけど、でも実際にアレコレする権利はなくて……うーん、なんて言うんだろ? フェレス族の象徴? みたいな人かな?」


 続くノシュカの説明によると、その姫様はトバイアスの血筋にあたる人のようだった。

 戦乱期に活躍し、《魔洪王》の異称で知られ、この郷の名前にもなっている第二十七代獣人王。奴とその家族は全員死んだが、弟は生き延びていたようで、その弟の血筋が連綿と受け継がれ、前世でいう天皇的な立場の血族として敬われてきたらしい。フェレス族にとってトバイアスは愚王として扱われてはおらず、むしろ偉大な人とされているようだ。


 婆さんに聞いたところによると、獣人族全体では魔法力より身体能力を重んじる傾向にあるそうだ。だから戦乱期当時の獣人王には屈強な戦士としての能力に起因するカリスマが求められていたらしい。

 フェレス族は見ての通りやや小柄で、身体能力的にも外見的にも、とてもではないが並みいる他部族の猛者共を押しのけて獣人王の座に就けるような一族ではなかった。しかし、まずカルラ・フェレスが圧倒的な魔法力でもって女だてらに第十代獣人王の座を勝ち取り、更に後年、トバイアスも強大な魔法力のおかげで第二十七代獣人王となった。

 フェレス族で初めて獣人王となったカルラの方が凄いといえば凄いが、如何せん《破天王》の異称を持つ彼女は独裁的すぎた。それまで獣人族の中で見下されていたフェレス族の魔女が王となったことで、彼女は一族が受けてきた扱いの鬱憤を晴らすかのように、他部族を圧迫したという。更に、魔法士としては超一流でも王としての素質はなかったようで、当時の獣人族には全く良い影響を与えなかったようだ。

 対してトバイアスは、最後の選択を除けば王として可もなく不可もなくやっていたし、最後の選択も王としては最悪でも、一人の夫であり父としては善良極まる行いだった。

 どちらも評価は決して良くない王だが、歴代に二人の獣人王を輩出したため、今でもフェレス族はカーム大森林で他の四部族たちと張り合っていけているっぽい。


 とにかく、フェレス族は二千年以上に渡って、トバイアスの血を引く血族を敬ってきたそうだ。祖先崇拝というやつだな。

 フェレス族の人々に姓はないが、その血族の者たちだけがフェレス姓を名乗ることを許されていたほどだ。しかし、三十年ほど前にその血族最後の少女フレドリカ・フェレスが、ある日忽然と姿を消してしまったらしい。

 時機悪く彼女以外の血族は亡くなっており、直系血族が途絶えた現在は傍系にあたる人がフェレス姓を引き継いでいるそうだ。

 

「姫様がどこにいったのか、当時は凄く騒がれたみたいでね。一人で出掛けて魔物に食べられちゃったのかって意見もあったみたいだけど、みんな姫様が死んでるはずないって思いたかったのか、結局は奴隷商の人攫いに遭ったんだってことになったらしいよ。実際、海岸沿いとかハウテイル獣王国と接する森境近くの郷ではたまにあるみたいだし。でも、わざわざこんな森の奥深くまで攫いに来るはずないのにねー」


 そう説明してくれるノシュカは笑顔の中に若干の苦味を見せている。

 

「だからさ、ウチら魔女だけじゃなくて、オバサンたちの世代は余所者とか凄く警戒してるんだよね。で、その影響とかもあるんだろうけど、ウチらの世代でも余所者は結構警戒してる人が多いねー」

「そうだったんですか……」


 こんな話、ニエベス婆さんはしてくれなかった。

 いや、俺の方からこの話題に触れるようなことを訊かなかったのもあるが、今の話はたぶん余所者には話したくない類いのものだろう。

 きっとノシュカでなければ話してくれなかったはずだ。

 姉ちゃん、あんたフェレス族内での立場とか大丈夫かよ?


「そういえば、獣人王のお墓のことですけど」

「ん? どうかした?」

「いえ、皆さんはご先祖様を敬ってるのに、どうしてそのお墓が郷から離れた場所にあるんでしょう?」


 あの場所からこの郷まで移動するのに、ラノースで一日くらい掛かるだろう。

 祖先崇拝しているのなら、もっと郷の近くに――もとい墓の近くに郷を築いても良いはずだ。

 と、普通は考えるだろう。


「どうしてって、だって郷が近くにあると、カルラ様もトバイアス様も静かに眠れないでしょ?」

「でも、普通の墓地は郷の外れにあるんですよね? だったら獣人王のお墓も、そこにないとおかしくないですか?」

「ん……あれ? そういえばそうだね、なんでだろ? そういうものだって教えられてきたから、特に不思議に思ったことなかったけど……うーん?」


 ノシュカは小難しそうな顔で首を捻りながら唸り始めた。

 その反応を見る限り、やはりフェレス族然り竜人族然り、人ってのは伝統や因習の類いには疑問を抱きにくいものなのだろう。

 

 俺から質問しておいてなんだが、理由はある程度なら推測できている。

 もしあの王墓付近に郷を築いた場合、万が一にも転移盤から竜人族が攻めて来れば、その被害は一気に広がるだろう。加えて、なまじ人里近くにあると王墓に訪れる人が多くなり、その分だけ魔動扉や転移盤の存在が明らかになる可能性が増大してしまう。

 しかし王墓は大切なものでもあるから、ラノースで一日という絶妙な距離にフェレス族の中心郷――央郷を築いたのだ、と思う。

 まあ、あくまでも推測だけどね。

 

 で、わざわざ笑顔美人さんに訊ねてみたのは、少し確認したかったからだ。

 竜人族は魔法使用に制限を掛け、怪我や病気は前世のような病院による治療が為されていたが、普通はさっさと治癒魔法で治せばいいじゃん……と疑問に思うだろう。しかし、閉鎖的な環境下でそういうものだと教えられて育てば、大多数の人は疑問にすら思うことなく一生を終える。

 そうしたある種の思考停止というか、常識の刷り込みや思い込みは為政者にとって便利なものだ。実際、俺だって抗魔病をアインさん=神様の仕業だと思い込んでいたわけで……。

 今後はそういった事態に陥らないよう、やはり何事にも疑問は抱くようにして、思考を止めないよう心掛けた方が良いだろうな。


 とにかく、だ。

 俺は自分を戒めると、ノシュカに王墓の推測を話してやった。


「あー、そっかなるほど、そうかもね。重要なものだからこそ、敢えて距離を置いてるって感じなのかな」

「そうかもしれません、あくまで私の推測ですけど」

「いやいやー、なんか言われてみると納得できるよ。まあ、転移盤のこと教えてもらったから、そう思えるんだろうけどねー」


 ノシュカは感心混じりな暢気さを見せ、うんうんと頷いている。

 自分で言うのもなんだけど、余所者の言葉をそんな素直に受け取っちゃっていいんですかね?


「あの、ノシュカは私たちのこと警戒しないんですか?」

「え? ローズたちはティルテ助けてくれたじゃん。もし悪い奴だったら、魔物からティルテを助けなかったり、助けた後に色々するよね。でもちゃんと送り届けてくれたし、リオヴの連中からも守ってくれたんでしょ?」

「まあ、ほとんど成り行きですけどね」

「成り行きでも何でも、結果的には助けてくれたんだから、警戒なんてしないよ。それにローズみたいな可愛い子が悪い奴だなんて全然思えないし」


 ノシュカはあっけらかんと笑っている。

 ちょっと脳天気なところはあるっぽいが、実に良い姉ちゃんだな。

 俺の中でノシュカの好感度がうなぎ上りに高騰してんぞ。


 ティルテの名前を出したからか、前を歩く美少女が振り返り、視線で問いかけてくる。それに対してノシュカは南ポンデーロ語で何事かを言い、年下の少女の頭を撫で回す。


 笑顔の素敵なお姉さんと見比べると良く分かるが、ティルテの表情は暗かった。見るからに鬱々としているわけではないが、覇気がなく、不安の色が浮き出ている。彼女の父と兄はリオヴ族に捕まり、最悪もう死刑に処されているか、このままだと確実にされるだろうという話だから、心配なのだろう。

 

 というか……そうだよな、人命が懸かってるんだ。

 俺たちがリオヴ族の郷へ行くことを拒んだら、ティルテの父と兄、他に捕まったフェレス族の仲間は全員殺されるだろう。

 だが、俺たちが三節くらいの時間と手間を割いてやれば、助けることができるかもしれない。

 きっとユーハは助けると言うだろうし、ベルも見捨てたりはしないだろう。

 俺もこのまま知らぬ存ぜぬで終わらせたくはないとも思うが……。


「……さて、どうしようか」



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