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幼女転生  作者: デブリ
五章・竜人編
104/203

第六十八話 『ミッション:インビジブル 後』


 朝焼け空の下、軽く身体を洗った後、一も二もなく服を着た。

 ジャングルの王者でさえ腰布くらいは巻いてたし、やはり文明人たる者、衣服は大事だ。たとえゴスロリ服だろうと、たとえ下半身が心許ないスカートだろうと、全裸に比べれば万倍マシだ。

 パンツを穿いたとき、かつてない安心感を覚えた。


 朝飯を食ってから一眠りすることになったが、竜は来なかった。

 竜が来れば肉を腹一杯食えるのに……。

 仕方がないのでリュックの食料を少し消費して、つまむ程度に済ませておいた。

 

 それからオルガと交互で眠っていき、昼過ぎ頃に古都ラフクを全裸飛行偵察して、再び身体を休めていった。

 竜は昼前に火竜が一頭、夕方頃に雨に紛れて地竜が一頭現れただけだった。もちろんどちらも焼き肉にして頂き、食べた後は死体処理が面倒なので拠点を変えた。

 食料が向こうからやって来てくれるのは有り難いが、いつ来るか分からないのと図体がデカすぎるのが難点だ。


「さて、今日もそろそろ行くぞ。準備はいいな?」

「はい」


 俺たちは昨日と同じく、焚火の前で全裸になって、服とリュックを木の根元に埋めた。雨は深夜までになんとか上がってくれて、現在は雲が空の半分ほどを覆っている。双月が雲間から出たり入ったりしているが、悪くはない天気だ。


 俺は昨日と同じくオルガに抱えられ、空から作戦区域へと直行する。

 今日は大きな町の北端に位置する巨大な石造建築に侵入する予定だ。上空からだとコの字型に建てられているのが分かり、横幅はおよそ百リーギスほど、たぶん四階建てだった。

 大理石か何かで作られていると思しき真っ白な建物で、造形は無骨で地味だが、どっしりと居を構えていた。おそらくは政務を執り行ったり、《竜人王》が住んでいたりする宮殿……だと思われる。

 

「本当に大丈夫でしょうか? さすがにあそこへ侵入するのは無謀すぎる気がします……」

「危なくとも行くしかねえだろ。なに、見つかったら見つかったで、とっとと退散すりゃ良いんだよ」


 上空から宮殿を見下ろしながら、オルガは余裕綽々な声で小さく笑う。

 この姐御、聖天騎士より盗賊の方が向いてそうだ。


 本当なら図書館にでも忍び込めれば良いのだが……おそらく図書館はないと思われた。アルセリアから話を聞いた限り、竜人族は識字率が低そうだし、読書をするという習慣そのものがなさそうだった。

 加えて、大陸の国々でも図書館は都市と呼べるほど大きな町にしかないらしいので、オルガとの話し合いの結果、ラフクにはないだろうということになった。

 

「んじゃ行くぞ」

 

 俺たちは特級幻惑魔法で姿を消し、降下していった。

 



 ♀   ♀   ♀




 既に真夜中ということもあり、宮殿は全体的に暗かった。

 接近して分かったが、見張りの姿はそれほど多くなく、合計して十人いた。

 本棟の正面に二人、裏側に二人いて、左翼棟と右翼棟の周辺にそれぞれ二人ずつ、そして屋根の上に二人だ。ただ単に篝火と共に歩哨に立っているだけで、殊更歩き回ったりはしていなかった。


 俺たちは宮殿裏側に見られた厩舎の影に降り立った。

 厩舎内に人気がないのを確認して中に入る。


「……やっぱり臭いですね」

「我慢しろ」


 馬は十頭以上はいて、オルガは一頭の白馬を叩き起こして馬房から出した。

 俺はその間に厩舎の扉を閉めて、加減した闇属性初級魔法〈黒衝弾ト・クーダ〉を撃ち込み、扉を内側からそれっぽく破壊しておいた。


「おら、行け」


 とオルガに尻を叩かれるも白馬はなかなか動こうとせず、「ブルルッ」と鼻を鳴らしている。なんだかあまり機嫌が良くなさそうだ。

 しかし俺たちは馬如きに時間を取られている場合ではないので、オルガは軽く舌打ちして、馬の尻に加減した〈魔弾ト・アルア〉を放った。

 すると白馬は「ヒヒィィィィン!」と悲鳴のような鳴き声を上げて走り出し、厩舎の出入り口から外へ飛び出していく。

 俺とオルガは慌てて追いかけ、〈幻彩之理メト・シィル〉を行使して上空から白馬を見下ろした。

 

「お、なんだ、誘導するまでもなかったか」


 白馬は夜闇の中を宮殿の方へ駆けて行っている。

 宮殿裏で歩哨に立っていた一人が接近に気が付き、持ち場を離れて馬の方へと走り寄っていく。竜人はもの凄い速さで疾走して馬に追いつくも、馬は暴れて、なかなか立ち止まろうとしない。

 ややもしないうちに、相識感で仲間の移動を察知しただろう数人の竜人が何事かと宮殿裏に顔を見せたので、俺たちはその隙に動くことにした。


 ちょうど持ち場を離れて無人となっている左翼棟の西側に接近し、ガラス窓から内部を覗き込んでみる。

 三階の一室が無人のようだったので、開くかどうか試してみたら、あっさりと開いたので楽々と侵入を果たす。


「ふぅ……なんとか入れましたね」


 部屋の中は個室のような調度品が揃ってはいるが、誰もいない。

 最近は使われていないような印象を受けるので、おそらくは空き部屋なのだろう。


「掃除でもしたときに窓の鍵をかけ忘れたんでしょうか」

「さてな、開いてたんならどうでも良い。余計な手間と危険を冒さずに済んで運が良かった」


 窓が開かなかった場合はオルガの火魔法でガラスを溶かして鍵を開けるつもりだったのだ。いくら歩哨が持ち場を離れていたといっても、目立つ行為はなるべく避けた方が良いから、何にせよラッキーだ。


「さっさと行くぞ。まずは地下があるかどうかを調べてみる」

「了解です」


 俺たちは慎重に扉を開けて様子を確認した後、廊下に出た。

 幸い、廊下にも一定間隔でガラス窓が配されているので、仄かに明かりが漏れ入ってきている。それでも相当に薄暗いが、見えなくはないので、光魔法は使わずに硬い廊下を歩いて行く。

 壁も床も天上も石造で、良く磨かれているのかツルツルしている。やはり大理石か何かの良質な石材を使っているのだろう。


 高い天井と幅広な廊下をペタペタと歩いて行く。無論、足裏の汚れは落としてあるので問題はなく、なんだか石材がひんやりとしていて気持ちが良い。

 屋内に人気はなく、シンと静まり返っており、少し不気味だ。

 あっという間に左翼棟廊下の突き当たりまで来て、右を見ると本棟の廊下が真っ直ぐに伸びている。だがそちらには行かず、階段があったので下りていく。

 一階分、二階分と下りたが、まだ下へと階段は伸びていたので、光魔法を灯して更に進んでいく。

 

「人気はないな」


 オルガがぽつりと呟いた。

 階段を下りきると真っ暗で、三階のときと同様に右方――東の方へ幅広の廊下が続いているようだった。しかし一切の明かりがないので、完全に暗闇だ。


 魔法は解除しないまま、俺はオルガに手を引かれて廊下をゆっくりと歩いて行く。十リーギスほど進んだところで両側に扉が見られたので、まずは右側からいってみることにした。

 鍵は掛かっておらず、ゆっくりと開いていくと、中は食料庫だった。廊下に出て対面の部屋も検めてみると、そちらも同様だったので、スルーして次に行く。

 廊下を奥へと進むと、また両側に扉があったので、警戒しながらも開けてみる。


「……武器庫か」


 部屋の中には大小様々な刀剣から槌や弓が整然と並べられ、鋼鉄が光魔法の明かりをギラリと反射している。オルガは近づいて一振りの剣を手に取ると、「……なかなか良質だな」と少し感心したように声を漏らす。

 端から見ていると、剣と光球が虚空に浮いているようにしか見えず、心霊現象もいいところだ。廊下に出て対面の部屋も検めてみると、そちらは防具庫だった。

 

 更に廊下を歩いて行くと、また扉が二つあったので、中を調べてみた。

 今度はただの物置らしく、ベッドや棚などの調度品から変な形の置物のようなものまで、色々と詰まっている。反対側の部屋も覗こうとしてみるも、そちらは鍵が掛かっていた。 


「怪しいな」

「ですね」


 俺たちは小さく囁き合った。

 武器庫と防具庫には鍵が掛かっていないどころか、鍵穴そのものすらなかったのに、こちらはロックされている。

 如何にも何かありそうだ。

 オルガは再び俺を物置部屋に引っ張ると、隠蔽を解いて光魔法の光量を大きくした。


「ローズ、細い金属の棒を探せ」

「もしかして……それで鍵を開けられるんですか?」

「ガキの頃、連中に仕込まれたからな」


 意外とヘビーな経験からくる技術らしかったが、シリアスになっている場合ではない。俺も光魔法を灯し、オルガと一緒に針金っぽいものを探していく。

 数分ほど探したところ、何やら芸術作品っぽい馬の置物を見つけたので、そいつの躍動的な尻尾の毛を折り取らせてもらった。

 すんません。


「良し、行くぞ」


 〈幻彩之理メト・シィル〉は使わず廊下に出て、オルガは鍵穴をまじまじと見つめた。それから細い馬の尻尾を火魔法であぶり、赤熱した金属を火傷も何のそのな手付きでグニャグニャと曲げ始める。

 数秒で終わり、今度は風魔法で熱を冷まして、すぐに鍵穴へ突っ込み、ガチャリと開けて見せた。


「おし」

「あの、指は大丈夫ですか?」

「こんなもん、治癒魔法で一発だ」


 と言って魔力波動を放ち始めたので、俺はすかさずオルガの手を取って治癒魔法を掛けた。オルガは口元を緩め、ワシワシと俺の頭を撫でてから、〈幻彩之理メト・シィル〉を使った。

 続けて俺も不可視化し、準備ができたところで扉を開けた。


「…………魔法具か?」


 扉の内側は広々とした部屋の割りに、大きな棚が一つだけ置いてあるだけだった。棚には魔石っぽい色付きの宝石だったり、魔杖や腕輪、少し変わった造形の短剣に魔剣の柄まで見られる。

 オルガは魔剣の柄を手に取って検め、黄金色の刀身を形成した。


「《聖魔遺物》か。貴重な魔剣をこんなとこに眠らせとくとはな……」

「竜人族は魔法と同じく魔法具もあまり使用しないらしいですし、仕方ないですよ」

「聖天騎士としては、これだけでも回収しておきてえな」


 と呟きながらもオルガは魔剣を棚に戻した。

 俺も本音を言えば欲しいところだが、さすがに窃盗はいかんよ。

 

 何はともあれ、部屋を出た。

 書庫があるなら地下だと思ったのだが、今のところ全てハズレだ。

 もしかしたら上の階にあるのかもしれない……と思いながらも先へ進んでいく。

 すると、今度は左側に階段を見つけた。

 下へと伸びているらしく、先は暗闇で見通せない。


「行ってみるか」


 物怖じしない姐御は俺の手を引いて階段を下り始めた。

 光魔法の明かりは最低限に、一歩一歩ゆっくりと段差を踏みしめていく。

 階段はやけに縦横に広く、先ほどまでいた廊下と同程度で、傾斜は緩やかだ。

 なんだか妙に不気味だったが、三十段ほど下りたところで階段は終わった。

 闇は更に奥へと続いているようだったので、平坦な石畳を歩き、光魔法で暗闇を浸食しながら奥へと進む。


「…………」

「…………」


 二十リーギスほどで廊下は終わり、隣の姐御は俺と同じく怪訝そうな雰囲気で、目の前のモノを見つめる。

 廊下の突き当たりには扉があったが、ただの扉ではなかった。両開きの巨大な鉄扉で、縦は三リーギス以上、横は五リーギス以上ありそうだ。それだけなら未だしも、鉄扉には何やら禍々しい感じの文様が彫り込まれ、角柱めいた太い鉄塊でかんぬきが施されている。


「なんだこりゃ」

「なんか、もの凄く怪しいんですけど……」


 これがRPGならボス部屋の前という感じだった。

 この扉を開けると何か良くないことが起こるという雰囲気がひしひしと伝わってくる。

 

「開けてみるか」

「いやいやいや、それはどうかと思いますけど……?」

「なんでだ、如何にも何か秘密がありそうな扉だろ。調べてみる価値は十分ある」


 オルガは幻惑魔法を解いて、扉の表面に刻まれた奇妙な文様を手でなぞっている。


「でも、こんな扉の向こうに本があるとは思えませんって」

「いや、分かんねえぞ? この向こうに壁画か何かがあって、竜神を崇め奉ってる祭壇でもあるかもしれねえだろ。竜神の呪いって話がマジなら、何か手がかりがある可能性は捨てきれん」

「確かに、そうかもしれないですけど……やっぱりこれ、明らかにおかしいですって。普通、閂って内側に掛けておくものですよね?」


 つまり、いま俺たちがいる場所が内側で、この扉の向こうが外側というわけだ。

 見るからに頑丈そうな鉄扉といい、この向こうが魔物の巣窟だったとしても、何ら不思議ではない。

 君子危うきに近寄らず、触らぬ神に祟りなし、だ。


「…………」

「あの、オルガさん? どうかしましたか?」


 なぜかオルガがジッと扉を見つめ、両目を細めている。

 そして手で表面を撫でたり、軽く叩いたりした後、おもむろに口を開いた。


「この鉄扉、たぶん耐魔性もってやるがな」

「え……?」 

「いや、確証はねえが、そんな感じがする。ま、だからって開けることには変わりねえけどよ」


 少し真剣な口調で言いながら肩を竦め、オルガは閂に手を伸ばした。

 閂はいちいち持ち上げて外さずとも、横にずらせば片側の扉だけは開きそうだ。

 そもそも細長い鉄塊は優に数百メトはあるはずなので、さすがのオルガでも持ち上げられないだろう。

 いや……でもこの世界は闘気とかあるし、姐御に不可能はなさそうだ。


「って、本当に開けるんですか!?」

「ここまで来たら、全部調べておくに限るだろ。後になって、やっぱりあそこも見ておけば良かったって、絶対後悔すんぞ」

「それは……」


 反論できなかった。

 確かに、いくら怪しくても確認しておいた方がいいのかもしれない。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず、だ。

 

 結局、扉を開けることになったが、今度は〈幻彩之理メト・シィル〉は使わない。何があるか分からないので、魔法力は隠蔽より攻撃や防御に割くことにした。

 オルガは右側の扉を押し開けようとするが、片手ではキツいのか、両手で少しだけ押し開けた。この鉄扉、厚さ三十レンテくらいあるな。

 人ひとりが通れるくらいの隙間の向こうは完全な闇で、俺は身構えるも、何も起こりそうにない。


「行くぞ」


 オルガは光魔法の光球片手に、慎重に扉の向こうへ足を踏み入れていった。

 俺はなんだか不安になって、真っ暗な背後を振り返りながらも、彼女の後に続く。すると、俺が入ったと同時にオルガが光量を上げて、盛大に明かりを振りまいた。思わず両の目を細めつつ、何があるのか確かめてみると……。

 そこには意外なものが鎮座していた。


「――――」

「なるほどな」


 絶句する俺の隣で、オルガも驚きを見せながらも納得したように頷いている。


 俺たちの視線の先には巨大な円盤があった。ここ四年近くは似たようなものを日常的に見てきたが、それは俺の知っているものより分厚く、やや大きかった。

 厚さ五十レンテ以上はあるだろう金属の円盤にはびっしりと文様が刻み込まれ、中心部には角柱が立っている。

 ほぼ間違いなく、それは転移盤だった。


「ま、あっても不思議じゃねえわな」

「これ……どこに繋がってるんでしょう?」

「さてな、どっかに書いてあれば良いんだが」


 オルガは円盤に近寄って部屋の壁やら天上やらを見回すも、特に何もない。

 転移盤それ自体は館にある奴を分厚くし、一回り大きくした程度で、造形はそっくりだ。

 念のためか、オルガは円盤の上には乗らずにぐるりと一周して検分すると、腰に手を当てて苦笑した。


「特に損傷はねえから機能は生きてると思うが、行き先がどこかは竜人連中に聞くしかねえな」


 転移盤は対となる転移盤と、盤上にあるもの全てを交換するように行われる。

 それは空気も含まれており、転移は転移盤の直径と同程度の高さにあるもの全てに適用される。もし腕が盤上からはみ出したりすると、腕は千切れてその場に残ってしまうらしい。

 つまり、転移盤は人や物を転移させているわけではなく、空間ごと丸ごと転移させているのだ。対となる転移盤が地中深くに埋まっていた場合はほぼ確実に生き埋めになるだろうし、水中だったら深度によっては一瞬で圧死するだろう。


 だが逆に考えれば、試してみることはできるのだ。

 転移盤を起動させてから転移が実行されるまで数秒のラグがあるので、中心の角柱を捻ってから避難することは可能だ。一度起動させて何も転移されてこなかったら、転移先の安全をある程度は確かめることができる。


「確認はしてみないんですか?」

「さすがにこれ以上の迂闊な真似は避けるさ。とりあえず何があるかは分かったし、もう行くぞ」

「……はい」

 

 俺たちは早々に部屋を出た。

 オルガは扉を引っ張って閉めると、きちんと閂を嵌め直す。


「こんなに頑丈そうな扉と閂があるってことは、同じカーウィ諸島内ではなさそうですね」

「そうだな」


 どこかの大陸か島に繋がっているのだろう。

 ただ、少なくとも魔大陸ではないはずだ。

 だったら修行しに行くのにも、船を使わず転移して行けば良いだけだし。

 それに閂の埃を見るに、ここ最近は全く使われていなかったはずだ。


 何はともあれ、俺たちは気を取り直して捜索を続行することにした。

 再び〈幻彩之理メト・シィル〉を纏い、光魔法の明かりを絞って、一応警戒しつつ階段を上がっていく。廊下を左に折れ、十数リーギスも進んだところで、やはり左右両側に扉があった。


 まずは右の扉から開けようとするも、また鍵が掛かっていた。

 が、姐御によってあっという間に解錠され、俺たちは中に入る。


「あったな」


 オルガと俺は隠蔽を解き、部屋の中を見回した。

 実に味気なく、かつ無駄に広い部屋だ。大きな本棚が幾つか並び、簡素なテーブルと椅子が置いてあるだけだ。本棚にはやけに古びた本や羊皮紙の束が並んでいる。


「最近、誰か使ったみたいですね」


 おそらくは読書用のテーブルには本が一冊置きっぱなしだった。

 オルガが光魔法で照らしてくれているので、俺は椅子に座り、早速その本から目を通してみることにする。

 

 結果からいえば、その最初の一冊目がいきなりアタリだった。

 しかし発見の喜びも間もなく、記載された内容に目を通していくうちに、俺は脳は驚愕と困惑で埋め尽くされた。




 ♀   ♀   ♀




「おい、ローズ」


 重要だと思われる箇所に粗方目を通し終え、虚空に視線を投げ出して呆然としていると、不意に肩を叩かれた。

 そこで俺は我に返り、傍らで膝を突いて顔を覗き込んでくるオルガに意識を向けた。


「なんだ、何か分かったなら教えろ」

「ぁ……はい、すみません、少し混乱して……」


 軽く深呼吸をして、一旦冷静になった。

 うん、そうだ、まずは情報の共有だ。

 オルガに話しながら自分でも整理を付けて、改めて考えてみることにしよう。


「えっとですね、たぶん全部分かりました」

「全部?」

「はい、アルセリアさんがああなった原因も、症状の進行過程も、治療法も」

「おぉ、ホントか!?」


 驚きと喜びを露わにするオルガに言って、俺は机上の古びた本に目を落としつつ話し始めた。


「やはりアレは竜神の呪いではなく、竜人族特有の純粋な病だったようです」

「……つまり、ローズの言ってた抗魔病ってやつだったのか?」


 どことなく訝しげに問うてくるオルガ。

 しかし、それも致し方ないだろう。

 俺は彼女に神のお告げだと言って抗魔病の存在を話し、実際にそれが当たっていたなど、あまりに都合が良すぎる。

 本を読んだのは俺であり、俺が自分の思い込みを事実として認識しているのではないか……とオルガは少なからず疑っているのかもしれない。いくら幼女らしくないとはいえ、俺は他人からすれば十にも満たないガキなのだ。


「そうです、信じられないかもしれませんけど。でも、最後まで話を聞いてください、そうすれば納得してくれるはずです」

「いや、今更疑ってはいねえが……で、その原因ってのはなんなんだ?」

「魔法です。いえ、厳密には魔力らしいんですけど……」


 軽く咳払いして、俺は手元の本をもう一度読みながら続けた。


「竜人族には竜戦の纏がありますよね? これを使っている間は物理的な攻撃はもとより、魔法的な攻撃に対しても強い抵抗力――耐魔性を得ることができます。アルセリアさんが意に反して竜戦の纏を使ってしまったのは魔法、正確には魔力に身体が反応してしまったからなんです」

「それはつまり……熱いもんを触っちまったとき、思わず手を引っ込めるみてえな、そういう感じか?」

「たぶんそうです、反射みたいなものなんでしょう。意思に関係なく、身体が自衛行動をとってしまうみたいな」 


 俺が頷くと、オルガは眉をひそめた。


「だが、そうすっと昨日の竜人はどうなる? 幻惑魔法と闇魔法を喰らわせたが、竜鱗は纏わなかったぞ。何か条件があんだろ?」

「この本によると、継続して魔法――魔力を浴びると、反応してしまうようになるみたいです。一度や二度の魔法ではなく、日常的に何度も魔法を受けたり、身体が魔力に曝され続けていると、抗魔病になってしまうらしいですね。これにはかなりの個人差があるようで、三節もしないうちに身体が反応してしまう人もいれば、何十年と耐えられる人もいるようです」

「じゃあアリアには耐性があったってことか」

「そうですね、どうやら魔法力が高い人は長期間でも大丈夫なようです。反面、低い人はすぐに反応してしまうようになるみたいです」


 魔法力とは魔力量と魔法適性を合わせたものだ。

 だから魔力がほぼ皆無な女性は必然的に魔法力が低いことになる。


「ですが、どういうわけか女性より男性の方が耐性は低いようですね。昔は女性ばかり発症していたようですけど、だんだん男女比が逆になっていったようです」

「いや、その辺の話はとりあえず良い。まずは話を進めろ」

「了解です」


 本のページをめくり、書いてあることを今一度目で追い確かめながら俺は話していく。


「アルセリアさんは魔女ですから、きっとかなりの耐性があったのだと思います。でも、ここ十年以上は毎日のように転移盤を使っていました。聖天騎士団にいた頃から魔法や魔力には幾度となく曝されてきたはずですし、転移盤は《聖魔遺物》なので何とも言えませんが、アレも魔法的な何かではあるんですよね? ですから、それで最近になって許容限界を迎えた……のだと思います」

「……なるほどな、理屈は分かった。で、その治療法ってのはやっぱ真竜の肝なのか?」

「みたいですね」


 オルガはテーブルに腰掛けると、腕を組んで目を伏せた。

 もしかして……信じていないのだろうか?

 と俺は不安に思ったが、彼女は怜悧さの窺える眼差しをどこへ向けるでもなく、独り言のように呟く。


「そういうことか……色々分かってきたぞ。だから竜人族ってのはこんな辺鄙な島々に住んでんだな」


 さすが聖天騎士様というべきか、オルガは頭の回転が速かった。


「たぶんそうですね。カーウィ諸島には竜たち――真竜が生息しています」

「いざというときは真竜を狩って、その肝を食わせてやれる。しかも他の種族は竜がいるから簡単に近づいてこれねえ」

「だから攻撃を――魔法を受ける機会も少なくなって、あとは竜人族全体に魔法使用に関する制限を設ければ、抗魔病対策は万全です」

「だがその制限が長い年月で色々ねじ曲がり、今があるってわけか」


 カーウィ諸島に竜人たちが住み始めたのは今から二千年ほど前のことだ。

 当初は抗魔病対策で魔法使用に制限を掛けていたのが、長い年月を経ることで守るべき理由の認知が薄れていき、ただ単純な掟として定着するに至ったのだろう。

 竜人族が竜や真竜を敬っているのも、初めは抗魔病の治療薬となる真竜を大切に扱っていたのが、やはり時間によって曲解していったからとも考えられる。

 こうして記録が残っていて、更に最近読まれた形跡があるということは、たぶん一部の竜人は真実を知っているはずだ。しかし、今更本当のことを皆に告げたところで意味はなく、だったら抗魔病は竜神様の呪いとして扱った方が竜人族全体を取り纏めるのに都合が良い。宗教が政治に利用されるのなんて当然すぎる話だしな。

 アルセリアが竜人の呪いだとすら知らなかったことを考えれば、おそらくここ最近は発症した人がいなかったのだろう。


 これが真実だとすると……婆さんとオルガが知らなかったのは意外といえる。


「聖天騎士でも、今の話は知らなかったんですよね?」

「あぁ、初耳だが……ま、無理もねえよ。抗魔病ってのは謂わば竜人族にとっての弱点だ。戦乱期当時の状況でそれを他種族に漏らすわけはねえし、ここ二千年くらい竜人族は他種族とほとんど関わり合ってねえ」

「それでも、少し意外です。教国なら知っていそうな感じがしますけど」


 なにせイクライプス教国はエイモル教という宗教によって、現在の安定期を作り上げた立役者とされているのだ。教国の力は多くの国々が無視できないものらしいし、世界的な影響力を持っているのなら、蓄えられた知識量も相当なはずだ。

 いくら竜人族が隠していたとしても、完全に隠しきれるとは思えない。


「いや……たぶん上の連中は知ってるだろうよ。だが教国は良くも悪くも世界の安定を図ってるからな、そんな情報は漏らさねえさ」

「聖天騎士にも、ですか?」

「オレ等にもだ。連中は秘密主義だからな、必要な情報しか寄越してこねえ。そもそもあのジジババ共にとっちゃ、聖天騎士だろうと手駒程度にしか思ってねえよ」


 オルガは吐き捨てるように言った。

 その気持ちは分からないでもない。

 もし本当に教国が知っていて隠していたのだとしたら、ここまで苦労することはなかった。

 

「っておい、ちょっと待て、抗魔病は魔法が原因なんだよな?」


 不意にオルガは息を呑むと、焦燥感の見え隠れした口ぶりで続けた。


「アリアが寝込んでから、毎日バアさんが天級の治癒と解毒の魔法をかけてるが、アレって不味いんじゃねえのか?」

「……そのようです」


 竜人族は怪我をしても、余程のことがない限り治癒魔法は使わず、自然治癒で治していく。その事実然り、治癒魔法でさえ抗魔病を促進すると本にも書いてあった。

 つまり、婆さんやリーゼがアルセリアに治癒と解毒の魔法を掛けているのは無意味どころか逆効果なのだ。


「おいおいおい……ってことはだ、竜鱗が黒くなるってのはもちろん良い事じゃねえんだよな?」

「抗魔病になってから尚も魔法や魔力を受け続けると、より耐魔性を高めるため、竜鱗が黒化し始めるらしく……それで更に体力を消費することになって、その影響なのか次第に神経が鈍っていくようです。体力の有無にかかわらず動けなくなっていき、痛みや熱さや寒さも感じなくなっていって、最終的には……生命活動を停止すると、書いてあります」


 竜鱗の色は適性属性と同じらしいから、闇属性適性者の場合、竜鱗は元から黒色だ。だが、一概に黒といっても色調は様々らしく、保有する魔力量によって濃淡が変わってくるらしい。つまり魔力量の多い者はより純色に近い色合いになるため、黒に近い場合は気付きにくいことになるが、黒化は漆黒に変じるため判別はし易いようだ。


「それで……余命は?」

「単に竜戦の纏が解けないだけの、普通の抗魔病には余命らしい余命はないようです。ですが一度黒化し始めると黒化は止まらず、おおよそ三年程で全身の竜鱗が真っ黒になって亡くなるそうです。しかしアルセリアさんの場合は……」

「毎日天級の魔法を掛けられてっから、黒化する速度も速くなるってか……完全に裏目に出てやがるな」


 オルガは溜息混じりに言って、片手で顔を覆った。

 彼女の言うとおりではあるが、ここは婆さんやリーゼのためにも念のため補足しておく。


「ただ、大抵の場合、抗魔病は黒化してしまうそうです。常に体力を消耗し続けているので、そのぶん身体が弱って病に罹りやすく、それでいて治りにくくなりますから、ただの風邪でも命に関わります。それで仕方なく解毒魔法を使い、何度かそれを繰り返していくうちに黒化が始まって、その後も病に罹って更に解毒魔法を使っていくことになり……」

「なるほど、死を先延ばしにするために解毒魔法使って、それで結局は同じ状況になるってわけか」

「はい、それで余命が三年程度ですから、天級魔法を掛けられ続けている現状が続けば……一年くらいでしょうか?」

 

 俺はオルガに説明しながらも、思考は止めていなかった。

 人に話したことで上手く整理できたし、理解も深まった。

 だから、これまでしてきた勘違いにも気がつけた。


 俺は先ほどまでアルセリアの抗魔病は神罰であり、神の呪いなのだと思っていた。だが、これは純粋な病だ。

 そもそもアインさんだって言っていたことだった。


『我が神は呪いなど用いません。現在のアルセリアは竜人特有の病、抗魔病に侵されています』


 完全にこれが真実だったのだ。

 なのに俺は神罰が下ったのだと端から信じていて、アインさんもそれを殊更に否定しなかったから、てっきりそうなのだと思い込んでいた。

 無論、この状況が全て神の掌の上という可能性はある。こんな都合良く目的の本を発見できるなど、状況が出来過ぎていて如何にも怪しい。

 しかし、昨日の見張りの会話を聞く限り、俺たちと相対したあの爺さんはロワンという名の長老衆の一員だ。アルセリア曰く、長老衆は《竜人王》の下につく大臣たちのようなもので、彼らが竜人族の政治を回しているらしい。

 故にあの爺さんは偉いはずで、俺たちから抗魔病のことを聞き、あれからこの部屋でこの本を閲覧し、テーブルに置きっぱなしにした可能性はある。


 それ以前に、抗魔病が神の仕業でないのなら、神という存在の信憑性は薄くなった。やはりアインさんの言う神など存在せず、だから彼女は俺が神罰だと勝手に信じ込んでいたのをこれ幸いとばかりに放置していた……とも考えられる。

 まあ、この件は考えようと思えば幾らでも考えられるし、ひとまずそれは置いておく。いずれにせよ、竜人族の因循を鑑みても、真竜肝という解決法は確かな事実のはずだ。

 

「とにかく、症状が酷くても真竜の肝を食べさせれば治るんだよな?」

「そのようです。症状の進行具合によっては何日か続けて食べさせる必要があるらしいですが、ちゃんと治るって書いてあります」

「よし、それならいい。真竜のことについては何か書いてあるか?」

「えーっとですね……」


 俺はつい先ほど流し見たページを開き、本をオルガの方へ向けて見せた。

 見開かれた紙面には火竜っぽい輪郭の竜が描かれ、しかしその内部は人体模型のような絵図になっていた。やや抽象的に描かれた臓器図のうち、胸の下あたりの赤く着色されたものを指差した。


「肝はこれみたいです。このあたりが損傷しないように狩る必要がありますね」

「こいつは良い情報だな。で、真竜がどこに棲んでんのかってのは書いてねえのか?」

「白竜島ではやっぱり天竜連峰に生息しているようです。でも時代や個体によって様々なようですから、絶対とはいえないみたいですけど」


 この本には書いていないが、アルセリアによると竜種の寿命は四、五百年ほどらしい。そんな長生きする生き物を俺とオルガは既に三十頭くらい殺しているのだ。

 これから更に真竜狩りで殺すことになるだろうし、いくらアルセリアのためとはいえ、さすがに色々と思うところはある。

 ま、だからといって真竜狩りを止めたり、襲いかかってくる竜に情けを掛けたりはしないが。


「何にせよ、良くやったローズ。これでアリアを治してやれる目処は立った。後はさっさと真竜を狩って、館に戻るだけだ」


 オルガはテーブルから引き締まったお尻を上げると、俺の頭を豪快に撫でてきた。


「必要な情報は手に入れたことだし、今はひとまず町から離れるぞ。欲を言えばあの転移盤のことも調べておきてえが、竜のこともあるし、長居は無用だ」

「そうですね、もう裸は御免ですし」


 作戦目標を入手できたからか、そんなことを笑いながら言える程度には少し気が抜けていた。なにしろNG作戦とはまさにNGな作戦なのだ。

 必要以上に全裸状態で過すことは露出癖に目覚めるリスクを高めるだけである。


「うっし、んじゃ行くぞ。一応言っておくが、最後まで気は抜くなよ」

「了解です!」


 オルガの言葉に俺は気を引き締め直し、しっかり頷いた。

 拠点へ戻るまでが任務だ、安心するのはまだ早い。


 しかし、俺の警戒は結局のところ徒労に終わった。

 昨日と同じく竜が襲撃してくるようなことはなく、俺たちは来た道を引き返し、まだ夜闇の濃い空を飛んで拠点へと戻った。

 何事もなくミッションをコンプリートすることができて、それはそれで喜ばしいことなのだが……なんだか俺は言い知れぬ不安を覚えていた。


 竜たちが襲ってこないことには何か理由があるのではないか。

 昨日は二頭しか襲ってこなかったし、初日や一昨日に比べると明らかに不自然だ。姐御の言うように天竜連峰から離れたからなら未だしも、俺たちの想定していないことが原因だったらと思うと、色々と心配になる。

 

 とはいえ、ひとまずは喜んでおこう。

 これで真竜狩りを敢行するに足る明確な理由も手に入れ、アインさんの言葉より確かな根拠をもって行動することができる。

 オルガもやる気だし、サクッと肝をゲットして館に帰ろう。

 

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