第78話 三五とこよい 8月31日 二人で生きていく
「三五、泣いてるの?」
オレの膝の上のこよいに顔を覗かれて、頬を伝う熱いものを見られてしまった。
「うん。これからは、いや、これからもずっとずっとこよいと “二人” なんだなって思ったら嬉しくて。いつでも、何をする時にでも、離れている時間でさえもオレ達は “二人” なんだって、思ったら……」
言っているウチに新しい涙が込み上げてくる。
でもこよいの、オレのお嫁さんの顔をずっと見ていたいから拭う暇もない。
「クスクス♪ 泣き虫さんね、三五ってば」
そう言うこよいだって目元がキラキラ光ってるよ。
「よしよし、拭いてあげるからジッとしててね」
自分の涙よりも先にオレの涙を拭ってくれる優しいこよい。
だったらこよいの涙を拭うのはオレの役目だ。
ハンカチを出して優しくチョンチョンとこよいの涙を拭く。
「ん~♡ ありがと、三五♡」
ああ、オレとこよいはずっとこうやって生きていくんだ……。
「三五ってばま~た泣いてる~♪」
イカン。涙腺が決壊するとはこういうことか。
感動し過ぎてどうにも制御不能だ。
言葉を交わしたりするとまたボロボロ零れてくるので、こよいをぎゅっと抱っこしたままジッとして気持ちが整うのを待つ。
でもただこうしているだけでも幸せだ。
胸の内からジワジワジワと気持ちが溢れだし、隙あらば泣かそうとしてくる。
困ったもんだね。
「あっ♡」
生涯のパートナー同士で見つめ合って幸せをじっくり噛み締めていた矢先、何の前触れもなく甲高い声を上げ出すこよい。
「ど、どうしたの?」
「わたし、今、赤ちゃん作る準備出来たっ!」
こよい、凄いこと言い始めたぞ。
しきりにお腹の下辺りを擦っていて、何とも言えない切な気な表情をしている。
「あうぅんっ。すっごいムズムズするっ! 切ないよおぉ~っ!」
こよいがサスサスしている場所に手を添える。
「あぁっ♡ あぁ~っ♡ 三五に触ってもらうの気持ちいい♡」
オレが手を触れただけで恍惚の表情になるこよい。
なでなでと擦れば更に夢見心地の顔になる。
「あ゛~♡ ヤバい~♡ 満たされりゅぅ~♡ でもっまだ、お腹の奥があっ、ジンジン疼くぅ♡ 三五っ♡ 言って♡ 三五♡ 産まれておいでって♡ 赤ちゃん、早く産まれておいでって♡」
い、いや、まだお腹の中に赤ちゃん居ないけど……そんな反論は嬉しいおねだりの前では無力 ・ 無意味 ・ 無価値に等しい。
ポンポンとこよいのお腹を撫ながら想いを込めて言う。
「オレ達の赤ちゃん……早く産まれておいで。会えるのを楽しみに待っているよ」
「ひうううぅぅん♡ ううぅあ゛~っ♡ 嬉しいいぃぃ♡ あ"~っ♡ 欲しいぃ♡ 早く赤ちゃん欲しいィ~ッ! 今! 今ぁぁっ! 今リアルタイムで産みたいぃぃ~っ♡ んぁ~っ♡」
オレの腕の中でモゾモゾモゾモゾお尻を動かして悶えるこよい。
クッッ! そんなこと言われたらグッとキちゃうじゃないかっ!
オレだって堪らない気持ちになるぞっ!
膝の上でお尻をプニプニされてるしっ!
さっきまでの清らかさと優しさに満ちた愛情がムラムラした男の欲望とバトンタッチして身体の奥に引っ込んでいく。
待って! 行かないで!
「あ゛あ゛あ゛ぁ~♡ わたし今、世界で一番三五の近くに居るのにぃぃ♡ もっと! もっともっと近くで三五を感じてラブラブしたいのにぃぃ♡ 今なら出来るのにぃぃ♡」
こよいが物凄く葛藤しているのがありありと伝わってくる。
その葛藤わかる! オレも何もかも忘れてこよいと結ばれたい! くあぁぁ~っ!
でも! たった今夫婦となったオレ達にとって、今頭の中で思い描いている行為は溢れる気持ちを発散したり、コミュニケーションを取る為の手段というだけではなくなっているのだ。
ここは涙を飲むしかない。
「こ、こよい。オレ達の赤ちゃんの為に、が、我慢しよう? ね?」
「う、うん。三五ぉ……。あぁ~っ! お父様のアホ~! わたしは頭の天辺からつま先まで、心の奥底まで徹頭徹尾、完全完璧に女の子なのに! 卒業までなんて我慢出来ない! 三五に我慢させたくない!」
こよいさん? オレも全く同じ気持ちなんだけれども、こんなにピッタリ密着した状態で腰をクネクネさせたり、お尻をフリフリしたりするのを、止めてもらっても良いかい?
ううう。頭の中にピンクのもやがかかってる。
落ち着け落ち着け。
深呼吸深呼吸。フゥ~~~。
「こよい。オレ、もっと頑張るよ。毎日頑張って少しずつ成長して、大人の男になるから。その時に結ばれよう。身も心も全部。ね?」
「さ、三五……うん、三五がそう言うなら。今日は我慢するね。わたしも三五をちょ~世界一幸せに出来る花嫁さんになるからねっ♡ その時はご褒美にい~っぱい可愛がってねっ♡」
やりきれない気持ちでキ~ッ! となって身悶えていたこよいだったが、ようやく心からの笑みを浮かべてくれた。
オレの方もホッと一息だ。
段々と気持ちが落ち着いてきて、引っ込んでた清らかな澄んだ愛情が再び胸から湧いて出てきてくれた。おかえり~!
お陰でこよいをこうやって抱っこしてても邪な気持ちにならない。
ただただ、暖かくて心地好い。
ドキドキしなくなった、という訳じゃない。
こよいに触れる時はいつだって初めて触れるみたいにドキドキものだ。
でもこよいはオレに安心を与えてくれる人だから。
愛しいこよいの心臓の鼓動。体温。髪の匂い。
そしてオレに対する深い愛情。
長く触れ合っているとそれらを強く強く感じて、どこまでも深くリラックスさせてくれる。
「はぁ~♡ きもちぃ~♡」
「うん……気持ち良いね」
こよいも全身を弛緩させ、トロ~ンと溶けてしまった様にオレに身体を預けてくる。
この快楽に激しさは全くない。
紅茶がティーカップを満たしていく様な充足感を、オレ達は味わっていた。
「さんご♡ ん~♡」
キスをねだるこよいに妖艶さというものはなく。
ただただ可愛らしくて仕方がない。
優しく唇同士を重ね合わせ、一秒数えたら離し、また重ね合わせる。
その甘い繰り返しを何度か重ねていると、子供の頃に返ったような気持ちになってきた。
慈愛の笑顔を浮かべるこよいに甘えたくなり、ついついイタズラっ子みたいにフトモモに顔を埋めてしまう。
スリスリと頬擦りすると、ふにふにと柔らかい感触が返ってくる。
やっぱり甘い匂いのこよいの膝枕は絶品だ。
こよいの小っちゃな手に優しく頬を撫でられると、トロンとまぶたが落ちてくる。
イカンイカン。赤ちゃんみたいに寝かしつけられている場合じゃなかった。
でも気持ち良くて満たされて……。天に昇ってしまいそうだ……。
ふわあぁぁ~……。
「うふ♡ カ~ワイイ♡ わたしだけの三五♡ よしよし♡」
優しく頭を抱っこされるとこよいに包まれているみたいでドキドキもののハズなのに、今はただただ、心地好い。zzz……。
「三五だけズルいなぁ♡ わたしも三五にい~っぱい甘えたいなぁ♡」
ハッ! そうだ。寝ている暇はない。
かけがえのないこの時間をたっぷり味わわなければいけない。攻守交代だ。
次はオレがこよいに膝枕をしたり、腕枕をしたり。
こよい姫様のお望みのままに、たっぷり甘えさせて差し上げる。
こよいは小さな子供の様にキャッキャと笑ったり、大人の女性の様にたおやかに微笑んだり。
時には男の子の姿に戻らなければいけないことを思い出して涙したりと、心の赴くままに振る舞った。
それで良いとオレは思う。
こよいが自分の心を素直にさらけ出してくれたなら、オレは全力で受け止める。
そうやってずっと一緒に生きていこう、こよい。
どんなに願っても、時計の針は止まらない。
窓の外の夕陽はいつしか沈んで、こよいの部屋に優しい暗闇が満ちる。
「ん……ふわあぁ……。さんご……んむ……」
こよいは今にも眠りに落ちてしまいそうだ。
ゴロゴロと仔猫みたいに甘えてくるこよいを優しく抱き上げてそっとベッドに寝かせてあげる。
その後は寝付くまでずっとお布団をポンポンしながらこよいの可愛いお顔を見つめさせてもらうんだ。
「むにゃ……おやすみの……キスぅ……」
こよいのまぶたが完全に落ちきってしまう前に、優しくキスをする。
こよいと過ごす特別な夏休みの、最後のキス。
この夏休みでした中で、一番優しいキスだった。
「んん……♡ ちゅっ♡ ふわあぁぁ~……むにゃ……ねむるまでそばにいて……さんご……」
「うん。ずっと側に居るよ。おやすみ、こよい」
こよいの髪を指で梳いていると、すやすやと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた。




