第59話 彩戸 アン 三五さんて不思議
神妙な面持ちのアンさんから発せられた実感のこもったその言葉はオレの背筋をゾクッと冷たくさせた。
Q極TSした女性が周りの人全てに受け入れられている訳ではない。
その言葉は彼女と同じくQ極TSしたこよいにもまた、当てはまる言葉だったから……。
「ど、どうしてですか!? 最近ではQ極TSする人も増えて、理解してくれる世間の人だって増えているって……!」
街にオシャレな店が増えて道行く人々のファッションが変わっていく様に、世の中はどんどん変わっている。
同じ様にQ極TS手術という技術が世に出たことで人々の意識も確かに変わっているハズだ。
だが、アンさんはふるふると首を横に振る。
「世の中は確かに変わりました。Q極TS手術の確立。それに伴う法律の制定と世論の後押し……。トランスジェンダーだった者達が生きやすい世の中になったと思います」
「それならどうして……」
「世間は徐々に移り変わっても、人の心の奥底まではなかなか変えられません。Q極TS手術はあまりにも先進的過ぎたのです」
やがてアンさんは言葉を詰まらせてしまう。その後を彩戸さん……メイお姉さんが引き継いだ。
「赤の他人の性別が変わるのは許容出来ても、隣人の性別が突然変わる事には困惑する。だから距離を置くってのが現状みたいね」
「そんな! 彩戸さ……メイお姉さんだってこよいの事をすぐ受け入れてくれたのに! こよいのご両親も条件付きとはいえすぐに認めてくれたのに!」
「いやいや、三五ちゃん。私達だってお嬢ちゃまの事を受け入れるのに時間かかったからね? 裏で。ほとんどノータイムで受け入れたアンタがおかしいのよ」
「え~!? 悩んでるのはこよいじゃん! オレ達が悩むのはおかしくない!?」
オレがおかしいの!?
親しい人が辛い思いをしている時にはキチンと気持ちを聞いてあげて、何をしてあげられるかを考えるべきじゃない? そこを悩むのならわかるんだけど。
戸惑うオレの様子を見たアンさんがクスッと笑う。
「三五さんて不思議な男の子ですね。私、普通の男の子に普通の女性扱いしてもらえたの、今日が初めてです」
そう言ってアンさんは嬉しそうにしてくれるのだけど、その事実が逆にオレを打ちのめした。
去年女性にQ極TSして、今日初めて普通に女性扱いされただって?
「私、Q極TS手術を受ける前に随分親と揉めたんです。ずっと女性になりたいと主張し続けて、成人した後に 「好きにしろ」 って親を根負けさせる形で手術を受けて……。以来、親元に寄り付きにくくて日本へ帰ってきたんです」
アンさんの口から語られるQ極TSの実情。
オレは自然と息を飲みながら拝聴していた。
「それで知人や親しい友人達とも連絡を取らなくなってしまって……。今現在友人と呼べる存在はこちらに来てから知り合った、同じようにQ極TSをした女性達だけです」
男性から女性に生まれ変わる為にアンさんは金銭以外にもこれ程の代償を支払わされていた。
こよいも。こよいもいずれは、何らかの形で代償を払わなければいけないのだろうか?
「そんな。こよいもアンさんも何も悪くないのに。そんなのあんまりだ」
もしオレがアンさんの立場だったら味方になってくれない親や離れていく友人達に思い切り怒鳴るだろうな。
だって薄情だろ、そんなの。何の為の親愛なんだよ。都合が悪くなりゃ離れるんだったらハナから寄ってくんな。……ってオレが怒って歯噛みしているのを見て、アンさんが先程よりもすご~く嬉しそうにしてる?
「うふふ♪ 三五さん、私の為に怒ってくれているんですね。大丈夫ですよ。何もかも失った訳ではありません」
柔らかく笑いかけてくれるアンさん。その表情に無理をしている様子は見受けられない。
「こっちにはメイも居るし、それに今日は三五さんっていう素敵な男の子とも出会えましたし♡」
オレの方が気遣われてしまった。やっぱりアンさんは優しいお姉さんだ。
「オレもアンさんに出会えて嬉しいです。気付かなきゃいけない事に気付かせてもらいましたし。良ければ色々と相談させて下さい」
「ま、まあ♡ わ、私で良ければ何なりとっ♡」
「ちょっとアンちゃん? 三五ちゃんにはお嬢ちゃまっていう恋人が居るんだからね? あと、私の弟だから」
「ち、違うわよぉ♡ さ、三五さんにお姉さんとして見られるのが嬉し過ぎるだけで、た、他意は無いからぁ♡」
「免疫無さすぎぃ! チョロ過ぎるわ、アンちゃん!」
Q極TSをしてたくさんの苦労を経験してきた大人の女性、彩戸 アンさん。
こよいが抱えている悩みとは何か。
相談できるのは彼女しか居ない。




