第24話 繊月 こよい 根元的な恐怖
※暴力描写があります。お気をつけ下さい。
オレとこよいの四方に位置取り、ジロジロと無遠慮にこちらを睨め付けてくる四人の男達。
「ね、ね、早くコイツ袋にしちゃおうよ! ヒヒッ早くう!」
ギョロギョロした目を卑屈な上目遣いにして仲間を煽る猫背の小男。
「うるせえぞゴラ゛! “集中” がキレんだろが! ったくよお……オレは集中さえキレなきゃ何でもデキんだよ……集中さえキレなきゃあよお……」
髪がボサボサで髭も伸び放題の男。コイツの目付きはヤバイ。一言で言うとイッちゃってる。
ギンギンに充血した目がオレ達を見て……いるのかいないのか? あからさまに薬物依存症っぽいんだが……。
「良いか、落ち着けよ皆。とにかく逃がしちゃダメだ」
好青年風で、ファッション誌の特集記事に載っていそうな服装と脱色した髪が特徴の男。
一見すると薄暗い悪事に加担するような印象は見受けられないが……。
「オレをコケにしやがったなクソガキが……! テメエ死んだぞ……?」
一番最後にヒョコヒョコ現れたのが、大柄なタンクトップ男。
動きが緩慢なのは履いているスニーカーが破れているからだ。ゴムのソールが剥がれかかっている。
四人組の内、三人はオレより頭一つ分は背が高い。体格も高校一年生 ・ 発展途上のオレと比べて出来上がっている。年齢は大学生か、少し上だろうか?
男達の特徴の中で、オレが一番気になったもの。それは優男風の脱色男の腕に着いている、腕章だ。
「あっ、コレ気になる? ははっ、実はオレちゃん警備員してました~。ず~っと見張ってたの気付かなかったぁ~?」
そうだったのか……! 成る程な。他の男達が祭りでウロついてたら、二人の世界に居たオレ達はともかく他の客は不審に思う。普通の警備員を装ってこんな悪事を働いたのか……!
コイツ等はやはり一律に同レベルの獣野郎共だ……!
「カワイイ娘が居るなぁ~って思ってず~っと見てたんだぜぇ? ヒューッ、近くでみるとやっぱイイねえ。アイドル並みじゃん」
「ヒヒィッ! テメーの目の前で犯してやるよ!」
「優しくカワイガッテやろうと思ったけどよぉ! カレシが生意気だからヤメだ! ブッ壊れるまで使ってやんよ!」
「オレは何でもデキる……オレは集中してる……」
「ひぃぃぃぃ…………っ や゛ぁぁぁぁっっ」
オレの腕の中のこよいがゾゾゾゾッと悪寒に身を震わせ、鳥肌をたてる。
当然の事だ。
元男の子とはいえ、いや、元男の子だからこそ、悪い男がいたいけな女の子をどう扱うかなんてありありと想像がついてしまうに違いない。
「こよい、オレの後ろに」
「は、は、は、はいぃ……」
オレは抱き上げていたこよいを降ろして彼女の前に立つ。身体を張って少しでもヤツ等の下卑た視線からこよいを隠そうと足掻く……が、360度取り囲まれてしまっては難しい。
獣達のギラギラと脂ぎった視線は文字通り油断無くオレ達の動きを見逃がさない様に注がれている。
威圧感を与えようというのか、ワザとジワジワと包囲が狭まってくる。
「やだぁ……っ やだぁぁ……っ」
こよいがペタンとその場に座り込んでしまう。こよいからしてみれば、逃れられない壁が迫ってくる様な圧迫感を感じている事だろう。
女の子の心を持ちながら、男の子の身体で生まれてきてしまった、こよい。
奇跡が起こり念願叶って正真正銘の女の子になれたと思ったら、人面獣心の輩に乙女の操と純心を汚されてしまう……そんな事はこのオレが許さない!
込み上げる激情を、唇を血が出る程に強く噛み締める事で堪える。
どんな手段を使っても、必ずこよいを守る!
「はっ。オンナノコを守る王子様ってか? つーか見張ってる間、さんざんイチャイチャ見せ付けられてマジ不快なんだけど。お前マジ死刑」
「ヒヒィッ! そうだよ! 今も女に頼りにされちゃってさあ! ムカつくんだよ! 早く殴れよっ!」
小男が早くオレを殴れと仲間を煽る、が。
「殴れだとぉぉ!? テメエ、オレに命令してんじゃねえ!」
小男の言葉に激怒した大柄の男、大きく腕を振りかぶって、ガツンと小男を殴る。
「ヒギィィィッ!?」
小男は土煙を立てながらバタンと後ろに倒れこんだ。
「二度とオレに命令すんじゃねえぞ! 分かったか!?」
「ヒィィ……ご、ごめんよ、ごめんよぉ……」
小男はみっともなく涙を流しながらフラフラと立ち上がる。
大柄の男は小男が痛そうに頬を押さえている姿を見て溜飲を下げている。
フン、大したお仲間だ。
「あ!? テメエ、今オレを見て笑ったか!?」
大柄男が嘲笑したオレに激昂し、一歩踏み込んで殴りかかってくる。
しかしソールがペコペコ言ってるスニーカーを履いてのその動作はひどく鈍い。
こんなパンチが当たったところで、精々小男の頬が腫れる程度の威力。
オレは余裕をもってサイドに飛び退く。
「痛えぇっ!」
大柄男は勢い余って樹を思い切り叩いてしまう。おまけにバランスを崩してフラついている。
それもそのハズ。地面はまっ平らじゃなく緩やかな傾斜がかかっているんだ。
機を逃さず、オレは身体ごとぶつけるショルダータックルを大柄男に喰らわせる!
「ぐっわぁぁぁっ!」
「あっあーっ! ヒギィィッ!」
吹っ飛ばされた大柄男は傾斜を滑る様に大転倒。小男は大柄男の下敷きになって潰された。
「バカなっ!? 今の動き、格闘技経験者かっ!?」
動揺する脱色男。そんなワケないだろバーカ。
大柄男がマヌケだっただけだよ。
勝手に勘違いしてろ。
今の内にこよいを抱き抱えて逃げるっ!……っと思ったのだが。
「集中……集中……集中……」
大柄男の転倒に微塵の動揺も見せなかった髭面男が、オレ達の行く手を遮っていた。
「ああ……ご……ごめんなさい……さんごぉ……あしが……あしが動かないのぉっ……ごめんなさいぃーっ……」
どちらにしろ完全に動けなくなってしまったこよいを抱えて逃げるのは無理だった、か。
「怖い……怖いよ……さんごぉっ……」
こよいが、泣いている。ぎゅっと自らの身体を抱き締めながら。絶望と恐怖に塗り潰された表情で。
こよい……こよい、こよい!
オレの大切なこよいがっ……!
見ているだけで気が狂ってしまいそうだ。胸が張り裂け、血液が今にも血管を焼き千切らんとばかりに燃え盛っている。
だがオレは自分の中に沸き立つ感情を、今、この瞬間だけ、努めて鎮めた。
息を吸って、吐いて。
真っ白な顔をしたこよいに出来る限りの優しい声を掛けて、頭を撫でてあげる。
「大丈夫。オレが居るから、平気だよ」
「さっ……さんごさぁんっ……」
こよいの顔から一瞬、フッと強ばりが解けた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
大柄男が起き上がり、怒りの叫びを上げている。
「殺すっ! テメエだけはブッ殺す!」
「落ち着いて! 掴むんだ! お前の怪力でガッと掴んでやればアイツなんか殴り放題だ!」
脱色男が言葉を選びながら大柄男にアドバイスを送る。
確かに掴まれてしまっては不安定な足場だろうが相手が破れたスニーカーを履いていようが関係ない。
「何だぁ!? 殴り放題だぁ!? ハッハァーッ。成る程なぁ。そいつはイイぜ」
脱色男は大柄男の扱いに慣れているのだろう。あんなに激怒していたのに脱色男の意見を素直に取り入れ、落ち着きを取り戻した。
ニヤついた大柄男の魔手が、オレに迫る。
この手に捕まってしまったら、最後だ。
オレは為す術も無くやられてしまうだろう。
そうしたらこよいを守るものは、居なくなる。
こよいが、汚されてしまう。




