第18話 繊月 こよい 濃密なあ~ん回
たくさん遊んだし、オレなんかは精神的に疲弊もしている。(自業自得)
ここはお祭りの美味しい食べ物を食べて気力 ・ 体力を回復させよう。
せっかくのデートでお腹が鳴ったら台無しだ。
告白という人生の一大イベントも控えている事だしね! (ベーゴマ男 ・ 談)
ひとっ走りして美味しいものを見繕いにGO!
まずは定番のたこ焼きに焼きそば。
これは外せない。
オレのイチ押しはケバブサンド。
お肉と野菜がもっちり白パンに挟んであって食べごたえ抜群。ヨーグルトソースがスッキリ爽やかで、いくらでも食べられる。
あとはスープ系かな~。
スープの屋台も出ていて色々種類が選べる。
コンポタ? ミネストローネ? 温かいのも冷たいのもどちらも美味しそうだ。
うーん、悩ましい。
ん? スープ屋台の隣からお味噌の良い香りが?
あっ! 大鍋でモツ煮込み作ってる。
うわー美味しそう。
スープの代わりにコレ買っていこう。(即決)
七味をたっぷり効かせたら絶対美味い。絶対食べたい。
デートで食べる様な物じゃない?
そんな事は無いさ。
だってこよいもモツ煮込み好きだし。
二人の好きなものを一緒に食べる事で、仲はもっと深まるハズさ。
「あら、いっぱい買ってきましたね~」
両手に飲み物を持ちながら、オレの事を待っていてくれた絶世の浴衣美少女こよい。
ん? 浴衣?
ああ~っ! そうだよ、こよいってば今浴衣じゃないか!
しかもただの浴衣じゃない。
上質でなめらかな生成りの木綿生地。
涼やかかつ艶やかな藍色藤柄。
こよいの美しさを可憐に演出するこの芸術品に、万が一ソースがハネちゃったらどうするんだよっ!
オレのバカヤロオォ~ッ! (本日二回目)
てゆ~かお祭りの食べ物ってソース系が多いよ!
どうしようどうしよう。
こよいの浴衣をソースから守るには一体どうすれば……?
そうだ! いい事を思いついた!
「こよい、オレがあ~んして食べさせてあげる」
「えっ♡ えっ♡ う、嬉しいィィィッ♡ あっあ~っ、でもこんなに人目がある中でイチャイチャ♡ したら周りの人のご迷惑にならないかなぁ、なんて」
確かに。イチャイチャカップルはウザイ。
これは真理。
しかしオレの胸の内にあるのは、こよいの浴衣を汚したくないという思いのみ。
そこに一点の曇りも無い。
その真心は周りのお客さんにも伝わるハズ。
いや、伝わらないハズが無い。(反語)
「大丈夫だよ。これはイチャイチャじゃなくて、こよいにご奉仕したいだけだから」
「アッ♡ なるほどぉぉ♡ それならちゃ~んと筋が通っていマスね♡ うっはぁぁぁ~っ♡ ヨーシ、こよい、ご奉仕お受けシマース♡」
こよいにも納得してもらえたしイートスペースのベンチに行こう。
一応、配慮として隅っこに座る。
いや、イチャイチャする訳ではないけれども。
まず、こよいにたこ焼きのパックを持っていてもらう。オレはたこ焼きをつまようじで刺して慎重に持ち上げる。
フーフー、と冷ましてからこよいのお口にたこ焼きを運ぶ。万一落ちても大丈夫な様に左手も添えれば、完璧。
「はい、こよい。あ~んして」
「はぁぁい♡ ああ~んぬ♡」
ぱくり。
「んっン~ッ♡ べらっぼうに美味しいでスウゥゥ~♡」
何かもの凄く喜んでもらっているみたいだ。
良かった良かった。
オレは細心の注意を払い、こよいのお口に食べ物をどんどん運ぶ。
特に強敵なのは焼きそば。
汁気をよーく切って具と一緒に麺を少しずつ少しずつ、ゆ~っくりとあ~んしていく。
「んっ♡ この焼きそば、イカが入ってるぅ♡ おいしい~♡」
こよいがご満悦で何よりだ。
この笑顔を守るため、美しい浴衣を守るため、気合いを入れてあ~んしていこう。
集中集中! 一本集中!
ケバブサンドは小さくちぎってからあ~ん。
「あぁ~ん♡ あむあむ♡ ん~♡ んまんま♡ 次はモツが食べたいな♡ です♡」
おっ、汁物をご所望か。スプーンにゴロッとモツをのせ汁をすくってゆっくりあ~ん。
完璧。我ながらいい仕事をするぜ。
「あぁ~ん♡ んん~っ♡ ピリ辛くにゅくにゅでんまんま♡ さっすがわたしの三五さん♡ モツ煮込みとはグッドチョイスです♡」
「こよい、お花の形をしたニンジンさんだよ。はい、あ~ん」
「あ~ん♡」
おおっ、あ~んの力って凄い。
こよいって実はあまりニンジンが好きじゃないのに嬉しそうに食べてる。
よっぽどあ~んしてもらうのが気に入ったんだね、こよい。
「ね、ね♡ 次はわたしが三五さんにあ~んってしたい♡ です♡」
「オレはいいよ。オレの浴衣なんて大したモンでも……」
「イ゛ィィヤ゛ア゛ァァな゛ぁぁぁの゛ぉォ!! わたしもあ~んってするのォォォ!! 何でそんな意地悪な事言うのォォッ!?」
うわぁぁ! 天使の如く博愛に満ちたこよいが怒ったぁぁ!
しかも敬語じゃなくなってる!
こよいにとってあ~んってそんなに大事なの!?
ここは逆らってはいけない。言う通りにせねば。
「ご、ご、ごめんなさいっ! こよいっ! あ~んってしてもらうからっ! いえ、是非あ~んってして食べさせて頂きたいですっ!」
「えへへっ♡ まずはたこ焼きからデスネ♡」
あ~んすると決めたとたんに二十万ドルの笑顔!
現金なこよい!
いや~、でも実はオレって 「あ~ん」 に全然ときめかない人なんだよね。
ただ食べさせてあげているだけじゃん、としか思わない。
飲み物の回し飲みなんかもそう。
例えばスポーツドリンクのCMでたまに回し飲みするシーンを見かけると思う。
その時女の子が 「間接キスだね♡」 とか言っても 「は? 何言ってんのコイツ?」 という素のリアクションしか返さない男。
それがこのオレ、高波 三五だ。
だからこよいの望む様なリアクションを上手く返せるか不安だ。
「はぁい♡ 三五さぁん♡ あぁ~ん♡」
あ……れ? ときめかない……ハズ、なんだけど?
「あ、あ~ん……」
こよいが食べさせてくれるたこ焼きをパクリ。
な、何だかめっちゃ照れ臭いんだけど!?
「美味し~い? 三五さん♡」
「あ、味なんてわかんないよ」
「あれあれ? それじゃもう一個食べなきゃね♡ はい、あ~ん♡」
「あ、あ~ん……」
すっっごいモヤモヤするぅぅ! 顔が熱いぃぃ! 何この感情!?
恥ずかしくて、もどかしくて、胸が苦しいぃ!
満面の笑顔を浮かべるこよいの顔がまともに見られない。
「んふぅ~♡ 三五さん、きゃぁわゆぅぅい♡ 美味しいものい~っぱいあるから、い~っぱいあ~んって出来ますねっ♡」
うううう、調子に乗ってアレコレ買ってくるんじゃなかった……かも。
あ~もう、オレのバカ! あ~んにはときめかなくてもこよいにはときめくに決まってるだろ!
カワイイこよいに食べさせてもらって食べている間は嬉しそうな顔でじ~っと見つめられて……。
これでときめかない男はホモだろ!
その後、オレ達は結構な長い時間に渡ってあ~んして食べさせ合いっこに興じた。
その様は周りから浮いて目立っていた事が後からわかったのだが……。
だけどその時のオレとこよいはお互いとお互いを取り巻く雰囲気が変わっていく様子に夢中で、他の事を気に留める余裕が無かったんだ。




