②もしかしたら、誰かのプロローグ
二話同時投稿です。
「さく……ってなんだよ!?」
「ほ~らご覧なさい、貴方『搾取』の意味すらわからないじゃないの。 おバカちゃんにもわかりやすく私が言いたいことを説明してあげると、貴方が努力し磨いて身に付けた素晴らしい技術も、読み書き計算ができないと悪い人に簡単に騙されて、そこらそんじょのガラクタ技術と同じ値段で買われちゃうってことよ!」
「騙されねーよ! そんな奴には売らないし!」
「へえ? じゃあ貴方、今リンゴを50L分持っていたとして、それには100Lの価値があるの。 ふたりの人から40Lなら買うよと言われ、ひとりはその価値に気付いて、もうひとりは気付いていないけど、どっちに売る?」
「え………………最初のヤツだ!!」
「ブー、不正解。 そんなのどっちにも売っちゃダメに決まってるでしょ? おバカねぇ~」
「ずッ、ズリーぞクソ女!!」
「騙されないって言ったじゃないの。 すぐ騙されるのは、知らないことへの引け目や見栄があるからよ。 知っておけば知らないことより有利ってわかったでしょ? はい、有難くお勉強しなさい! ……じゃないと次からは貰った食べ物を賭けるわよ! 貴方、今のままじゃ私に食べ物を差し出し続けて終わるわね!」
「くそッ! いつかギャフンと言わせてやるからな!!」
散々捲し立てたあと吐かれた捨て台詞に高笑いするバイオレットと、言い負かされた少年。
バイオレットは二年前よりも更に美しく成長していたが、服装は安物のブラウスに、簡素なロングスカートである。
だがその姿は生き生きとしていた。(特に言い負かした時)
「……いつもあんな感じですか?」
「うん、まあね。 でも助かってるよ」
辺境伯邸にやってきたコンラッドの話を聞いて、バイオレットはオルフェ伯爵領に興味を抱いた。
齢13にして彼女は死ぬ程退屈し、今後の人生を憂いていた。
腐っても公爵令嬢である自分にあるのは、ほぼ約束されたに等しい安定した未来──だがそんなモノ、クソ喰らえだ。
美しいものは好きだが、流行りのスタイルを常に頭に入れつつ自分をよく見せる為に思案しながら、窮屈なドレスを着続けるのにももうウンザリで、ハイヒールに至っては考えたやつをヒールで踏み倒してやりたいぐらい。
そんなナリをしてやることと言えば、公爵令嬢に相応しい立ち居振る舞いでのお茶会夜会で、うふふおほほとしたくもない話を遠回しにする淑女的な公務ときた。
──要するに、公爵令嬢として育てられたバイオレットはそれらを身につけることはできても、本質的にはどれもこれも嫌いだったのである。
どうせやるなら、もっと違うことがしたかった。直に触れて考え、意見を言い、直接的に動かせることを。
元来目立ちたがり屋で前のめりだ。
観劇するくらいなら役者になりたい、というのがバイオレット。そんな彼女に夫や家の為に女は子を産み、尽くせ、など……笑えない冗談もいいところだ。
例え相手が地位と権力のあるスパダリイケメンで、誰に贅沢だのなんだのと言われようとも、バイオレットにとってそんな人生など、お先真っ暗な暗黒人生だった。
コンラッドに強引に付いて行くと言い出した時、周囲の誰もが反対した。しかし当のコンラッドはバイオレット自身の問題をクリアさえすれば別に構わない、と彼女を受け入れた。
子供の勉強を見れる人間が一人増えるのは、それだけで有難い。コンラッド自身は忙しく、しかも悪筆なのだから。
バイオレットの我儘は今に始まったことではない。彼女は自分の甘えを許す、力を持った人間を熟知しており、外側から親の説得を試み成功させる。
1ヶ月もしないうちに、バイオレットは『コンラッドの婚約者』としてオルフェ家に入り込んだ。
無論、婚約は建前である。だが、コンラッドは当面妻を迎える余裕などないので、それも別に構わなかった。
バイオレットが後々困るのでは?とは思うが、本人の意向であるし、図太いのでなんとかなるんじゃないかと放置して今に至る。
「でも結果としてはいい拾い物だったね。 もっとなにもできないと思ってたけど」
「まあ、失礼ね!」
「褒めているんだがね?」
「もっとわかりやすく褒めなさいよ」
いつもより豪華で賑やかな夕餉ではあるが、コンラッドとバイオレットはこんな感じのやりとりがいつも通りの様子。
ここに侍女はいない。いても必要な時に雇う侍女だけだ。
自分のことすらできないようなら、それを理由に早々に御退場願うつもりでいたものの、バイオレットは逞しかった。
美しいものは好きだが、着飾ることに頓着しない……むしろいつも面倒だと思っていたバイオレットは着脱の楽な服を好んだし、汚れや虫にも怯まない。
掃除は一部を除き子供達の仕事だし、炊事洗濯は通いの家政婦がやるが、バイオレットは一通りのことを覚えた。
料理には興味津々で今はそれなりに上手くなった。彼女の料理は実験に近いので、時折とんでもないものも作るけれど。
「なにより高度な教育に加え、地頭がいい。 彼女の斬新な意見には何度も助けられている」
「ふふん♪」
リクエスト通りにコンラッドがわかりやすく褒めたものの、それは本心だ。
バイオレットは盛大にドヤ顔をした。
「ただなぁ……」
「なによ?」
「民との距離が近すぎるな。 子供達に不敬の意味を早急に覚えさせねば……他領でやったら死ぬ」
「ああ、そうね……それは気を付けるわ」
「スマン、私も少し任せすぎていた」
「……」
「……」
エルフィンとヨランダは、ふたりのなんとも言えない空気と距離感に顔を見合わせた。
通じ合ってはいるが、そこに甘さは皆無である。パッと見、いちゃついているように見えて、全くそうでもない。
バイオレットはもう15。
背も伸び、女性らしい身体付きになった美しく賢い彼女に、思うところはないのだろうかというと……特にないらしい。
バイオレットの方もまた、特にないらしい。
ふたりとも、今やることに夢中なのだ。
客室で息子を含め三人きりになった後、エルフィンは自身の長い髪にじゃれる息子をあやしながらヨランダに言う。
「妙な関係だが、ふたりには今、あれが自然なかたちなんだろうな……」
「……ふふ」
「ん?」
「私達のようなのも、傍から見れば妙なのかしら、と思って」
辺境伯夫人にはこれといった公務がない為、乳母をつける必要はないとふたりで決めた。なので、辺境伯邸でもふたりはこんな感じで息子と寝ている。
貴族で金も人員もありながら、子育てを自らする辺境伯夫妻だ。さもありなん、と言ったところ。
「ふむ……ならそれも悪くない」
「うふふ。 そうね、それに」
ヨランダはエルフィンに対して、大分我儘になった……と、本人は思っている。
それはエルフィンにしてみればほんの可愛らしい我儘であり、甘えられていることに喜びを感じるくらい。
でも、彼女自身はそれが不安なようだ。
「エルフィン様だって、仕方なく私を娶ったのですものね?」
たまに出る、この意地悪な言葉も不安の現れだろう。
ヨランダは、確認したいのだ。あの頃のように、与えられる幸せにどうしたらいいのかわからずに、疑っては悩んで身動きが取れなくなる前に。
ロマンス小説は一部事実である……愛だの信頼だのの構築は、結構面倒臭いのだ。だからこそ『育む』と言う。
「ふん、そんな可愛くないことを言っても無駄だ。 ヨランダ、どんなに可愛くないことを言っても──」
だからエルフィンは何度でも答えてやる。
可愛くないことを言った口に口付けを落とした後で。
「……お前は可愛い」
「──エルフィン様……」
「最初が気になるなら、何度でも記憶を失って最初からやり直してやる。 運命の恋でも、真実の愛でも、お前の好きなのを」
「うふふ」
「……笑うな。 本気だ。 なんなら土下座も辞さんぞ?」
「もうっ、やめてください!」
エルフィンから全てを聞いたヨランダは、わざわざロマンス小説で女心を学んでいたことを思い出して、コロコロと笑う。
その時々の不安により、この時のヨランダの反応は、いつも少しずつ違う。
エルフィンにとってはもう、自分の黒歴史ネタは鉄板ネタであり……ヨランダの反応に応じて色々とオイシイので全く構わない。
「──エルフィン様?」
「ん?」
「私、ずっと幸せです。 娶られてから今まで、ずっと」
「……ヨランダ……」
そしてふたりは──
「あだー! うぶぅ~」
「……」
「……」
──イイ感じになったところを、突如存在を主張しまくる息子に邪魔されるのであった。
息子アレクシスは将来、エルフィンとはまた違う感じのロマンス小説毒され脳になるのだが……それはまた別の話だ。
ご高覧有難うございました!
反省は、次に生かす!!!




