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96.アバンレイン荒野の決戦・転3

 バリスタが40。巨大投石器が3。巨大鉄球が1。破城槌が8。そして、梯子車が2台。それが、俺の今持ち出せた兵器の総数だった。これ以上を入れたければ、『兵器将像』自体のレベルを上げるしかない。

 であれば、これを用いていかに戦線を保つか、という問題。……俺自身の『超重装』と『魔術砲』こそあったが、これとて投石器や破城槌に括りつけたり埋め込んだりして一つの兵器として扱うことで、ギリギリ行われた抜け穴だ。これ以上は詰め込めない。


 では、どうすれば戦えるか。……単純な方法だ。兵器が足りないならば作ればいい。ミルノーは、使える時間と人手を最大限に使って、木材の確保と加工を行った。後方の陣地のために用意していた柵を壊し、梯子車を一台怖し、破城槌を壊してまで、大量のバリスタを製造した。

 木造の理由?すぐに加工できる素材が木しかないからだ。ゆえにこそ、作り上げられた兵器は全て木造、番えられる矢すらもすべてが木造。

 作りとしては些か不安定で、たった一日限りとはいえ、普通であれば使用しようとは思わない。


 だが、今は。これでいいのだ。

「木さえあれば、加工から完成まで一息に作り上げることが出来る。これが俺の作り上げた一夜野戦陣地『複射型バリスタ連射陣』。『ペガサスの兵器将像』の固有特性『天然要塞』なくして作り上げられない、……放棄可能な陣地だ。」

何しろ、木造の武器だ。撤退前に燃やせば敵に使われることはない。


 問題はただ一点。この武器は、何度も持ち歩くのには適さない。この武器は移動型の武器ではなく、ゆえにせいぜい罠としてしか使えない。

 だが、何もない野戦という環境で、このバリスタの罠の中に入ってしまえば、あとはもう簡単だ。盾になるものはここにはない。矢など、放てば当たる。

「第一陣、撃て!」

指示に従って、俺の部隊が矢を放つ。突撃してくる先鋒が、一気に崩れた。

「第二陣、撃て!!」

最前列がおおよそ地面に倒れきるまで、待つ。それでも突撃してくる勇者もいた。彼らは、再びバリスタの矢の洗礼を受ける。


 射程は、約、150メートル。敵の本隊との彼我の距離もまた、150。

 駆け抜けるには、20秒近い時間が必要だ。それまでに多くの敵は矢の元に倒れ、倒れておらずとも負傷は多少あるはずで、それ以上に、体力の消費が著しい。

「第三陣、撃て!!」

同時に。後方から、矢の雨が降り注ぎ始める。バリスタを抜けて近づこうとする敵兵をピンポイントで狙って矢を放つ、貴族たちの部隊がいる。


 バリスタは極論、敵兵に狙いをさあダメる必要はない。弾幕、というには少々威力の高い幕を張り、敵の意思と、兵数と、体力を減らせばいい。


「第一陣、撃て!」

6本の矢を番えるまでに、4秒ほど。そこから矢をまとめて引く機能を稼働させ、引き絞るまで、約5秒。

 10秒に一度、一陣当たりのバリスタは放たれる。合計は三陣。万が一の可能性も見て、4秒に一陣、バリスタを放つ。

 合計、12秒で三陣。敵は、死屍累々たる有様を示し。

「死んだものを盾にして進め!!」

指揮官は、おそらくそう叫んだのだろうと思う。きちんと教育を受けた指揮官なら、おそらくそれが、撤退を除く打開策だと考えただろう。


「馬鹿め。バリスタの矢がその体を貫いているのが見えないのか。」

盾。死体の盾ごと、矢が、敵の肉体を貫いていく。


 人の死体は、重い。元々人の肉体は60キロ前後あるのだ。それを支えられるのは、地面が支えているからであり、脳が体のバランスを整えているからだ。

 なのに、脳から何の反応もない60キロの肉体を盾に使おうと思えば。歩く速度が必然的に遅くなる。バリスタを食らう数が、増えるだけ。

 敵は、瞬間。足を止めた。


 それでも敵は撤退しない。撤退できない。

 この状況で、逃げる準備ができていない状況で背を向けるということは、後ろから襲ってくれという行為に等しいのだ。それをすれば、まず間違いなく敗北する。だからこそ、敵は、犠牲が増えるとわかっていてない無様に突撃を繰り返すしかない。

 万が一の兵器の故障。万が一の矢の雨からの突破。それを狙って、敵は前に進むしかなく。

「……敵が矢を放つ構えを見せたら、突撃を開始する。」

今は、敵はバリスタの脅威に怯えているから、冷静な思考が出来ない。だが、バリスタの射程を見抜いたらどうだろうか?


 決まっている、無為な突撃はやめる。150メートルも矢を飛ばせる敵はそうそういないだろうとは思うが。とはいえ、全くいないわけでもあるまい。

 だからこそ。敵は矢を撃つ構えをするだろう。その瞬間が、機だ。なぜならば。


 敵が、矢を撃つ構えを見せたとするならば。その瞬間の指揮官の思考は、単純なものだと予想できる。

 敵は、バリスタの射程を理解した。前進させないのも理解した。というより、出来ないと気が付くだろうと予想できる。なぜなら、この強力すぎるバリスタが動かせるならば。

 少しずつ前進させながら放つ方が、威圧感がある。威圧感が士気に及ぼす影響を考えるなら、多少距離が詰まる程度の問題は些事になる。


 だからこそ、だ。バリスタが前進しないのは、それだけでこれの特性を話しているのと同じ。となれば、動かないことを、敵は選択する。そして、撤退を考えるはずだ。

 戦争において、撤退戦は一つの博打だ。先ほどの俺たちのように、アメリア嬢という時間稼ぎがあれば撤退戦に移りやすい。……敵に追いつかれないようにする、それが、撤退戦の基本。

 バリスタが動けないなら、俺たちの選択肢は突撃しかない。それを理解できるだろうからこそ、敵は撤退前に矢の弾幕を張り、俺たちを近づけないようにするだろう。

「投石器の用意は?」

「出来ております!」

「あっちのバリスタの矢は?」

「そちらも不足なく!」

敵が、静まり返った。被害が甚大に過ぎて、逆に冷静になったのだろう、と思う。


 一瞬、考える。敵の指揮官は、優秀か否か。……ペディアほどでは絶対にない。ペディアくらい優秀だったら、今この俺たちの優勢は発生していない。

 エリアス並みか。いいや、エリアスでも、おそらく迂回くらいは試みるだろう。俺たちの背後から急襲するために部隊を分ける、くらいはする。その場合、今上空で待機しているアメリア嬢の部隊に反撃されるが……兵の数が多い敵のことだ。部隊を複数作るくらいは造作もない。

 剣戟の音。あるいは、アメリア嬢からの合図。それがやってこない時点で、敵の指揮官は俺の想定する最大限ほど優秀ではない。


「ポールやジェイスと同格か。」

それくらいの指揮官だろう。そう当たりをつける。つまりは凡庸に、少し毛が生えた程度の実力。ならば。

「ふぅ。」

息を一つ。賢い指揮官なら、さっきまで苛烈に突撃していたのに、いきなり静寂を生み出したりはしない。それが罠の可能性もあるが、おそらくはない。

 そうとなれば、敵の今の静寂は、撤退の準備と考えるべきだ。……それを、俺に悟られる程度の指揮官だと考えるべきだ。

「突撃しろ!!」

罠は、ない。『超重装』を脱ぎ捨てて簡易的な鎧を纏い、馬に飛び乗った俺はそう叫ぶ。


 兵士たちが、走り出す。合わせるように、敵が弓矢を俺たちの方へと向けてきた。

「投石器!!」

ガタン、という音。150メートルを超えて、200メートル近く石が飛ぶ。それが、敵の陣地の中へと突き刺さる。

 混乱。弓兵たちがつい矢を構える手の力を抜いて、矢が放たれる。狙いもブレブレ、どころか明後日の方へと飛んで行く。

 次の矢を番えるまでの時間でどれだけの距離を詰められるだろうか。兵士たちは懸命に駆けている。

 『ペガサスの将軍像』の権能、身体能力の1.6倍化。これの影響下に、兵士たちはある。つまり……速い。


 それでも。第二射は放たれた。

「『暴風魔術』!」

空に向けて、この30分余りでかろうじて回復したわずかな魔力を使う。空の、一点。強力な風が四方八方に吹き、その影響がさらに周囲の風を動かす。

 矢は、その勢いと、まっすぐに飛ぶという飛翔方法を失った。ひどいものはその場で回転しながら落下し、ひどくないものも少なからず威力が落ちる。


 それは。肉を刺せても骨までは刺せない、少数を鈍らせても大勢の足を鈍らせるには至らない。

「あぁぁぁぁ!」

『兵器将像』の、“兵器召喚”。兵器に認定されている『超重装』を、再装着。

 手甲につないだ機構を叩く。それは、手首から先が放たれる、ワイヤーロープだ。それを使って、敵の先頭の兵が持つ矢を、握る。

「飛散機構。」

僅かな、魔術に至らない微細な魔力。それが流されることによって発動する、鉄の塊の爆散機構。


 敵が数人、負傷した。重症ではない。だが、弓矢を持てるほどの力は、もうしばらくは入らないだろう。

 前線の一部が混乱する。混乱が伝播するように、一部が一帯へと広がっていく。

「統制のない敵などただの餌だ!刈り取れ!!」

そう言いながら、かかとから袋を取り出した。二つ。それを、全力を込めて後方に投げる。


 距離は、30メートルほどしか飛ばなかった。だが、落下地点を中心に、煙幕が発生する。

 十分だ。正面の敵は侵略軍を相手するために剣を抜き、後方は煙幕があるから俺たちを十分狙えない。……というより、距離感が図れない。


 そうして、ペガシャール帝国の左翼軍は、混戦になった。




 突撃……その言葉が聞こえた瞬間、ビリッティウス子爵は動かないという決断をした。理由など、問うまでもない。なぜ、貴族が、わざわざ前線になどでなければならないのか。

 他の貴族たちがこぞって動く中、彼は動かなかった。


 とはいえ、本当に動かなかった場合、それは反逆罪に問われかねない。ゆえに彼は考えた。


 そうだ、最後尾からついて行こう。

 前線に出なければ、流れ矢にでもあたらない限り死ぬことはない。だから、ほとんどの兵士が出払った直後に、サンダースは叫んだ。

「私たちも続くぞ!」

走り始める。馬で最後尾をよちよちと。前方で必死に戦っている愚か者たちを尻目に、立っているだけで勝てる戦を楽だと感じながら。


「父上。……申し訳ありません。」

「どうした、エルヴィン。そんな、決意を決めたような顔をして。」

「私はあの中に潜り、武功を挙げようと存じます。」

「ふむ、そうだな……何もしないより、猛者が首を挙げたという方が聞こえはよいな。行ってまいれ。」

どこまでも他力本願に、サンダースは命じる。エルヴィンが死んでもかまわない。いや、戦で長男を失ったと聞けば、戦争に対するサンダースの姿勢もよく見られるというものだ。それは、ビリッティウス子爵家にとってもいいこと。


 どちらをとっても、自分さえ死ななければ良いことずくめだと考えるサンダースは、だからこそエルヴィンに前へ出る許可を出し、

「ですが、その前に、やるべきことがあります。」

「やるべきこと?」

「ビリッティウス子爵家の腐った膿は吐き出さなければなりません。……父上、さらばです。」

超々至近距離。これを、目と鼻の先というのだろう。


 エルヴィンはその矢先を、サンダースの眉間に向けて、弓を弾き絞る。

「な、なぜ?」

「これも、ビリッティウス子爵家のためです。」

「……。そう、か。」

息子が向ける強いまなざしに、サンダースは目を閉じる。


 いつの間にか、息子はここまでの覚悟が決められる男になっていた。おそらく、時流を読めるようにもなっていたのだろう。

 老害は、おとなしく、

「去ると思うてかぁ!!」

クワっと目を見開くのと、矢が眉間に吸い込まれるのは、ほとんど同時。


 息子の覚悟を見た上で、それでも最後まで貴族として生き残ろうと、剣に手をかけた状態で。


 サンダース=エーレイ=ビリッティウスは息子の手によって討ち取られ。


「ビリッティウス子爵家当主!サンダースは、ゼブラ公国の矢にかかって死んだ!!この父の眉間に刺さる矢が証明である!」

エルヴィン、子爵家当主殺しをなした息子は、親殺しの余韻に浸ることなく即座に叫ぶ。

「この瞬間よりビリッティウス子爵家の全指揮権は私が預かる!かかれ!」

それは、その場にいる大貴族と呼ばれる貴族家の本格的な参戦。ゆえにこそ、その勢いは尋常のそれではなく。


 もう、敗北はあり得なかった。


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