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91.ネストワの攻防

 ペガシャール帝国という国において、いちばん重い問題とはなんだろうか。

 人員が少ないこと?それは正しい。人員不足と、その少ない人員への信用の有無の問題で、ペガシャール帝国内の内政は『像』を得た人間とその実家の人たちだけで回されている。

 過労で倒れる可能性は大いにあり得る、それが確かに現実だ。


 あるいは、ゼブラ公国への侵略状況?それは正しい。

 今ゼブラ公国へ進軍しているのは、『護国の槍』を除けばアシャトが心底信頼できる部下たちである。ゆえに、彼ら彼女らが万が一敗北し、死ぬようなことがあれば、アシャトは王として信頼できる人物を一気に失う。

 そうでなくとも国内随一の精鋭だ、失ってよい理由は全くない。余裕もまた。


 そして、以前から問題になっていたにも関わらず、なぜか完全に放置されていたとある交渉。これもまた、ペガシャール帝国という観点からしたらとても譲れない重要事項の一つであった。


 その対応を、私……マリア=ネストワは行う必要が、あった。

「で、三日後に来ると言った挙句に一ヵ月をはるかに過ぎ、陛下が出て行ってから面会に来た、その弁明を聞きましょう。ローグ=ネストワ殿。」

「お祖父様、とは言えぬのか。」

「……ここは公的な場です。私的な場で、会うことがあれば、一考しましょう。」

もちろんのことながら言う気はない。会う気もない。母さんが死んでから一度も会いに来なかった人を肉親と思う必要はない。

「そんなに固くなるな、マリア。お前はまだ12……。」

「はい。6年、でしたか?」

母が死んでから、今日までの月日は。言わずとも彼には伝わったらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「それより、弁明を。」

彼らが、今ここに来た、ということはだ。彼らが、答えを出した、ということだ。それを聞くのが、私の役目。……きっと、ゲイブさんや他のペガシャール貴族たちはそれ以上を求めていない。

 でも、これは重要な問題だった。

 三日後という約束反故は、ともすれば陛下を軽んじていると捉えることも出来る問題。しかも、それが一ヵ月を超え、もうすぐ二ヵ月に……あと数日で二ヵ月になろうとしているなら、その時間の長さは即ち、『アシャト陛下』を軽んじている、その度合いの大きさだ。

「そんなことは。」

「そんなこと……そう、ですか。」

些細な話だろう、と言おうとした彼の口上を、阻む。聞くだけの価値がない。

「お帰りください。エルフの力はとても貴重なものですが、ネストワだけがエルフではありません。」

「おま、誇りは。」

「孤児として生き、妖精と地元民に助けられ、盗賊と戦う中で育ったエルフの、誇りですか?」

それは、ある。明確に、明瞭に、大きな誇りがある。


 私は戦うものとしての強い強い誇りが、今なおある。

 殺気を、戦意を噴き出した。手元に『智像』を顕現させ、いつでも戦う覚悟があるぞと脅して見せる。

 12歳の少女の脅しだ。見る人が見れば、さぞ滑稽なことだろうな、と冷静な部分が口にする。それを、強引に振り払った。

「お帰り

「申し訳ありませんでした。」

ください、と続けようとした口上を、今度は彼によって阻まれた。まあ、いい。謝るのならば、話くらいは聞いてあげてもいい。


 甘い、と別の私が囁く。もっと徹底的に虐めるべきだ、それが国の、陛下のためであり、政治家として正しいやり方だ、と囁いてくる。

 私は、それが正しいことを認めた上で、黙らせた。確かに、もっと脅して、彼の不利を髄から理解させた方が良かった。でも、そうしない。それは、私の子供らしさだ。

 私は、私がそう思いたくなくとも、彼らが親戚であることを認めている。親戚には、少しでも楽な生活をさせてあげたいという、子供心が、わたしにはまだ残っている。


 この子供らしさは怒られるだろうか。きっと、コーネリウスさんやジョンさんたちは責めるだろう。

 でも、陛下や、エルフィール様や、ディールなんかはそうは言わない。きっと、「今はその童心を大事にしろ」とおっしゃられるに違いない。

 だから、今は、これでいい。私は、そう思う。

「弁明を。」

とはいえ、それとこれとは話が別だ。交渉の席を設けるくらいは許してあげる。でも、弁明をさせる必要はある。


「お前を、連れて帰るには。陛下がいない時しかないと思ったからだ。」

「連れて帰りますか?」

「……やめておこう。」

彼はそう言って、諦めたように息を吐いた。おかげで、私も安心して交渉の場に臨める。……私は、根本的に戦うのは苦手なのだから。




「ザックとネストワの一族に名を連ねるエルフたちを50。軍としてペガシャール帝国に貸しあげる。」

「いいえ、必要ありません。その役割は私たちで十分でしょう。」

それは、エルフの処世術。


 いくらエルフ族の寿命が長く、戦闘経験に秀で、弓と魔力が特に優れていようとも、絶対数が少ない。である以上、どうやっても六王に任免された『像』の軍とは戦えない。滅びかねない。

 そうである以上、エルフは自分たちが王の不利益にならないと示し、協力体制を作るために、一族から数名から数十名のエルフを王に貸し、自分たちの有用性を示すことで、『敵対しない』ことを誓うのだ。

 が、そのエルフの処世を、私は両断した。だって、私とメリナがいる以上、下手にこれ以上エルフ族に『像』を与えると、他の種族への示しがつかない。だから、『像』になるエルフを貸与されても、困る。


「ですが、アシャト様の一臣下として、ペガシャール帝国の中に紛れるというのであれば、その用意がございます。」

要は、だ。エルフの処世術は、根本的にはペガシャールと敵対しないという意味合いであるが、もっと根本を言うならば『対等に同盟を結んだ国家として扱え』というに他ならない意味合いを持っている。

 貸与されるエルフは、エルフの代表としてペガシャールに仕えるのではなく、エルフの代表としてペガシャールと友好を示すに過ぎない。

 それが、これまでエルフから取られていた『像』の意味だった。


 これの意味が、変わる。ペガシャールという『国』とエルフという『一族』が対等であるのではなく、ペガシャールという『国』にエルフという『種族』が入れという意味に、変わる。

 王と、一族の一介の平民が対等であっていいはずがない。だから、エルフという種族はそれが許されていた過程で、『特権階級』的な役回りがあった。

 それを、剥がす。徹底的に。根本的に。原型を見失うほどに。

「そ、れ、は。」

「許せませんか?」

「当たり前だろう!国王と個人が対等であったから、エルフとペガシャールは友好的でいられたのだ!エルフよりペガシャール国民の身分が下であったから、我らは貴様らに施しをしていたのだぞ!」

「ええ。その考えは、捨ててもらいましょう。ボロボロになっていくペガシャール国土を見て見ぬ振りし、自分たちの土地を美しく保ち続けたネストワ家の皆さま?」

何かを、噛み潰したかのような音。元より、ペガシャールの土地は『像』によって身体強化された兵士たちが開墾し、エルフたちの助言に従って農民たちが維持してきたものだ。


 『像』が欠け、エルフが沈黙をしてしまえば。土地の維持で精一杯に、農民たちはなってしまう。

 そのうえで税率が上がれば。その上で貴族たちが腐敗すれば。

 私は、『像』が欠けることは止められないと思った。あれは神様のモノだ。人間が最大限利用しようと四苦八苦しているだけで、あれは最初から神様のモノだ。

 だから、神の気まぐれで、この200年のように、再び『神定遊戯』が発生しなくなってもおかしくはない。だが、エルフは、違う。

 エルフたちがきちんとペガシャールの国民意識を持ち、ペガシャールの民を助けていれば。腐敗貴族の量産はさておいて、もう少し民たちは持ちこたえたに違いない、と思う。


 だから、まずは。

 『エルフの代表』は陛下に忠誠を誓い、陛下と対等ではないとする。その役割は、私とメリナが全て担う。

 残りのエルフたちは、それを代表として動くことで、結果的に平民階級と同等の立場になる。

 断言できる、これを思いついたのは偶然だ。本当に、たまたまだと、私は思う。


 でも、この偶然が、とても都合がいい偶然で。

「さっきも言いましたが……別にエルフは、ネストワ以外にもいます。他のエルフに当たってもいいのですよ?」

とはいえ。他のエルフの一族には『私とメリナ』というカードが使えない。ネストワと比べて、圧倒的不利な戦いになる。……それに、だけど。多分、失敗すると思う。


 エルフを完全に『ペガシャール帝国』に取り込みたいのでああれば、ネストワ家を完全に臣下として取り扱えるようにした方が断然早いし楽だ。それに、前例があれば、他のエルフたちも、それに倣うという大義名分が出来る。

 攻め滅ぼされたくなければ従え、という脅迫。それに対して、明確な逃げ道があれば、人に限らず、心ある生物なら流れていくものなのだから。


 ……やっぱり、ローグは、お祖父様は受け入れたくないというように首を振っていた。当たり前だ。自分より下、見下していい人たちがたくさんいる環境というのは、自尊心をとても満たせる。

 あるいは、それを心の支えに出来るものすらいる。努力するために、発起するために、誰かを見下すことすら時に重要なのが、生物なのだから。それを捨てるのは、不可能に近いと、私は思う。


 だからこそ。誇りが高い人は扱いやすいと、ほくそ笑む。この人を落とすのは、この人に首を縦に振らせるのは、実はとても簡単。

 それを、彼は。私に会うなり最初の一言で、はっきりと明言してしまった。


「拒否しても大丈夫ですよ、ローグ=ネストワ殿。アシャト陛下の治世にあればネストワ家は完全にこのディマルスに入れなくなる可能性はありますが……ネストワ家は存続されます。」

これは当然。こちらが、『王像の王』に『智像』を与えられた者の提案を断り、臣下にならないかという誘いを蹴ったのだ。ネストワの一族が国政から斬られるのは当然と言える。

 だが、そうなった場合。普通、ネストワの一族は滅ぼされるはずだ。国に従わない、国土に住む、少数の、力ある一族。

 まともな政治家であれば、滅ぼさない理由がない。でも、存続されると私は言った。ローグは怪訝そうに私を見ている。


 私は、心底から当然のように、そうするのが当たり前のように、言った。

「ちゃんと、陛下には話しておきます。私の実家を滅ぼさないであげてくださいって。陛下は優しいから、きっとお願いを聞いていただけます。」

もちろん、そのお願いの後ネストワが反旗を翻したらその限りではない。どころか、まず間違いなく私の国内での発言力はなくなるだろう……『智将像』とは考えられないほどに。


 でも、そんな危惧は要らないと私は思う。ローグ=ネストワは、私にお祖父様と呼んでほしそうなそぶりを見せた。それは、私を孫娘だと思っている証拠。庇護対象だと思っている証拠。

 だからこそ、この一言が、決定打だ。

「私が、ネストワの一族を守って差し上げます。だから、お断りしても問題ありませんよ?」

私が。12の小娘が、一族を守る。瞬間、とんでもない羞恥心がローグ=ネストワに湧き上がり。

「いいだろう!ネストワのエルフは、ペガシャール帝国の臣下にでも何でもなってやる!」

勝った。そう、思った。


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