88.次はペガシャール植物園
主人公視点に戻ったの、22話ぶりだそうですね。
ペガシャール魔術研究棟、通称ベルスの解放を終えた。
門は既に開かれ、中への行き来は(俺の許可さえあれば)多少は自由に出来るらしい。
「陛下!入れてください!」
「ならん。」
レオナが頭を下げる。俺が拒絶する。なんで、と言わんばかりに、彼女は俺を恨めしげに睨んできた。
「睨むな。」
「目の前に、素晴らしい、誰も使っていない、研究施設が、あるんです。私は、何としても、欲しいですよ。」
「ならん。」
「何で?」
なんでも何も。こいつが一度魔術研究棟に入ったら引っ張り出す手段がなさそうだからである。これほどの腕の魔術師だ。国に仕えてもらって、責務で縛ってからじゃないと、下手に飴など与えられるものか。
不満そうに懐から魔術陣を出した。瞬間、ジョンが怒鳴る。
「レオナ!降伏したのでしょう!未練がましいにもほどがあります!」
「ほどなんてないよ!」
レオナ的には、自分が欲しいものを欲しいと言っているだけだ、どうして怒られるのかこうして文句を言われているのか、理解に苦しむという表情である。
「……とりあえず、レオナよ。」
「はい、陛下。」
「お前が俺に忠誠を誓うまでは、少なくとも研究棟はお預けだ。」
「誓えばどれだけでも研究棟に入り浸れるのですね!誓います!!」
「「違う!!」」
レオナの『入り浸れる』は『二度と出ない』の意味だ。そんなわけがない。
「忠誠を誓い、国のために働くのなら、ある程度の出入りは許可しよう。そういう意味だ。」
「え?」
驚いたように目を丸くする。まるで、そんなことを言われるとは思っていなかったかのように……。
「なんで?」
まるででも何でもなかったらしい。その通りだったらしい。
「研究脳の気持ちはいまいちわからん……。」
彼女が研究に没頭すれば、魔術はさらに発展するのかもしれないと思う。だが、いま必要なのは魔術の発展ではなく国の安定なのだ。
「まぁよい、レオナ。しばらくついてこい。お前の態度次第で、ここにいれるかどうか考えなくもない。……誰が許可を出すか、忘れないように。」
「……はぁい。」
諦めたような声を、レオナは発した。とりあえずこれで、彼女については置いておいていいだろう。
「ジョン、彼女の相手は任せるぞ。」
「え。」
当たり前だろう、と鼻で笑う。歩かせるだけで面倒くさそうなのに、共に行軍をさせるのはどう考えても難題だ。今の俺じゃ出来なさそうなのだから、出来るやつに任せる。
「……承知しました。」
ジョンの目が一瞬上を向いて、頭を振って、レオナを見て……その手と、顔と、そして彼自身の手を見てから、頷いた。
これは、あれだ。面倒さと恋愛感情を天秤にかける動作だ。勘だが、俺はそう思う。多分間違っちゃいないはずだ。
「レオナ、行くよ。」
「どこに?」
「僕の陣。陛下と一緒に行くなら、守ってもらうことがいっぱいあるの。」
「逃げようかなぁ……。」
「研究棟にも入れなくなるね。」
「それは、困る。」
そんな呟きを残すと、彼女はジョンに手を引かれて俺の前を去って行った。
「いいの?」
「いいんじゃないか?」
「君が王様なんだから、君がレオナを使いこなせるようにならないとダメなんだよ、アシャト?」
まるで道具のように言う。神の使徒からしてみれば、確かに人も道具も大差ないのかもしれないが。
「多分何とかなるだろう。」
「根拠は?」
「勘。」
うわぁ、とディアが呆れたように息を吐いた。とはいえ、勘は侮れないものがある。それを理解しているから、ディアはそれ以上何も言わなかった。
ただ、呆れたように息を一つ吐いただけだ。
「次はどうするの?」
「ニルアに向かうさ。」
ディアの問いに即答する。ペガシャール魔術研究棟の次。この旅の本来の目的。
ペガシャール四大都市の、全開放。
次は、ペガシャール植物園……ニルアだ。
まぁ、目的地を定めたとはいえ即座に出発できるはずもなく。俺たちは周辺土地の測量や土地の状態を確認したりしながら、5日ほど休みを取った。
その間は魔術研究棟の出入りを許したからか、レオナは速攻で中に飛び入り、ひたすらに研究支障を読み漁っていたらしい。
「陛下!」
それは、四日前のことだった。彼女が俺に声をかけてきたのは。
「どうした、レオナ。」
「『像』を……智将か魔術将の像をください!」
いきなり何を言うのかと思った。いきなり俺への忠誠に目覚めたのかと思った。
「資料に書いてあったんです!『思考加速』の権能を持つ『像』と、それを誰でも使える魔術化する研究について!!」
力が抜けるようだった。次のセリフを、俺はおそらく悟っているだろう。
「私がこれを実用化する!だから、実験材料として『像』をください!」
だろうと思った。口には出さないが、隣で聞いていたディアもそう思ったことだろう。
「断る。」
「なぜですか!」
「そうだな……例えば研究がとてもいいところだとして、俺が戦で力が必要だからお前を呼んだ。さあ、お前はどっちを優先する?」
対する答えは、間髪入れずのものだった。
「研究を優先します!」
「だからだよ!!」
キョトンとする彼女を見る。『像』に任命する以上、そこは断固として……せめて悩んだ結果として、『命令を優先』してもらわないと困る。
とはいえ、理解できないのだろうな、と思う。『困る』と言えば『なぜですか』と問いかけてきかねない危うさが垣間見える。
話を続ける気はなかった。話を続けてはならないと本能的に悟った。
「とにかく!いくら何でも許せることと許せないことはある!!」
強引に話を断ち切る。……彼女を『像』にしたいとは思う。『像』にするなら非常に強力な将に、一騎当千どころか当万にすら至る稀代の魔術師になってくれるという自信がある。だが、だからこそ。俺たちに協力しない『像』を認めるわけにもいかなかった。
「頼むぞ、ジョン……。」
レオナが、説得で意識を変えるとは思っていない。それは、たとえ一番身近なジョンであっても同じだろう。
だから、期待していた。ジョンに。ある意味幼馴染ともいえる魔術将に。
レオナが勝手に変わる機会を、作ってほしい。そう、思っていた。
休息が終われば軍は動く。元より俺たちにはあまり時間がない。
一ヵ月で残り三ヵ所の施設を回ると、そう宣言していた。一つ目で約8日、急いだほうがいいだろう。
「アシャト。」
「あぁ。進軍開始!!」
ディアのささやきに応じるように叫ぶ。こう、妙に格好いい言い方をしているものの、敵がいるでもないほとんど安全地帯を進軍中だ。
いいことだが、張り合いがない気がした。
「気持ちがわからないではないですが、いずれ嫌でも戦場で叫ぶわけですし、この寂しさも滅多に味わえないものですよ?」
フレイが言う。それに、そうか、と気のない返事を返す。
「そんな気のない返事を返さないでくださいよ……寂しいじゃないですか。」
「お前に寂しいという感情があるとは思わなかったな、フレイ。」
長い髪の、頑張れば中性に聞こえるかといった具合の男性の声をした長身が答える。目が細く、顔が小さく、一瞬本当に女性かと錯覚しそうになるのだが……顔だけである。
体つきはそれこそ成人男性のそれであるし、何なら声も、その顔から発されているから中性に捉えられる程度で、顔を見なければギリギリ男性だと認識できるだろう。
「嫌だなぁ。おしゃべりは寂しがりの証だってならわなかったのですかぁ、陛下。」
「あいにく知らんな。というかその話し方は何とかならないのか。」
疲れる。ほんっとうに、疲れる男……男だよな?……男?
「なぁに、陛下。私の美貌に惚れちゃった?」
「女か?」
「男よ?」
あっそう。なんかもう頭が痛い。
フレイ=グラントン=ニネート。『ペガサスの近衛兵像』。ニネート子爵家の嫡子。
髪は黒色。長さは肩甲骨の下まで。その微妙な長さと話し方と、先ほど述べたような声。肉体を見ればどう考えても男性なのだが、全体像を見ればどちらかわからなくなるのだ。……こいつは多分、意図的にやっているだろう。
「お前男に欲情するのか?」
「そんな言い方はないじゃない。でもまあ、間違っちゃいないわね。」
「……気持ち悪いんだが。」
「良かったわ。」
素直な感想を伝える。すると、よりにもよってよかったという返事が帰って来た。
「いいのか?」
「いいのよ。個人の趣味としてはさておいて、受け付けられないのは当たり前だわ。そこを捻じ曲げて初めて、わたしみたいなのが生まれるのよ。」
ねじ曲がっていると自分で言うのか、と思った。……とはいえ、まあ。突っ込むと泥沼にはまる気がする。
無言で歩を進めると、彼は黙れという無言の圧力をようやく察したのか、隣を歩くだけになった。
しばらく無言の時が過ぎる。今後の計画、展望。戸籍の再作成。時間。人手。考えることはたくさんあるのに、やるべきことが進まない。
「陛下ちゃん。」
「陛下はちゃんじゃない。」
反射的に返してから、頭に言葉が届いた。なんだ、陛下ちゃんって。
「難しいことばっかり考えていると落馬するわよ?」
「ディアから落ちるのは難しいぞ……。」
「やっと素が出てきたじゃない。」
「おい、」
「ずっと肩肘張ってちゃ疲れちゃうわよ、陛下ちゃん?」
だから陛下ちゃんはやめろ、兵士たちの前だぞ。そう突っ込みかけて、気が付いた。兵士たちは、微妙に会話が届かないような距離まで離れている。
「あたしを舐めちゃだめよ、陛下ちゃん。それくらいはわかるわ。」
「なら言葉を何とかしてくれ……。」
その言葉は華麗にスルーされた。不敬罪で首を斬ってやろうか。
「このままじゃ貴方、倒れるわよ?」
「あと数年の辛抱だ。それが終われば、あとはゆっくり休める。」
「数年で内乱を安定させる。出来るわ、今のあなたの戦力なら、間違いなく。激闘は必至でしょうけど、それでもあなたは舞台に上がった。あとは、整えて、勝つだけよ。」
でも。そう彼は続けようとした。そのセリフを、俺は途中で遮る。
「分かっている、そんなこと。」
帝国を名乗った。ペガシャール帝国を。一度名乗った以上、取り下げるわけにはいかない。
『神定遊戯』において、皇帝を名乗れる存在は、ある条件を為したもののみ。
すなわち、『王像』を持つ残り5つの国の内、2つを滅ぼすこと。2つの『王像』……ディア含めて、合計3つの『王像』を手に入れること。
それ以前に帝国を名乗った場合。『王像』3つを手に入れる前に皇帝を名乗り、かつ真に『帝像』を生み出せなかった場合。次回の『神定遊戯』時において、その国は『像』の機能の一部弱体化と、国の一括大飢饉から始まる、と言われている。
俺が、『ペガシャール帝国』を、今後も出来る限り長く『ペガシャール』という名前を冠する国で維持させたいならば。俺は今後、一生を、戦乱の世の中で、ずっとっ戦争を続けていく以外にない。
俺は、俺とエルフィは、その道を選んだのである。
「……本当に、倒れるわよ?」
「その前に、人材を何とかする道を考える。」
少しだけ声を低くしていった。これで、彼には伝わるだろう。……これ以上話すな、と。
それを聞いて、彼は一瞬だけ口を噤み。
「ところで陛下ちゃん。あちらに薄っすらと、どうも陛下ちゃんを熱烈に歓迎してそうな集団がいるのだけど、見えます?」
彼のいう方を見て、俺には何も見えないと首を振って見せる。そう、と彼は答えた。
弓術八段階格の遣い手。それはつまり、よほど目がいいということの証明でもある。
矢を500メートルもの飛距離飛ばして見せる。命中率はそこまで高くない、と彼は言うが。500メートル、矢を放つという動作をしようと決める時点で、がむしゃらに撃つような視力ではないはずだ。500メートル先の的を、せめて視認できるくらいの視力がないと、試そうとは思うまい。
一緒にされては困る、と思った。だが、同時に。
それだけの使い手が断言するのだ、事実でもあろうと思った。
実際、さらに300メートルほど進むと。俺の目にも、俺を歓迎しているであろう集団が見える。
「……警戒、いると思うか?」
「いらないんじゃないかしら?」
互いにそう言いあって確認すると、俺は彼らに向けて歩を進めた。
人手不足が解消されてほしいな、なんてことを願いながら。




