84.自給要塞の愛妻
それから、何度の襲撃があっただろう。
何度、盗賊を迎撃しただろう。
この村に、盗賊たちは固執していた。この領地にはもう、この村しか財宝が残っていないからだろう。……国全体から見てもそうだ。食糧は、あるいは手に入るかもしれない。だが、財宝の方、金貨はなくとも銀貨や宝石。そのほとんどは、この村の中に集まってきている。
食糧は他の村でも手に入る。でも、財宝はそうはいかない。
肉は狩りでも手に入る。だが、穀物は略奪か売買でしか手に入らない。……自力で作ることを嫌がるのなら。
その結果、盗賊たちは毎日とは言わずとも、ここを何としても占領し、ここを何としても確保しよう……そんな意気に溢れていた。
「厳しい。」
それは、一年と半年が過ぎたころのこと。いつまでたっても見つからない敵の拠点。外に人を出せないがゆえにどんどん減っていく肉類。
穀物だけで生きていけはしない。いや、生きていくだけなら数年くらいは出来ることもあるだろう。だが、日に日に体は弱っていく。
俺たち傭兵や狩人たちは体が資本だ。俺たちが体を崩せば、村を守れる人間がいなくなる。だから、優先的に俺たちは肉が配られているものの……他は、そうでもない。
一年と、半年。少しずつ、少しずつ。
村で生きる人間たちの身体が、弱くなり始めていた。
「ペディア様。塩も減ってきました。」
「塩もか?砂糖は?」
「一応砂糖は何とか。やはり、村の外に出て商人と渡りをつけなければ。」
わかっている。特に塩がなくなるのは危険だ。兵士たちの身体を維持するためにも防衛を続けるためにも、なんとしても確保しなければならない。だが……
「どうやって?盗賊がここを狙っているのは商人だってもう理解しきっている。もう一年近く、商人がよってきたことなどないのに。」
「別動隊を。」
「誰が捻出する?誰が行く?その間、ちゃんと守れるのか?」
「500人ほど精鋭を募っていくしかないと思われます。」
「無理だ。敵はまだ8000近くいる。たった500じゃ、行きか帰りで全滅する。」
八方ふさがりとはこのためにあるセリフだった。
「では、1000人出せば?」
「村の守りが持たない。」
今は敵が8000、俺たちが5000くらいだ。討った盗賊の数は多いが、増えた盗賊の数も多い。だから、敵が減っているように感じない。
5000のうち500くらいは敵の本拠地を探すために外に出ている。入れ代わり立ち代わりしているものの、少しずつ数が減っているのも否めない。
今は、5人で8人を相手取ればいい。だが、これが1人で2人を相手取る必要が出てきたら?2人で5人になったら?それは、いくら個人の質で勝っていて、指揮の能力で勝っているとはいえ、勝ち目が薄くなっていく理由になる。
アデイルや俺、エリアスなんかは一人でも50人くらいの力量はある。ポールやジェイスもだ。ヴェーダに至っては、一人で100人でも相手できるだろう。だが、戦争とはそうではない。
ヒツガーのように。何かふとした拍子で人が死ぬ。油断していなくても死ぬ。死体に蹴躓くだけでも隙だらけになる。そんな環境で生き抜き続けられるほど、戦場は甘くないのだ。
「どうしよう?」
本当に、この戦争。赤甲傭兵団が逃げ出してしまいたくなるほど、文句なしに過酷だった。
俺は自室で椅子に背を預けていた。体力が残っていない。
日々、訓練と、警戒と、食事。疲れきるには十分な体力の消費。
妻、リューが持ってきた水をちびちびと飲む。水もいくらでもあるわけではなくなった。一気飲みするわけにも、いかない。
俺の父は生きている。だから、村のことは村長である父に全て預けることが出来ている。もし父が死んでいて、村の内の調停役まで一人で負っていたなら、とっくに俺の心は保っていなかっただろう。
「大丈夫?」
リューが俺の背に抱き着いてくる。その手を掴んで膝に乗せた。背中から抱きしめてくれるのもいいが、俺としてはこっちのほうが落ち着く。
「まあ、俺にはリューがいるからなぁ。」
抱きしめる。その柔らかさが、心に溜まった疲労とやらを溶かしていく、そんな気がした。
悩みどころだな、と思う。盗賊の目的は財宝だ。財宝というほどはないが、それでも、まともに商人が来れば数年分の食糧が買えそうなほどのカネはある。
これを全て差し出せば、おそらく盗賊の襲撃は今後半年はやむ。それを過ぎれば収穫の季節だ、食糧略奪のために盗賊が再び来襲するだろう。
顔をリューの首筋に押し付ける。1年前と比べれば、少々骨ばった肩。その感覚で、もう時間が少ないことを感じ取る。
彼女だけではない。村人も少しずつ痩せてきている。傭兵たちもだ。
戦うのが至上の傭兵たちですら、もう十分食べられないほどにこの村の食糧は、減り始めている。少なくとも動物の肉はもう週に一度、食べられるくらいしかない。あと、1年。多分、俺たちが生きていられる期間は、長めに見積もってあと一年だろう。
それも、生存に特化してである。戦い続けられる期間はおそらく、もっと短い。
「くすぐったいわ、エリアス。」
ぐりぐりと頭を押し付けていたら、リューが笑った。くすぐったいのではなく痛いのだろう。そっと頭を上げると肩に顎を乗せた。
「どこならいるかなぁ。」
「拠点が見つからないんだっけ?」
「うん。見つかったらペディアたちが勝ってきてくれるんだけど。」
「よねぇ。……元領主様の館は?」
「うーん、聞いてみる。」
多分探してはいると思う、が。
「いや、ディーノスだったら、そうかなぁ。」
「どうしたのよ。最近独り言増えてるわよ?」
「そりゃあ……生まれる前には終わらせたいじゃないか。」
「そうねぇ。」
リューのおなかを撫でる。新しい命。……このままだと危ないのではないかと、疑っているが。リューは、何も、言わない。
「寝るか。」
「うん。」
布団に横になる。空元気だったのかすぐに眠り始めたリューを見て、思う。
やはり、急がないと。俺はリューを、失いたくはない。
翌朝、ペディアを捕まえて、領主の屋敷はどうかと聞いてみた。
「いやいや、それはないだろう。だって真っ先に襲われた場所だろ?それに……外から見ても荒廃がすごかったと聞いた。」
「中は確認したのか?」
「いや……してないと思う。」
なぜだ、と頭に血が上った。どう考えても、中に入っていないのなら中にいる可能性が高いだろう。
だが、同時に納得もした。見つからないわけだ。
ペディアだけじゃない。赤甲傭兵団は、その多くが元兵隊や役人階級だ。そうでなくとも、領主とは立ち位置が近かった人間だ……そうでない普通の農民は、基本的に盗賊になる。
ということはだ。許可なく領主の館に入ることを忌避する人間の集まり、いや、それを罪だと認識する人間の集まりだということ。
「ディーノス……。」
育ちの良さ。それがそのまま、ここまで追い詰められる事態になった。そういうことだ。
「斥候を。領主の館に、20人。報告を待つか、一ヵ月で誰も帰ってこなければ、敵はそこだ。」
「……わかった。伝えよう。」
ペディアが頷く。多分、敵の位置は確定しただろうと俺は思う。
とはいえ、一ヵ月。本当に、敵がそこにいるという確証があるわけでもない。ただ確信があるだけ、証拠はない。
「一ヵ月、か。」
この村から領主の館へは、馬がない以上、最速往復3週間だ。
馬はもう既に、肉が足りないから、最低限の軍馬以外はかなり殺してしまった。これ以上、馬を駆けさせる余裕もない。
長い長い日々が始まるな。そう、思った。
「ふぅん。館の主に許可を取っていないと、入ったら失礼なの?」
帰ってその説明をすると、リューは不思議そうに問いかけてきた。布団の上、俺の膝に頭を乗せて。
あまり動きたくないのか、用を足すか料理する時以外、彼女は滅多に布団から出ない。掃除とかは、俺の母が全て担ってくれていた。
「あぁ。あれだ、ノックせずに部屋に入る感じだ。」
「ノックって……そんな簡単なの?」
「いや?貴族のノックは、扉をただ叩いて許可を取る行為じゃないからな。簡単じゃないよ。」
リューが訳わからないというような表情をした。その気持ちはわかる。
「ノックは一ヵ月前に行って、部屋に入る予約ができるのが二週間前。そんな感じかな。」
「何で知ってるのよ?」
「そりゃ、ペディアの家に一年いたからだよ。あそこ本がいっぱいだったからな。本で読んだ。」
「ふうん。……あれ、ペディアってあなたと別れてから礼儀作法を勉強したのよね?」
よく覚えていたなぁ、賢いなぁ、とリューの頭をなでる。彼女は幸せそうに目を細め、俺の手を頭に固定した。
撫で続けろってか。まあ、俺もリューの頭をなでるのは楽しいからいいけれど。グリ、グリと撫でながら、口を開く。
「ペディアに求められていたのは、狭く深い知識だ。……まあ、俺にしたら広く深い知識なんだけどさ、貴族や役人階級的には、専門分野を深く勉強していたにすぎないらしい。」
あの時読んでいたやたら高そうな専門書を思いだす。ちょっと肩が震えた。あんな本、読みたくない。
「でもまぁ、俺は半分付き合いだったから。広く浅くでよかった。その分、結構な量の本を読めたよ。そこにあった。」
とはいえ、貴族の礼儀の本なんて分厚くて仕方がなかったし、俺は普通に途中で投げ出したわけだが。
とはいえ、貴族の家を訪ねるときの基本的な挨拶や、それ以前の基本ともなればまぁ、大体最初の頁に書いてある。その内容くらいは、要約程度に覚えていた。
「ふぅん。だからペディアたちは誰も領主の館の中までは確認しなかったの?」
「普通そんなことしたら死刑だからな。いくら滅ぼされた役人とはいえ、基本的にあいつまじめなんだよ。」
思わず頬が緩む。そう、ペディアはまじめだ。少し生真面目すぎるほどに。そして、そういう奴のそばには、似たような奴らが集まるもの。……もう少し、考えるべきだった。俺は、多分ペディアに、頼りすぎたのだ。
「むぅ。」
「なんだよ。」
リューがすねた表情をする。またか、と思いつつ、最近はもうそれも可愛いと思い始めている自分に呆れる。
「エリアスがペディアのこと、私以上に知ってそうで、なんか、や。」
……?一瞬、勘違いしそうなセリフが飛び出した。いや、勘違いしかけて、嫌そういう意味じゃないなと考え直した。
リューが浮気するなんて、考えられない。ありえない。
「俺が、リューのこと以上にペディアのことを知っていそうで、嫌?」
「ん。」
紛らわしい言い方をするな、と叫びそうになる気持ちをグッと抑えた。その上で、頭をなでつつ、言う。
「どうだろうな。そりゃ、男の気持ちは、女の気持ちよりはわかりやすいよ、俺としたら。だから、お前のことを理解しようと頑張っている。」
「ん。努力しなくても、奥さんの気持ちくらい理解して。」
無理だよ、喉元まで出かかった。言ったらリューはさらに不機嫌になるなと思う。だから、頑張って喉元で抑え込んだ。
代わりに頭を撫でている手とは別の方で、手を握る。俺は、嘘を吐くのは、苦手だ。だから、こうして誤魔化すしかない。
「……もう。」
誤魔化しなのはわかっているのだろう。それでもリューは、何も言わなかった。機嫌を悪くするまいという、俺の涙ぐましい努力が伝わった……と思いたい。
そうして、その日、日は暮れていき。どちらかと言えば襲撃もない平穏な日々が一ヵ月続いて。
「誰も帰ってこなかったな、ペディア。」
「……まさか本当に男爵の館の跡地だったとは……。」
呆然としているペディアを横目に見る。俺はほとんど『そう』だと確信していたが、ペディアは違うと信じていたらしい。まぁ、それに関しては、どちらでもいい。
敵の拠点が決まったこと。それだけが、肝心だった。




