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79.赤甲将の悲劇

 それから、俺は何度か戦場に出た。

 他の領の盗賊討伐。同じ国内の小さな小さな派閥争い。

 そんなに長い期間でもなく、しかしゆっくり出来るわけでもなく。アレイア男爵の一族内に、軍事を受け持てる人間がいない以上、その全ての任がディーノスにかかってくるのは当然のことで。

 父さんは、まるで焦っているかのように俺を仕事へと駆り出した。急いで育て上げようというかのように。

 ……まるで、自分の死期を予期していたかのように。


 そう、死期である。

 幸いなことに、俺はアレ以降、アレイア男爵様の屋敷に赴くことはなかった。あってもせいぜい、門の前で兵士たちと合流するのみで、当主と顔を合わせることも、息子と顔を合わせることも……リーナ様と顔を合わせることもまた、なかった。

「……。」

門のそばにある櫓、その陰に、リーナ様と思われる少し赤めの長髪が目に入っていたことなんて、なかった。


 そして、俺もそれなりの成長を成し遂げたから。剣術は五段階の中でもそれなりに使える方に。初陣の時に知った、俺の元来得意分野だったらしい盾術は、六段階に至るまでに。まるっと四年。14の時になるまでに、腕を上げていた。

 だから、油断していた。もう何もない。このままなら順調だ……俺は、人の感情を、舐めていた。




 そんな、ある日。1年の内唯一、ほぼ確実に長期的な仕事の話がない、冬の日のことだった。

「ペディア、いいか?」

「父さん?何?」

父さんの声が聞こえて、扉を開ける。父さんは俺に、一つのカバンを差し出した。

「何これ?……重い?」

「屋敷内にいるときは、必ずこれを持って歩け、ペディア。いいか?」

「え、どうして?」

「理由は言えない。だが、必要なことだと思って欲しい。」

父さんがそこまで言うなら、事実だろう。そう思って、頷いた。


「ああ、そうだ。あとな、これをやる。」

そう言って、父さんが差し出したのは一冊の本。

「この冬、全力で取り組んでみろ。父以上の武器を持ったお前の姿を、俺は見たい。」

それは、何度もページがめくられた、古い魔術の本だった。ところどころにメモ書きのようなものがあり、努力の跡が認められた。

「俺は、数年努力してみたが、使えなかった。30を超えたら新しいことへの挑戦も完全には難しいらしい。」

笑えない。でも、父さんにも出来ないことがあったのかと驚いた。10年以上、父さんの後を追ってきたつもりだ。そろそろ、乗り越えるべきだと、当時の俺は簡単に思った。

「うん。頑張る。」

「ハハハハ。それでこそ、俺の息子だ!」

ガッと、背中が叩かれる。それに背を押されるように、俺は魔術の勉強を始めた。




 その年の、冬の終わりの話だ。魔術を学び始めて2ヵ月経ったかというう時の話。

 家の前に、誰かがいる。

 俺は、気配でそれを察した。一人じゃない。二人、三人。いや。もっと多い。

 しかも、随分と物騒な気配……いや、殺気を見せていた。

「お、おいペディア!どうなってる、これ!」

「……どうもこうもないでしょ、兄さん。ディーノスの命日が来たんだよ。」

「で、でも!なんでだよ、男爵様が守ってくれるから、執事の野郎から手を出されることはないって!」

「……じゃあ、盗賊の逆恨みかな?」

ポールとジェイスが、武器を手に取りながら俺のそばに来る。彼らの仕事は俺の護衛、俺を守るために、命を捨てる覚悟で腰を落とした。


 ありがたい、と思う。もったいない、と思う。誰かのために命を懸ける、そういう相手が、当時の俺にはいなかったから。

「何用だ!!」

父さんは今、家の中で何かしらの準備をしているらしい。アデイルもだ。殺気を感じた瞬間、父さんは何かを察したように家の中に飛び込んでいった。

 おそらく、迎撃するための準備があるのだ。だから、父さんは家の中に入ったのだと思う。


 僕がやるべきことは、時間稼ぎ。そう判断した上での、声掛けだった。

「ペディア=ディーノスか!」

「そうだ!」

「そうか!そこにいたか、ちょうどいい!我らが主、アレイア男爵様の命令だ!貴様を、殺す!」

「男爵様の?」

「正確には次期男爵様だがな!まあそれはどちらでもいい。とにかく男爵様はディーノスを切る捨てる覚悟をなされた、その事実さえあれば十分だ!」

喉が鳴る。あの男爵の息子、リーナ様が無能と即断された男。


 奴の命令で、俺が殺されるというのか。怒りが頭の内に沸き起こり、しかしふとした疑問がもたげて怒りが止まる。

「ご当主様はご存じなのか?」

「知らぬ!」

そこで止められこそしたが、まず間違いない。続く言葉は『知る必要がどこにある』だ。当主が知っていようが知っていまいが、ディーノスが滅べば他の執事に手を出しようがない。滅ぼしてしまえば、ご当主自身は何も出来ない。命令を下したのが己の息子であればなおさらだ。


 だが、だからこそ、わかった。ここを切り抜けられなければ、ディーノスには未来がない。

「私たちは!何としても、貴様を殺す。やれ!!」

門が叩かれる音。ディーノスの家、男爵様に重用されている家とはいえ、あくまで一介の平民の家だ。そこまでしっかりとした作りになってはいない。


 俺を殺しに来た奴らが、門を突破するのは、すぐのことだろう。

「ペディア!!早く逃げろ!」

後ろから怒声が聞こえた。これは、父さんの声だ。

「で、でも、」

少し、思う。ここで俺が出れば、父さんは生き残れるのではないか、と。

「父に子が死んでいくところを見過ごせと言うか!愚か者!そんな不孝者に育てた覚えはないぞ!」

「そりゃあなたは子育てにはあまり関わっておられませんし?」

「うぐっ、アデイル、正論を言うな。」

「ハッハッハ。……ですがペディア様。フレイルの言う通りです。物事には何であれ、順番と言うものがあります。あなたはお逃げなされ。」

「だが!」

「だがではありません!必ず後を追います、行きなさい!!」

そう言われては、返す言葉がなかった。

「待ってる!」

それだけ、叫ぶ。あの日から持っている鞄、腰に結わえた剣、そして隣にいるポールとジェイスを連れて、裏口から外へと飛び出した。


 ただ、父さんとアデイルが、母が。生きて合流出来ることを祈って。




「逃げたか、アデイル?」

「間違いなく。」

「じゃあ、やるか。」

「そうだな。」

そっと、フレイルは剣を抜いた。アデイルもまた、短槍を携えた。

二人のまわりに集った、ディーノスの家の者たち。彼らが、闘志を胸に武器を構える。


 次の瞬間。門が、蹴破られ。最初の一人が、後方から飛んできた炎の魔法に消し炭にされた。

「アレイア男爵の執事達よ!我らディーノスはただでは死なぬ!貴様らが天才と恐れしフレイル=ディーノスの指揮能力、とくと味わうがいい!かかれ!!」

「ええい逃げたのかディーノスの息子は!臆病者め!まずは正面を突破しろ!一人残らず殺してしまえ!」

両指揮官の叫び。それに従うように、二方面の指揮官達が飛び出していった。


 ……指揮の能力は、フレイルの方が圧倒的に上だ。そして、兵の練度は……実のところ、両軍ほとんど同一だった。そして、兵の数ではあちらが上手。

「なぜだ……?」

一人、また一人。数に圧されて、少しずつ負傷し、倒れていく自軍を見ながら、フレイルは悩む。


 自分たちの兵。ディーノスの兵は、軍を預かる一族の兵とあってかなり強い。なのに、あちらは拮抗してきている。

 それは事実として受け止めた上で……フレイルにはなぜかわからない。

「なぜこれほど強いかわからない、といった顔ですね……フレイル。」

いつのまにか、追い込まれていて。フレイルは敵の指揮官と交戦していた。強い。こいつは、武術がそこそこに出来るのはフレイルの知るところだった。

 だが、フレイルと同じだけ使えるかと言えば、そうではなかったはず。


「兵士達。この軍に集いし者達はみな、あなたに滅ぼされた盗賊達のなれの果て。栄光を夢見、あなたに挫折させられた暴力の残滓です。」

「……。」

全員が納得して降伏したわけじゃないことは、彼とて理解していたし、アフターフォローにも余念はなかったが。それでも、これだけいたのか……

「お前を公的に消せると言えば、集まってきたぜ?」

理解する。不満を押し殺してでも、生きる道を選択したのが、降伏した盗賊達だ。命と、収入と、居場所の保証をされたから、降伏した。


 でも。だからといって。敗北した事実があった。プライドを傷つけられた事実があった。

 それを忘れてのうのうと生きていけるほど、時間は経っていなかったし、弱くもなかったらしい。

 傷つける理由がなく、平和なら、時間がすべてを癒せたとしても。こうも、『男爵の命令でディーノスを殺せる』というお墨付きが出れば、そりゃあ飛び付く、というわけだ。

「卑怯な……!」

「敵を作りすぎるほど目だったお前達の方が悪いさ。」

互いの獲物を弾き合う。そろそろ、限界が近い……。


「ッツ!」

後ろに、人。反射で迎撃し、押し返す。……明確な隙。

「フレイルの背中は、やらせない!」

その隙をついてきた敵手を、アデイルが蹴り飛ばした。

「生きていたか。」

「お前を置いて死ぬかよ、フレイル。」

背中合わせに立つ。最後は二人で。そう決めて……


 門の方から新たな足音。新手か。もう余裕はないのに……そう、諦めの感情がわいて出る。

 次の瞬間、その先頭の人物と、敵を殴り飛ばした行動に目を見開いて、叫んだ。

「ヒツガー!?」

「フレイル様!我らアレイア男爵軍一同、エナリュアス殿の『ディーノス滅亡指令、手を出すな』の命令を受け入れられず、こうしてやって参りました!お手伝いいたします!」

そうして、押されていた戦況が動く。8:2で負けていた戦況が、6:4まで持ち直した。


「……ありがとう、ヒツガー。だが……このままでは全滅してしまう。君たちが来たところで、我々の敗北は揺るがない。」

「構いません!ディーノス亡きアレイア男爵家に未来はないと考えます!」

その通りだろうか?……だが、確かに、彼らにはもう行き先がない。

「ペディアを追え!俺の息子を何としても生かせ!ここで全滅することはない!」

「しかし、フレイル様は?」

「俺はここで散る。ペディアも逃げても、俺がここで散れば、ディーノス家がアレイア男爵家で再興することはない。……純粋に、不可能だ。」

「……。」

「ゆえに、ペディアをなんとしても生かせ。大丈夫、俺の息子だ。他でも生きる道をみつけるさ。」

「わかりました。聞いたかみな!ペディア様の後を追う、ついてこい!」 

ヒツガーを筆頭に、元アレイア男爵軍が離れていく。


「よかったのですか?」

「あぁ。もちろん。そして、アデイル。」

「お断りします。私の死場は、あなたの隣と決めておりますので。」

「そうか。だが、断ろう。」 

「なぜです!」

「いいか、アデイル!俺の息子はな、確かに優秀だがまだ子供だ、14だ!そして父は死に、家は他人の悪意で滅び、部下を抱えて放浪する!……俺は、息子に盗賊になってほしくない。」

「それ以外の道も、ペディア様なら見つけられますよ。」

「時間がかかる。それまで支える人が、必要だ。……頼むよ親友。俺の子なんだ。」

しばらくの、沈黙だった。もちろん、せわしなく戦い続けている。だが……その二人は、完全に、会話がなく。


「……わかりました。フレイル、死んでも忘れるな。俺は、お前の親友だ。」

「は。お前が来るまで、ずっとこの世にしがみついてやる。ペディアが道を違えたらお前のせいだ。絶交してやるよ。」

「ハッハッハ、そりゃぁ、困る。……任せておけ。」

「そりゃあ!お前にしか任せられないさ!……悪いな。」


どちらも、互いの思いを強く理解していた。アデイルの、フレイルの隣で死にたい気持ちも。フレイルの、息子をアデイルにしか任せられない気持ちも。

 だから、フレイルの忠実な友人は、その息子を、死ぬまで支えるべく、その場から離れ。


「我が名はフレイル!フレイル=ディーノス!俺が絶えるその時まで、お前達をここから通さん!」

その英雄が死ぬまで。戦闘開始……ペディアが逃げてから、実に3時間。そのうちの1時間少しを、彼は一人で戦った。


 実に、200もの人間が、その戦いで死んだという。

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