78.赤甲将の悪夢
かくして秋の戦い、というより被害の予防は終わりを迎えた。これから新たに現れる盗賊たちもいるだろうが、この遠征が終われば、一番拠点にされやすいあの山は見張りが入るらしい。
曰く、繁忙期前に溜まった膿を吐き出して、再び膿まないようにしたうえで、繁忙期を過ぎれば放置する方が、経費的には安上がりに済むのだとか。
「よくやった。よくやったぞ、フレイル=ディーノスよ。いつもと変わらぬその働き、これぞアレイア男爵領の猟犬だ。」
「ありがたき幸せ。」
「うむ。それにペディアよ。盗賊を一人倒したらしいな。」
「運がよかっただけです。」
「そうだろう、そうだろう。だが、幸運とはいえ初陣で一人も賊徒を倒すという働き、それは非常に喜ばしいことだ。褒めて遣わす。」
「……。ん、ありがたき幸せ。」
一瞬、受け答えが頭から消えた。俺自身、こんな大層な凱旋式?をされるとは思っていなかった。
「では、後の話はエナリュアスから聞くとよい。」
そう言うと、アレイア男爵は外に出ていく。これが、四度目の邂逅。……邂逅だったのだろうか。
「……それだけディーノスの重用を印象付けたいのか、男爵様は。」
父さんの呟き。それに首を傾げながら、俺は外に出て、エナリュアスと言われた男の後について行く。
「あら、エナリュアス。算盤は弾かなくてもいいの?」
「お嬢様。算盤をはじく為に、私は今執務室へと向かっているのです。ほら、このように。」
お嬢様。リーナ。そして、その後ろには、男爵様の息子。ゲ、というのは表情に出ていなかったと思いたい。
「あら。さぼりかと思いましたわ。最近閑古鳥が鳴いているようですから。」
「税収が入るまでの辛抱ですよ。時期が来れば私は忙しくなります。」
「そうでしたわね。あなたの計算はいつも正確だと伺っておりますわ。もう少し早ければ言うことなし、とも。」
「では、そうなるように私も精進せねばなりませんね。」
「えぇ。でなければ、ね?」
かわいらしく首を傾げているリーナ様だが、何だろう、エナリュアスの背筋がじっとりと濡れている。……かなり厳しい言葉、らしい。
「そうそう、算盤仕事でしたら、ペディアは必要ありませんよね?お借りしても?」
急に、何かを思いついたように彼女が発した。その言葉は、今聞けば、悪だくみを思いついた子供のようだ、と思っただろう。
「はい。フレイルさえいれば、ディーノスとの話は済ませられます。」
「そう。なら、フレイル=ディーノス。ペディアを借りてもよろしくて?」
わざわざフルネームで呼んだ。つまり、ほとんど命令だということ……というより。拒否権は与えないという強迫。
「は。好きなだけ、お連れください。」
「話が早くて助かるわ。あぁ、ティッタス=エナリュアス。きちんと、仕事相応の報酬を渡しなさい?いつもみたいに労に合わない報酬を出すのではなく、ね?適正価格くらいわかるでしょう?」
「……。」
沈黙。一気に、空気が重くなった。
どうやら、ディーノスは碌に報酬をもらっていなかったらしい。リーナの綺麗な顔で圧力をかけられても、正直圧力にならないのではないかと思うが……いや、リーナには得たいのしれない恐怖がある。
「返事は、ティッタス=エナリュアス?」
「承知、致しました。」
渋々というように、引き攣った顔でエナリュアスが頷く。それを尻目に、リーナ様は俺の腕を思いっきり引っ張った。
「行くわよ、ペディア。あなたは私の話し相手をするのが仕事です。」
腕が小脇に抱えられる。感触的に、たいして筋肉はついていない。それなのに、まるで抵抗する気が起きず、無理やりといっていい姿勢で連れて行かれる。
どこから、こんな膂力が湧いてくるのだろうか、と思った。
「レディの身体の感想を考えるなど、失礼ですわよ?」
「……。」
無茶を言わないでほしい、と思う。だが、女性の膂力を考えるのは流石に失礼なのは知っている。
黙った。納得はしていなくとも、黙るしかなく。とにかく、俺は引っ張られるままに別室へと連れていかれた。後ろからとことこついてくる男の、恨むような目線が怖かったが。
「で、リーナ様はどうしてこんなやつ連れてきたんですか?」
別室に入るや否や、後ろからついてきた男が問う。なんでこいつがついてきたのかはわからなかったが、それ以上にリーナが俺に執心する理由が知りたくて、口を噤む。
だが、彼女はその理由を語らず……羽虫でも見るような目でふくよかな少年を見る。
「あら、なんでついてきたの、あなた?私はペディアを呼んだのであってあなたはお呼びではないのだけれど?」
「そ、それは……。」
口ごもらないでくれ、頼むからこの少女を俺から引き離してくれ。嫌いな男であるが、それでも期待を込めて彼をじっと見る。
だが、彼は何も言えず。彼女は呆れたように深くため息を吐く。
「まあいいわ。あなたがいてもいなくても変わりはないし。いい、黙っていなさい。あなたには一言話すことすら許しません。わかった、アレイア男爵子息。」
「……。」
「わかった?」
「承知いたしました。」
驚いた。父やエナリュアス殿?相手にも名前で呼んでいた彼女が、アレイア男爵の息子を名前で呼ばない。俺も彼の名前は覚えてはいなかったが、俺は純粋に覚える機会がなかったのに対し、リーナ様のそれは意図的に名前を呼ばないという行為だ。驚かないわけがない。
「で、ペディア。教えてほしいの。外の様子はどうなの?民たちはどんな暮らしをしていたの?」
妙にキラキラした目で見つめてくる彼女に、すごく不審な目を向ける。なんでそんなことを聞くのだろうか、と。
「……なるほど。その疑問は最もね。」
「ずっと疑問に思っていたのですが、どうしてリーナ様は俺の心を読むのです?」
「見てたらわかるわよ、そんなの。まぁいいわ。私の父、フェリス=コモドゥス伯爵は今王都にいらっしゃるのだけれど、王都では派閥争いが今にも激化しそうになっているのよ。父上は中立よりのラビット派……いえ、それは関係ないわね。今は、王都も、貴族家も、かなり物騒なことになっているのよ。」
それが何なのかわからない。だが、彼女の家にも切実な問題があるということだけは伝わってくる。
「王都が物騒だと、屋敷に私を一人で置いておくわけにも、王都に連れて行くわけにもいかないわ。狙ってくれって言っているようなものだもの。だから、私はこっちに来たわ。フェリス=コモドゥス伯爵領の中でも、特別優れて治安が良くて、よすぎるがゆえに賊徒を騙った襲撃を起こすことが出来ない、このアレイア男爵の領に。ここが、一番安全ですから。」
ある程度、貴族にも人質を奪ったりするのには手順がある、という。
高貴な身分の娘を人質にとるために、わざわざ貴族の手の者が行動を起こすわけにはいかない。手の者であっても、建前上は自分の手駒であってはならない。
そう、例えば。公属貴族の所持する私属貴族が、他の家の貴族の娘を捉えるのは、明確な罪であるという。だが、見も知りもしない盗賊(貴族自身の手下)が攫った娘を自分たちの兵士(貴族自身の手下)が助け、保護したのであれば、それは保護した貴族の大層立派な功績になるわけだ。
そう、それが誰の目にも露骨で、わかりやすかったとしても。それは、『功績』である。
だからこそ、このアレイア男爵が治める代官地は非常に適性が高かった。何に、という疑問を挟む必要すらない。
ここに、基本的に盗賊は出ない。非常に素晴らしい猟犬が、盗賊たちを悉く撃退し、根絶している。
「私がここに匿われている限り、他の貴族たちは私には手を出せないわ。だって、たまたま。『盗賊がいない土地』に『私を狙った賊徒』が現れる?いくらなんでも、無理があるもの。」
それはそうだと思う。盗賊たちがたくさんいる場所で、『たまたま』貴族の娘が狙われたのなら、保護する理由になる。たとえわかりやすくても文句の言いようがない。
でも、盗賊がいない土地で貴族の娘が狙われたら、たとえ『たまたま』だと言い張ろうともたまたまだと納得出来るものはいない。『保護』した貴族が吊るしあげられるだけだ。役人階級ですら、似たような小競り合いはあると聞く。考えることは誰もが一緒なのだろう。
「でもねぇ……退屈なのよ。本当に。勉強は飽きたし、お見合いがあるわけでもない。何をすればいいかわからない。あの優秀な男爵の息子なら少しくらい話せるかと思ったけど、どうしようもないほどに無能。」
「お、おい!」
「黙ってなさいと言ったでしょう。五分前のことも覚えてられないの?」
「う、ぐ……。」
「でも、ディーノスはいいわね。面白いわ。あぁ、この場合の面白いは、予想できない動きをする、っていうわけじゃないわよ。話せるっていう意味ね。」
「父さんが……そう、ですか。ありがとうございます?」
「ええ。そしてあなたもよ、ペディア。お金をかけられただけあるわ、優秀だもの。」
「チッ!」
「出ていく?」
「申し訳ありません!」
心底つまらなさそうに、彼女が息を吐いた。男爵の息子をまたもや虫でも見るような目で見、視界から外す。
「ペディア。外の話を教えて?あなたが楽しかったこと、友人の話も含めて、主観と客観を交えて、私の退屈を紛らわすように。」
……胃が痛くなってきた。それでも、期待に応えようと、口を開いた。
ひとしきり。30分くらい話をしていただろうか。リーナ様がサッと片腕を上げて俺の話を止めた。ちなみに、アレイア男爵の息子は身体をプルプルと震わせている。
「ふぅん。……ペディア、あなた、わかっているじゃない。」
リーナ様が呆れたように言った。
「私が欲しい情報を、あなた、よくわかっているわ。ここでの人たちの暮らし、噂、男爵やディーノス、他の『役人』の評判……収入。まさかあなたに、実りを見て収入を予想するほどの見識があるとは思っていなかったわ。これはすごいわ。」
「……えっと、ありがとうございます?」
「どういたしまして。アレイア男爵の子供はとんでもなく無能だし、あなたと頭を挿げ替えるようにお父様に申請しようかしら?」
「……。」
嫌だと言いたいものの、言ったら怒られるのではないかという不安もついてくる。そんな俺の微妙な表情を見て、リーナ様は笑った。
「冗談よ、ペディア。……久しぶりに冗談なんて言ったわね。まぁいいわ。あなた、すごく優秀ね。……だからこそ、気を付けなさい。」
「気を付ける?」
「ええ。あなたは、執務能力と軍事能力に限るなら、このまま成長すれば公属貴族にも引けを取らない実力を得るわ。」
そう言うと、彼女はいつの間にか持っていた書類を持って立ち上がった。
「じゃあね、ペディア=ディーノス。私、あなたのこと、気に入ったわ。もし縁があれば会いましょう?」
今日で、俺がこの屋敷から出ると知っているのだろう。だから、別れの挨拶を彼女は言った。
「出来れば、二度と会いたくないですよ、リーナ様。」
「フフフフフ。いいわ、いいわ。どうしましょう、どんどん化けの皮を剥がされていくわ!ええ。正直、私の実家すら脅かしそうなあなたには、私も会いたくはありませんわ!!」
最期に、これまでの何よりも楽しそうな……今思い出してもつい見とれてしまうような笑みを彼女は浮かべた。
「では、ごきげんよう。せめて生きていることを願っているわ?」
それが、彼女の最後の言葉で……俺はこの後、彼女のセリフをまともに受け止めなかったことを、後悔した。




